『太陽の子』 灰谷健次郎

太陽の子 (角川文庫)

今年の夏、数年ぶりに沖縄に行って、リゾートホテルに泊まったり水族館に行ったりして楽しみながら、楽しむだけでいいのかなという思いがあった。

ここ沖縄は、本土とは違う気候で、海も植生も食べ物も言葉もユニークだ。この独自の文化をもつ地域が歴史の中で日本に同化され、20世紀には日本で唯一、地上戦を経験して住人の3人に1人が死んだといわれる。長くアメリカの統治下にあり、本土復帰を果たした後もこの島の15%が米軍基地で、それは日本全国の基地の約7割にものぼる・・・。ここまで来ておいて、そのことから目をそらし、徹頭徹尾楽しむだけで帰っていいのかなと思った。

旅行から帰るとすぐに、翁長知事が亡くなり、選挙になった。『はじめての沖縄』(岸政彦)を読んでログを書いたら、友人からこの『太陽の子』をすすめられた。その少し前に、書店で、平積みされているのを見た覚えがあった。沖縄の話だから、今あらためて積まれていたのだと合点がいった。

子どものころ読んだ気がしていたけれど、やっぱり初読だった。読み始めて、最初のほうで不穏な空気を感じて読むのをやめた気がする。今は大人なので読み進めたけど、随所でかなり泣いた。淡々とした、昔の児童文学らしいドライな記述なのが、なんだか余計に悲しい。これは、「かわいそう」ではなく、沖縄方言でいうところの「ちむぐりさ」だと思う。

うつとかPTSDなどの一般的な理解がない時代でもあるし、お父さんの心の病気について詳しくはフォーカスされない。お母さんも、小学6年生のふうちゃんも、わからないままにお父さんと一生懸命向き合う。食堂「てだのふあ・おきなわ亭」に集う面々も、ふうちゃん家族を「ちむぐりさ」と支える。私はもうふうちゃんのお母さんのような年齢だから、周りのみんなのうちの1人のようにふうちゃんを見守る気分で読んでいた。

おろおろしたり不安になったりしながらも、周りにいつも誰かがいてふうちゃんは1人にならないからホッとする。そして、いつも見守られて育っているから、ふうちゃんは周囲とてらいなくかかわり、時には助け、力強く支える側にもまわる。

お父さんの病気やキヨシ少年をめぐるあれこれがあっても、『太陽の子』というタイトルのとおり、物語のトーンは明るい。それでも、涙が止まらない箇所は少なくない。

物語の舞台は1975年ごろの神戸。
神戸港近辺で働く労働者には沖縄出身者が多くいて、「てだのふあ・おきなわ亭」にはそんな人々が集う。以下はみな、沖縄出身だったり、その子供だったり。
お母さんの遠い親戚、オジやんは71才。
ろくさんは55才。
お父さんとお母さんはそのひとまわりくらい年下で、
20代前半の青年たちがギッチョンチョン。
キヨシ少年は15歳。ふうちゃんは12歳。
戦後に生まれた世代も含めて、沖縄の戦争は彼ら全員の人生に大きな影響を与えている。

50年前に書かれた小説だが、彼らが直面する不平等や差別が、少しも「昔の話」と思えないことに戦慄する。

おそらく沖縄戦の凄惨な光景を思い出して発作を起こしたお父さんは、警察に殴られ、精神病院に入れられる。

離れて暮らす弟から「一生のおねがいや」といわれ、新品のコンパスを買ってあげた姉は、その後まもなく「もう疲れた」と手紙を残し、19歳で自死してしまう。

身寄りのない少年は、住み込みで働いていた料亭で「オキナワ」と呼ばれ蔑まれていた。

そして、非行少年だと決めつけて、調べに来る警察。沖縄出身のろくさんが少年をかばうと、警察は冷ややかに言い放つ。

「郷土愛は否定しないがね、度が過ぎると人間を甘やかすことにならんかな」
「法の前に沖縄もくそもない。みんな平等だ」

今現在も変わらず、
沖縄の人に対して、
中韓の人や日系2世3世、外国からの労働者に対して、
障害のある人に対して、
まったく同じことを言う声があります。
「弱者の特権だ」と言うのです。

そんなヘイトをまき散らしているのは、
ほんの一部の心無い人たちだと信じたい。

でも、そんなヘイトを看過しているならば、
私たちも間接的に加担していることになります。


小説に話は戻って、
警官の言葉を受けたろくさんは上着をとり、シャツをはいで、
ほとんど根元から失った左手を見せる。
沖縄戦で、手りゅう弾で吹っ飛ばされたものだった。
それは、敵である米兵が放った手りゅう弾ではなく・・・。

「わしはただの大工で兵隊ではなかった」
「沖縄を守っていた日本兵が、名誉のため、国のために死ねと手渡したのだ」
「みんな死んだ」
「この手でわしは、生まれたばかりの我が子を殺した。赤ん坊の泣き声が敵にもれたら全滅だ、おまえの子を始末しろ、それがみんなのため国のためだと、日本兵が言ったんだ」

「あんたはわしとあんまり年が変わらん。きっと優しい子供がいてるだろう」
「わしはこうして見えない手に打たれて、一人ぼっちで生きている」
「同じ日本人だ。これで平等かね」

「あんたは、悪いことをしないで平和に暮らしている人たちを守らなくてはならないと言ったね。わたしたちは、何も悪いことをしないで暮らしていたんだがね」

「あんたを悪い人だとは思わない。しかし、日本を守るといいながら、罪もない人を殺さなければならなかった日本の兵隊を思い出す」

「法の前に沖縄もくそもない、と あんたはいった」
「沖縄の失業率は全国最高、高校就学率は全国最低だ」
「知念キヨシという一人の少年を見るだけで、彼の人生の中に不公平な沖縄がいっぱいつまっているということを知ってもらいたい」
「あんたの人生がかけがえがないように、この子の人生もまたかけがえがないんだよ」

この文章を書くために、該当部分を再読して泣き、
こうして書き写しながらまた、泣いています。

 

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