世界フィギュア2011 エキシビション『千と千尋の神隠し』
『Hello,Goodbye』『Safety Dance』でこづこづらしい衣装センスと足で帽子を拾う技、そしてもちろん高いスケーティング技術を堪能したあと、ロシア代表のスミルノフ・川口ペアが出てきて流れ出した曲が『いつも何度でも』だったので驚いた。『千と千尋の神隠し』の主題歌。
合わせる視線や取り合う手と手は愛と信頼でみちていて、だからこそリフトもジャンプもこんなに軽々と決まるんだな、と納得してしまうような演技で、吸い込まれるように見ながら、気づくと涙が出てた。
川口悠子選手は、オリンピックに出てメダルを獲るためにロシア国籍を取得した。しかし、そんな決意をもって出場したバンクーバー五輪では、フリー演技の日の朝、コーチからリスクヘッジのため大技の回避を指示され、それに関して気持ちの整理がつかないまま演技に向かってミスを繰り返し、4位に終わってしまう。
試合の翌日のテレビ番組でも、回避の指示に納得がいかない思い、悔やんでも悔やみきれない思いを口にしていた。けれどその指示を出したのは「どうしてもこの人に」と、国境を越えてまで自ら師事を求めたコーチであり、その番組に一緒に出演していたコーチのほうも言葉を詰まらせながら「あなたは私の娘同然だと思っている」と真情のこもった言葉をかけるほど、強く結ばれた師弟なのである。川口さんがその番組で流した、複雑すぎる色合いを帯びた涙は忘れられない。
それから1年経った今年の世界選手権でも、ふたりは4位だった。怪我の影響もあったらしいが、「またも」という思いを飲み込んだ川口選手が、それでもこのエキシビションで、日本語の曲を選び、笑顔で演技をしていること。小柄で華奢な体の中に、たゆまない努力で身につけてきた強靭な力や、故国へのありあまる思いをきっと抱えているだろうこと。そして、この演技を見て、今、私のように胸がいっぱいになっている人がたくさんいるだろうこと。
いま、がんばって言葉にしようとすればそんなところになるが、とにかくひとこと、「心に響く演技だった」と言うだけで、あれを見た人なら、うんうん、と頷いてくれるだろう。
被災した方々に「がんばって」とも言いたいけれど、「がんばって」と言われるとつらいという人もいると思う。そんな人に、ただ淡々と前を向いて生きていってほしいという気持ちで選びました。
演技後、川口選手はフジテレビのインタビューに対して、こんなふうに語っていた。
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心躍る 夢を見たい
かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける
さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる
生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ
『いつも何度でも』の歌詞。映画も好きで何度も見ているし、そのラストで流れるこの歌にはいつも胸をいっぱいにさせられていたけれど、このエキシビションを見たことで、なんというか、自分にとってすごく特別な歌になった気がする。