睦月の一 / 箱根駅伝から考える
●元日: 新年おめでとうございます。のんびり起床し、息子と近所の友だちの家に年賀状を投函しに行く(ポストを経由するより速いのでw) 朝昼はごく軽くして、夜にごちそうを。おせち! かに! えび! ぶり! 雑煮! そしてウニじゃ~~~い! 義実家からもらったものもたくさん。ありがとうございます。
●1月某日: 帰省もやめたので本当にのんびりとしたお正月。テレビでは、箱根を映したり、子どもや夫がゲームをしたり。2日は雨で、3日は良い天気。近所のお宮さんの人出は少なかった。美味しいものたくさん食べたな~。「そろそろちょっと辛いもの食べたいね」と意見が一致して、夫が作ってくれたえびとブロッコリーのペペロンチーノが最高だった。
(facebookより)
・まさか創価大が優勝するとはと思いながら見ていたら、最終10区で3分差がひっくり返った‥‥! まさかまさかの展開と沿道の密にびっくり!
・12年くらい前に三浦しをん「風が強く吹いている」を読んでから箱根駅伝大好きになったんですけど、走ってるの全員男子だなとふと我に返るw
・ちなみに、陸上の世界選手権には「男女混合リレー」という種目が誕生しています。
・伝統あるものを簡単に変えようとするのもある種の暴力だなと思う。でも、箱根駅伝も高校サッカーもラグビーも大学ラグビーも全部男子だね、と思うお正月のテレビ。春夏の甲子園もそうだよね。やっぱりアンバランスな構造だよなー、ぐらいは認識していたい。
・前回のW杯のあとだっけ? 米国のサッカー女子チームの主将が、優勝セレモニーのあと「男子との賃金格差をなくせ」とスピーチしてたのとか思い出した。
・しかしスポーツと経済とが結びついている限り、肉体の優位性によって男子が機会にも賃金にも恵まれてしまうよねぇ。より速く強くダイナミックなのがスポーツの魅力。女子にはオルタナティブな価値が必要になる面がある。
・で、「若い女の肉体」が価値になるという地獄的な状況もスポーツ界にはたくさんあるわけですよね‥‥最近も出てたよね、元体操選手田中理恵さんのインタビュー。
・ま、吉田沙保里やイシンバエワや高橋尚子が見せてくれたのは紛れもなくスポーツの醍醐味だと思うし。やっぱ、10区あるうちの半分を女子が走る大会が権威をもってもいいよなあ
・10区の終盤で駒大に抜かれた選手があまりに痛々しくて「これ絶対トラウマになるよね。この子のメンタルケアしっかりしてほしい。創価大だしこういうとき学会の有難い教えが何かあるよね?」と言うと、夫に「またそうやって茶化して」と怒られたのですが、わたし真剣ですよ?
・「スポーツと経済」「女子スポーツ」については、村上春樹の五輪観戦記「シドニー!」という名著があります。
この巻末、村上春樹は有森裕子にインタビューし、次のような言葉を引き出しています。
「たとえば女子マラソンのランナーは、トップでやっていくためには男と付き合っては駄目といわれます」
「そういう相手がいると、選手はつらいことがあると、そこに逃げてしまうからです。
だから監督としては、なんとしても逃げ場を作らせないようにするんです。自分が100%、相手をコントロールできるようにしておきます」
「でもそれは本当に正しいことでしょうか? だってそういう勢いだけでやっていける年齢というのは、人生の中で本当に限られていますよね。
だからその年齢がすぎると、あとはろくに走れないということになってしまいます。それが今の日本の女子ランナーの現実です」
「それが正しいことだとは、私には思えないんです。そうじゃなくて、結婚をしたり、家庭を作ったりというなかで、人生を通して、自然な形で競技とつきあっていくことが、本当は大事なんじゃないでしょうか。私がなりたいと思っているのは、そういうランナーなんです」
女性やスポーツを考えるうえで、またもっと広い意味でも、私にとってものすごく大きなインタビューなんです。