『世界まちかど地政学』 藻谷浩介
子どものころからの旅行マニア・地理マニアの藻谷さんが近年(自腹で)訪ねた14か国の旅行記。一言でいって、コスパが良すぎる本です・・・!
最初のカリーニングラードの章だけで、定価1,100円の元がとれると私は思ったよ!!
カリーニングラード。元の名は、プロイセン王国建国の地という栄光の歴史をもつ港町、ケーニヒスベルク。第二次大戦後、旧ソ連が奪い取り、今はロシアの飛び地としてEUの国々の中で孤立している。いわばドイツの北方領土であり、しかも日本になぞらえれば、 「戦後、鎌倉が突然ロシアの飛び地になってしまったようなもの」だと藻谷解説。
「カリーニングラードを知らずして北方領土について議論するのは無意味」とまで藻谷さんは言い切る。ロシア側の外交関係者にこの土地の事情を知らない人間は一人もいないのだからと。北方領土を日本に返還することがカリーニングラードにどう関係してくるのか詳しくは本書を読んでもらうとして、この地にまつわる第二次大戦時の死者の数に圧倒される。
ドイツ軍将兵と民間人は4~5万人死亡。捕虜としてシベリアに連行された8~9万人も多くが帰還できなかったといわれる。旧ソ連側の死傷者も6万人。戦後、街に12万残ったドイツの民間人も、多くが病気や飢餓や暴行によって死亡し、2年後まで生き残って東ドイツに追放されたのはわずか2万人だったという。
第二次大戦時にヨーロッパが払った甚大な犠牲を私はほとんど知らないのだと認識させられた。もちろん、このような血で血を洗う歴史が現在まで「飛び地」になっている一因でもあるだろう。
筆者もその一人だが、日本のお受験エリートは、試験に出ない戦後史はまったく不勉強である。それでは今の世界は理解できず、したがって日本のことも理解できない。
という、この章の末尾におかれた文章が刺さる。
それぞれの章が、藻谷流の着眼点と知識にあふれていて面白いのはもちろん、それらを貫く「横串」について語られるインタビューや自著解説も収録されているので、満足度はいや増しに増す。
「地理は歴史の微分、歴史は地理の積分」という説明に鳥肌が立つほど興奮。高校時代、微分も積分も決して得意ではなかった私が、微分積分で沸き立つ日が来るとは・・・!
「歴史は繰り返す」というのは、まったく同じことが繰り返されるというわけではなく、同じ構造が繰り返し再現されるということ。だからアナロジーによって構造を比較すれば将来を見通す力も身に着く。
わかる。言いたいことわかります・・・! 世界史にも世界地理にも とんと疎い私だけど、日本史オタクとして歴史の構造をそこそこ把握しているので、この本も面白く読めるのだ。というか、日本とのアナロジーを藻谷さんが超解説してくれるからってのもあるんだけど。
そのようなスタンスで、スコットランドの経済中心地グラスゴーや、世界最北の都市、アラスカのアンカレジを藻谷さんに解説されると、日本について、その将来についてまで思いもしない視点がひらけてきたりする。21世紀の人口集積は産業集積の結果ばかりではない。個人消費の集積としても形成されるものだと。
パナマやコスタリカが軍隊を持たないのは21世紀がソフトパワーの時代になっていることの証左だし、一方で、あまりに高地に位置するため「金持ちは眺めの良い丘の上に、庶民は低地に」という世界共通の構造の逆をいき、金持ちほど谷底に住むボリビアのラパスは、「良い環境は金で買う」という面でやはり古今東西の法則に沿っている。今後さらに厳しさをますといわれる世界の環境破壊、食糧危機、水戦争においても格差はシビアに作用するのだろうなと思わされる。
そして、日本について
「他の世界から放置されやすい場所。さらに地形と気候の妙から農業生産力が高く昔からむやみに人口が多かったのでますます誰も侵略にこなかった」
という藻谷さんの解釈(やや、はしょってます)のクールさ!!
言語と宗教と民族を維持しながらもジョージアが貧しいのは、地の利という点で日本とは違いすぎるからであり、侵略されていた時期もスターリンやベリヤといった大物を輩出したジョージアは「古さ」「根強さ」「いやらしさ」のすべてにおいてすさまじい、という藻谷解説。
「地球儀を俯瞰する」とは、本来、こういうものの見方だろうと痛感。
そうそう、「地球儀を俯瞰する」のほか、ブレイディみかこさんのお得意のフレーズ「地べた」をイギリスの章で使ったり、ネトウヨの常套句「気に入らないなら日本を出ていけ」をブーメランにした新聞への寄稿もあったし、他人のフレーズの使い方も非常にウィットに富んでいる藻谷さんであるw
実は、7月はじめに再び、藻谷さんの講演を聞けることになっている!!! 行く前から知恵熱が出そうで怖い。