『江』 第22話『父母の肖像』

ムカイリの秀忠さん、先週の予告でもっともらしく映ってたけど、必然性のないシーンで30秒くらい顔見せするだけの、いわゆる“釣り”なんだろうなー、とタカをくくってたら・・・

あら? あらら? 確かに、最後の最後、1分くらいだったとはいえ、なんかドラマの空気が急にピリッと引き締まったように感じられたのは、気のせい? メリハリというものがあまり感じられないまま、なんとなくゆるゆると6月まできてしまったこの大河で、ひっさしぶりにワクワクしたのは・・・・ひいき目がすぎるってもんですか?

だいたい、今日の内容自体、時間でもかせいでるの?てぐらい、大方どーでもいいようなもんだったけど、要は姉ふたりがしっかりラブラブしててさみしいお江ちゃんの「のちに出会う運命の人はこの人! この人なんですよ〜〜〜」っていうのを、そう、豊臣の世継ぎが鶴松であると天下に知らしめるよりも強く広く、テレビの前の視聴者に知らしめるためにあったようなもんじゃないですか〜。そして来週はサブタイトルにも堂々登場。

まだエグザイルとも結婚すらしてないのに、すでにムカイリさんをここまで真打ち扱いしちゃって〜。秀勝にも優しくしてあげてよね!と、エグザイルのファンでも何でもないのに、なんだか心配になってくる。

こないだ、本屋さんで、昨年末にはすでに発売されていた原作のノベライズ本を立ち読みしたんだけど、田渕センセイが書き下ろしたものながら、ドラマとはけっこう違うんだよね。人物造形とかはもちろん同じなんだけど、ドラマのほうが、よりドラマチックというか(と文字にしたらあたりまえのことだな)、より動きの大きい・・・といえば言葉はいいが、より仰々しかったり・・・うっとうしかったり・・・のシーンが多い。シナリオに起こすときに、ずいぶん手直してるんでしょうね。となれば、テコ入れ目的で秀忠の比重を大きくしたりなんかすることもあるのかしらん? だとしたら、エグザイルがかわいそう〜〜〜なんてね、ほんとは、早く早くいっぱいいっぱいムカイリさん見たいくせに私ったら〜〜〜(キモッ


別の話。

浅井長政夫妻の法要について、劇中では秀吉の恩情のように描いていたけれど、おぼろげな記憶が正しければ、大国主を祀る出雲大社を筆頭に、古来、日本には、己が滅ぼした相手の成仏(神社は成仏じゃないか)を祈る精神があるはずだ。つまり、たたられないように鎮魂するために。

武士の世になってからは、そういう風習はいったん廃れるんですかね。これはまたちょっと意味合いが違うと思うが、のちには、徳川も武田家の遺臣をたくさん召抱えたりもしてるよね。

フリーダムな今年の大河なので、今さら時代考証にいちいちケチつける気はないんだけど、茶々が浅井の両親の法要を営んだのは確か史実であったはずなので、実際はどういう感じだったのかなーと知りたくなった。機会があれば調べたいもんです。しっかし、あの両親の肖像画はどうなんでしょうか、NHKさんよ・・・。