『坂の上の雲』 第10話「旅順総攻撃」

同じ枠で、わずか1週の差で、ここまでレベルの異なるものが放送されるってのもすごい。仮にも11ヵ月間もやってたのに、先週までのアレがすでに空気。なんとか思い出してみても、えらく長い前座だったのね・・・としか思えない。テイストの違いとか好みの問題とか超えてるもん。

視聴率では前座に負けてますけどね! 捨てシーンゼロ、もちろんCMもゼロの、あまりに息をつかせぬ90分だから、録画で見る人も多いとは思う(私もその一人)。年末年始に、3話まとめてじっくり見るってのも大いにありだと思います。映画顔負けのクオリティですからね!

アバンタイトルのナレーション「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。・・・・(中略)のぼってゆく坂の上の青い天に、もし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみ見つめて坂をのぼってゆくであろう」と、それにかぶせられる映像を見てるだけで、胸内に熱い熱いものがこみあげてくる。タイトルに続き、サブタイトル「旅順総攻撃」が表示されると、既にアバンで戦争描写をけっこう見せられたのも手伝って、わが心臓は高鳴る一方! しかし本編が始まると昂揚一転、大都市ロンドンのざわめきが映し出される。なんとも心憎いすかし方してくれるぜ〜。

そしてここから始まる80数分。CMなしの90分というのは確かに民放連ドラ(および通常大河)2本分の尺ということにはなろうけれども、海軍、陸軍(遼陽/旅順)、英国(財務面)、ロシア、日本の軍部、待つ女たち・・・と、さまざまな角度から描かれるドラマは圧巻の一言。確かに笑いはない、息抜きできる場面もほとんどないんですが、かといって教条的でもないし小難しくもない。歴史に詳しくなくても興味がなくても釘付けにされると思う(例:うちの夫)。

伊予松山から出た3人の主人公のうち、正岡子規香川照之)はすでに亡く、秋山兄弟の出番は今話は少ない。ただし、あの前座とは違って*1出番が少ないことにも、また、少ないながらも出てくる出番にも、きちんと必然性があり、なおかつカッコいいのだ! 海軍一の秀才たる若き参謀、しかし熱くなりがちでまだ青い真之(本木雅弘)。厳しい戦場にあって、馬上りゅうりゅうと歌を口ずさみ、また故郷の妻にも「下手な歌」を書いた手紙を送る好古(阿部寛)。

軍の大幹部たちに言及しておくと、海軍は総司令官東郷平八郎=渡哲也、副官*2・島村速雄=館ひろし。すわりが良いというか悪いというか・・・なキャスティングである。ドラマが始まった当初は、薩摩弁を喋る渡哲也というのに強烈な違和感があったが、3年目にして(笑)慣れてきた。

陸軍は総参謀長・児玉桃太郎・・・じゃなくて(つい言いたくなるでしょ?)源太郎なんで、こちらもアクの強いキャスティングなのだが、これが違和感ない。というのも、彼の上官にして総司令官大山巌を演じる米倉斉加年の“食えない好々爺”って感じとのコントラストが実によいのだ。

しかし、なんといっても今回は、柄本明の回である! 乃木希典といえば、軍神か、はたまた愚将かと、いまだ喧しい物議をかもす人物。司馬は乃木を無能として捉えていたという印象がある。そこをドラマではどう描くのか、当初から興味津々だったわけだが、戦争に至るはるか前に柄本明が出てきたときは、「どっちに転んでもおかしくない」ような、まことに茫洋とした様子で、なんとも引きが強かった。

ついに今回、話の中心に据えられた乃木は・・・やはり茫洋としており、画面に映っている時間に比しても、セリフはかなり少ない。けれどそのたたずまいが、無言のうちに乃木という人物を表現している。荒ぶる武闘派でも、冷徹な理論派でもない。寡黙で、光のない目をしていて、動きはもそもそとしていて、泰然としているのか、ただ器の中身はからっぽなのか、見ていて判然としない。しかし、劣勢甚だしいドラマ終盤、天皇への忠誠心に厚く、将兵を思うことこの上ない、無私の司令官であることがわかる。

それまでの戦争描写は、まさにテレビドラマの限界に挑んでいるかのごとく凄い。このドラマでは軍人としての乃木を正面切って評価はしないが、犠牲の数を思えば、やはり・・・とも思う。けれど、ゆえに、「皆、よくやっている。責任はすべて、この私にある」という一言が、ものすごく悲痛で重い・・・というか、これほど重く響かせる柄本明の演技よ!

つーか、これ見てたら、よくぞ日本はこの戦で滅びなかったものだ、と思う。「戦争は悲惨で愚かしい」。それは正しい。でも、人間は戦争を繰り返してきた。それはなぜなのか。戦争を回避するためギリギリまで行われた外交工作、各国のパワーバランス、そして、ひとたび戦争に突入したとき、将たちはどうふるまったのか。

私たちには知らないことが多すぎる。これは、そういうのを「教え込むための」ドラマではないんだけど、自然とそういうことを考えさせられる。ここには、「戦はいやです」と空念仏ばかりを唱える人間や、「好きな女を守るために」戦に突入する人間や、大軍を率いながらふらふらしてる人間はいない。歴史を、人の命をもてあそぶ描写はひとつもない。そんな、「最低限だろ」ってことを、あまりに有り難く感じる年末である・・・。

*1:悪趣味と思いつつついつい比べずにいられない・・・

*2:というわけじゃないんだろうけどそう見える