『坂の上の雲』 第12話「敵艦見ゆ」

奉天会戦が意外とあっさり、とか、赤井英和なんだったの?とか多少のつっこみどころはあれど、流れがすばらしかった。最初から最後までの流れが。

冒頭、海軍の面々は一時帰国し、そろって明治天皇に拝謁。「バルチック艦隊に勝てるのか」と聞かれ、「勝って宸襟を安んじ奉ります」と断言する渡の大門団長・・・じゃなくて東郷長官。そのキッパリさ加減に、うしろに控える館ひろしやモックンは「・・・」と戸惑いを隠しきれない。だってバルチック艦隊って世界最強なんだよ。

根岸の家に帰ったモックンを、妻・石原さとみと兄嫁・松たか子とその大勢の子供たち、そして老母・竹下景子が迎える。懐かしい郷土の料理を食べるシーンがとても良い。まず、ごはんが美味しそう。あと、席次がはっきりしてる。阿部寛の兄さんは大陸に駐屯したまんまなので一人きりの成人男子モックンが上座に据えられて、母は手を出さず兄嫁と妻が給仕をしている、そして、子供らは次の間で食べてる。これなんだよ〜! 夫婦が向かい合って膳を並べて食べてた某大河ドラマはクソです。あっ失礼、つい汚い言葉を。

で、その場で松さんが尋ねるのよね。「バルチック艦隊は今どの辺にいるのかしら」と。その無邪気さに義妹のさとみが「お義姉さん・・・」とたしなめる。松「だって、ご近所でもよく聞かれるんだもの、季子さんだってそうでしょ?」。モックン「それがわかればいいんですけどね〜(的なこと)」。そらそーだ、と笑った松さん、「勝つわよね?」と聞く。その顔! この松さんの演技! モックンは、さっきの無邪気さから一転して、“信じる強さ”をたたえた松さんのをじっと見つめて、その思いを受け止め、「勝ちます」と答える。これ答えるとき、モックンは絶対、先日の渡哲也を思い出してるよね。

ほんで超寒い大陸。ホットカーペットの上で見てても寒いです。凍てつく大地で奮戦する兄・好古。すんげーかっこいいです。惚れます。男は黙って騎兵隊! でもなんと、この大事なときに、好古さんは馬から降りて戦わせるのです。それが彼のすごいとこなのです。

そこへ二〇三から転戦してきた乃木さんが合流するんだけど、鶴見辰吾がその顔を見るなり「厄病神」と呟いたのを俺は見逃しはしなかったぜ! もちろん児玉さんは笑顔で熱烈歓迎。とはいえ、実際の戦闘になると、乃木さんの第三軍はまともな人数をまわしてもらえずにまたも苦戦を余儀なくされる・・・鶴見辰吾なんて「第三軍には期待してない」なんて通信兵に向かってきっぱりですよ。それを聞いてる児玉さんのバツの悪そうな顔・・・。実際、それは総司令部の総意であるわけです。

とにかく、このドラマでの乃木希典の描き方と演じる柄本明には脱帽。とても、太平洋戦争の終戦まで「軍神」としてもてはやされた人とは思えない姿。むしろ軍人としては無能に近いのかもと思う視聴者もいるだろう、その解釈をを拒んでいない。でも、彼を貶める気になる日本人はほとんどいないだろう。彼はとことん、奇跡的なまでに、無私の人物だからだ。

なのでもちろん、この鶴見の侮辱にも乃木さんは抗議するどころか、顔の筋肉をぴくりとも動かしません。かわりに、阿部ちゃんの好古兄ちゃんが鶴見辰吾に一言モノ申してくれます。「こんなことじゃいかんのだ、こんなことじゃいかんのだ」。大事なことなので2回言ってました。奉天会戦はロシアの司令官クロパトキンが意外なチキンぶりを見せて逃げ帰ってくれたので辛くも勝利します。

いよいよロシアとの戦も佳境。舞台は海に移る。作戦を立てるにあたり、バルチック艦隊がどの海路でやってくるのかで海軍内は喧々囂々。日本海か、太平洋か。津軽対馬か。参謀のモックンは考えすぎて、神経症の一歩手前みたくなってます。で、ここで赤井英和が登場して訓示を・・・という謎のシーンが挟まれるんですが正直それはどーでもよくて、渡哲也! 前回は児玉・高橋英樹に瞠目でしたが、今回のここからはもう渡の東郷平八郎の独壇場。

島村(館)「長官は、バルチック艦隊はどの海峡を通ってくるとお思いですか」
東郷 「そいは対馬海峡じゃ(キッパリ)」

ナレ(渡辺謙) 東郷が、世界の戦史に不動の地位を占めるに至るのは、この一言によってであるかもしれない

モックン 「なぜ」
東郷 「通るちゅうたら通る(キッパリ)」

かっこえー! かっこよすぎるぞ東郷! これぞ指揮官! 根拠はまったくもってわかんないけど、彼がここまでキッパリ言うなら対馬から来るに決まってます!と館さんもモックンも私たちも完全納得です! いざ、対馬へゴー!

そしてある朝の対馬沖。いつものように甲板で一斉に体操をする水兵さんたちに「敵艦見ゆ」の情報が! わーっと叫んで持ち場に走っていく水兵さんたち。きびきびと一緒に体操していたモックンはひとり取り残され・・・読みが的中した歓喜と興奮のあまり、謎の踊りを踊ります! ここもすごく良かった! 

で、ここからは、

「本日 天気晴朗ナレドモ 浪高シ」
「旗旒用意!Z、揚げ!」
「皇国の興廃この一戦にあり!」

と、怒涛の名言連発。いやー、「危険ですから中に入ってください!」と請われながらも「おいは一歩も動かん」とデッキに立ったままの東郷が発した「皇国の興廃この一戦にあり」の一言を、戦艦に乗ってる水兵さんたちが伝言ゲームのように伝令していくシーン・・・鳥肌立ったわ。そして東郷、振り上げた右手をまっすぐに左に倒し、

ナレ 丁字戦法の始まりである…

で幕。

静かに始まり、家族との語らいもあって、陸軍の激戦に続いて海上でついに迎える最大の敵! なんとて見事に昂揚させるんじゃ〜! 書きながら思い出してまた興奮してます。うわあああああ!と叫びだしたくなるラストでした。