文月の六 / 愛されていることを知っていて喜ぶ子ども
●7月某日:
息子が小学生になって3か月。毎日がんばってるねーとしか言いようがない。学童にも入ってないし何の習い事をしてなくてすら、今どきの小学生は忙しいなーと感じる。
現場の先生の過酷な労働環境も日に日に感じていて、これはやばいなあ、と。授業や宿題にもいろいろ疑問というか不満点はあって、「これじゃあ勉強嫌いの子ができあがるよなあ」「主体性とか自分の意見とか育たないよなあ」と思うけど、それは現場を超えたもっと大きな問題なんだろう
最近強く思うのは、「小学生になったのだから子どもを信頼してまかせる」とか「何でも自分でやらせる」とかいうのも部分的にはあるけど、やっぱりまだまだこれからも親や周囲の大人の見守りや適宜の関与は必要だなあということ。
いろんな家がありいろんな子がいて、子ども同士カルチャーショック受けたり、揉まれて試行錯誤するのは大事な経験だけど、野放しにするのは違うよね、と。大人が何でも首をつっこむということではなくて、行き過ぎないうちに大人の目で子どもたちを仲介したり、言葉を添えたりするのって大事だと思う
気分のままに振舞う子もいれば、空気を感じ取って振舞う子もいるし、ウケようと思って他の子をからかったり、それにつられて笑ったり騒いだり、いろんな子がいて、総じてみんな悪気はなく、相手の気持ちを読むのはまだ難しく、適切な語彙の数も少ない。子ども同士だからそれでいいっちゃいいんだけど、
それで知らず知らず傷ついてたり、エスカレートしたり力関係ができてたり、自信を失ったりって積もるのかなーとも思うよね。昔からそんなもんだった、とはいっても、じゃあ昔の子どもが学校でみんなハッピーだったかといえばそうではない、ハッピーなだけが社会じゃないけど要らん労苦はなくていい。
ということで、放課後の校庭解放に行ってきた。開始時刻にちょうどスコールがあり、体育館の中での2時間超。あ゛づい゛。正直かったるいw でも行ったらやっぱり、こうして子どもたちの様子を見るって大事というか、知っておくことで自分も安心できるなと思う
午後休だった夫がごはん作ってくれた。豚と野菜の甜面醤炒め。この甜面醤は、まさに今日、友だちにもらったもの。手作りらしいけど、甜面醤ってどうやって作るのだ。というか甜面醤を作るという発想・・・!! すごく薫り高くておいしかった。にんじんしりしり。にんじんを買いすぎた夫がせっせと1本分を千切りにして作った。もやしと青じそのピリ辛和え物、唐辛子ききすぎててピリ辛ってレベルじゃないw そしてビールと赤ワイン。月曜からよく飲んだ~。
『ゆとりですがなにか』スペシャルの後編を見る。2人で柳楽くんはじめ俳優陣を絶賛しながら。
●7月某日: 最近、サクと私の間で流行っているのは「おもしりとり」ごっこ。Eテレで朝やってる「シャキーン!」のコーナーだ。学校の授業があんなやけんさ、ほんとにEテレに救われている。もう、積極的にEテレを見たい。子どもと一緒に。ほんと面白いんだよ。
週末前後に2つ大きなイベントがあるので準備もちょこちょこ続けていてちょっと落ち着かない。夜ごはんは、じゃがいもとひき肉、もやしのケチャップ炒め、きゅうり、おくら、小松菜の和え物。夫は飲み会。
サク、風呂の中で隣の席のHちゃんの名前はこういう意味なんだって、と説明したのち、「おれのなまえは、いみとか ないよね?」と言う。名前の漢字の意味を教えてあげると、「おー!おー! そーか!」とうれしそうで、翌日以降も「おれのなまえって、○○って いみだよな!」と言っていた。サクを見ていると、自分が愛されて大切に思われている空気を感じ取ってるし、大切にされるとうれしいんだなと思う。