長月の五 / 市議会の傍聴

●9月某日: (facebookより)

福岡市議会に傍聴へ。いつもお世話になっているみなさんや久しぶりのみなさん、がんばっている学生さんたちとも会いました。顔を合わせて(マスクだけどさ)言葉を交わすとやっぱり元気がもらえます。

市役所前広場は立ち入り禁止区域と化し、ベンチもひとつずつ念入りに、テープで閉鎖されていました。こうしなきゃしょうがないんですかね? なんだか心が荒涼としてしまった。。。

しかも、広場側の入り口が全部閉鎖されている~! そこまでする? てか、「閉鎖中」の貼り紙の横には、「アチラの入り口が開いてます」的な地図なども並べてくれまいか。どこが開いてるのかわかんなくて、距離と時間をだいぶロスったぞ。私みたいにそこそこ健脚ならいいけどさ、お年寄りとかしんどいと思う。
・・・・とSNSに書いても仕方ないので、いま市役所に電話してお伝えしました(クレームじゃなくてコミュニケーションだよ!)。

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さて議会。どんな議員を議会に送り込むか、ほんと大事ですよね。議員さんによって問題意識も熱意も能力も全然違うから。

言うまでもなく、議会の中ではとても大切なことが行われています。
でも‥‥私は仕事とかいろんな活動でこの何年かちょくちょく議会を傍聴していますが、年々つらくなってるところがあり・・・

や、行きますけどね。
傍聴席から「私たち市民がちゃんと見てるよ~~~」と念を送るのは、めちゃくちゃ大事なことだから。見てないと、めちゃくちゃされる可能性あるからw

コロナ禍の前は子育て世代での傍聴イベントも主宰していましたが、最近は(コロナはおいといても)免疫のない方を傍聴に誘うのは腰が引けるかな~

あまりに隔絶されてるな~と感じてしまうんですよね。
コミュニケーションがない。
私たち(傍聴する市民)と議会にもコミュニケーションがなく、議会の中(議員同士、また、議員と執行部≒市職員上層部)にもコミュニケーションがない‥‥その意思がない‥‥

いや、ほんとはないことはないと思うんですけど、議会を見ていると、ある種そんな気分にさせられるんです。
閉じられてる、と感じる場所にいるのは息苦しくて。

議会の役割や、「そうならざるを得ない」理由があるのはわかります。何年も議会を見てる私にはわかりますが、たぶん、一般的には「何なん?」って感じだと思うw

議事の進行としてはこのスタイルが基本になるのもある程度しょうがないと思うけど、だったらほかにコミュニケーション可能な場所や機会が必要なんだろうな。じゃないと、どんどん詰む。
詰んで困るのは、結果的には私たち。
‥‥とか思いながら、閉じられた広場を横目に帰宅しました。

息子のクラス、給食時間か昼休みだかににBTSの動画を流そうってことになったらしく(黙食とか休み時間の密回避のため、こうやって時々?子どもたちの好きな動画を流すらしい)、息子が推した「FIRE」の練習動画を見たらしい。

www.youtube.com

夜ごはんは豚とピーマン、玉ねぎのケチャップ炒め。サラダなど