弥生の七

3月12日は土曜日で、もともとは、夫に息子を託してフェイシャルエステに行くことにしていた。サロン通いの習慣なんかありゃしないけど、グルーポンで破格のクーポンを見つけて予約。グルーポン・・・そう、おせち騒動が起きていないころだったから、ゆうに3ヶ月以上も前からの予定だった。

育児の束の間の息抜きにと楽しみにしてたけど、あの地震の翌日とあっては、とても行く気になれない。その日も朝から義妹一家の住む長野を中心に震度6強という大きな地震があったし、なんだか、2時間も家族と離れるのが怖かった。エステなんて、一年に1回や2回行くくらいで肌への劇的な効果を期待するのは無理ってもんで、リラックスやリフレッシュが私の主目的なわけだが、今、それが達せられるはずもない。

昨日のうちにキャンセルしておけばよかった、と思いながら、開店直後の11時に予約を入れていた私は、9時から20分おきくらいにサロンにコールした。つながったのは10時20分。特に理由を告げなかったからかもしれないが、キャンセルをお願いすると、電話の女性(予約したときもこの方だったし、マンションの一室で営業しているようだから、たぶん一人か二人でやっているこぢんまりとしたサロンなのだろうと思う)に了解されたあと、「土曜日は特に予約を希望される方が多いので、キャンセルはお早めにお願いします」と慇懃に苦言を呈された。

もっともなことで恐縮したけれど、なんだか杓子定規な対応だなあって気もした。だってエステなんて行ってる場合じゃないやん。電話で説明せんかっただけで、私が身内と連絡のとれない状態になってるってことだって、考えられるやん、今なら。そんなお客さん、ほかに何人もおるかもしれんよ、ここ数日は。それぐらい、想像してもいいっちゃないと? 心の中でぶつぶつ言ったあと、すぐに、「違う」、と思い返した。たくさんの予約が入っている以上、昨日の今日だからといって、ここ福岡で、お店を休むわけにもいかんだろう。もしかしたら、あの電話の女性にこそ、今、連絡のとれない身内がいるかもしれない。その可能性だって全然低くない。たとえそうじゃなくても、彼女だって、日本に住む人間としてこの状況に不安や怖さを抱えながら、(たぶん)小さなサロンの今日の営業を始めようとしているのだ。当日キャンセルを申し出た(しかもグルーポンの激安価格に釣られて予約してた)客に、非の打ちどころのないホスピタリティをもって対応してくれないことくらい、なんだっていうんだろう。とにかく今は、揺れていないこの福岡にあっても、誰にとっても、非常時だ。

それにしても、福岡は抜けるような青空で、そよそよとした風の吹く、春のいい日和だった。この日予定されていた九州新幹線全線開通を祝する行事がすべて中止されることは、前夜に既に決まっていた。親子3人で歩く近所の道も、入ったスーパーでの品揃えも、ふだんとまったく変わりはなかった。その有難さが身に沁みるが、そう思ってしまうことにも今は罪悪感がある。とにかく悲しかった。