『天と地の守り人 第一部 ロタ王国編』 上橋菜穂子
「天と地の守り人」三部作をもって、このシリーズも終わる。
- 作者: 上橋菜穂子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/05/28
- メディア: 文庫
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最終作の幕開けにふさわしい壮大なスケールとオールスターキャスト! ラストでの、バルサとチャグムの久々の再会そしてさらなる峻烈な戦いへの道。なんという、なんという・・・・! と、涙ちょちょぎらせながら読み終わって、そこで初めて知ったね。私、前作にあたる『蒼路の旅人』すっ飛ばしてた!
や、このシリーズを貸してくれてる友だち(いつもありがとう)は、『蒼路』と『天と地1』を同時に持ってきてくれたのだよ。あたくしがなぜか勝手に「蒼路は外伝」とばかり決めつけて、さっさと『天と地』にかかってたのだ。
どおりで、チャグム&新ヨゴ皇国がいきなりとんでもないことになってるわけだよ!!
でも、チャグム関係の謎は謎としてとりあえず置いといて、それなりに読めるのがすごいところ。バルサ視点でいけば、『神の守り人』と、この『天と地』がつながってるんだよね。何がどうなってチャグムが行方不明いや生死すら不明になっちゃったのか、じりじりしながら読んだ。
もちろん前作までも全部好きで、感動しながら読んできたけど、ホントにうるっと涙したのは今回が初めて。2か所あった。ひとつはチャグムからバルサへの手紙。「あなたがここまで探しに来てくれたと知って、ふるえるほどうれしかった。自分は大丈夫だからタンダたちを逃がしてやってほしい(エミによる大意)」と、みずからも窮状にありながら、バルサと彼女にとって大事な人のことを思いやったあと、
あなたたちが無事で生きていると思うことができれば、わたしは、がんばれる
と綴られた部分。なんかすごくぐっときた。
1人に1台ケータイ電話の時代になって久しいじゃないですか。SNSやらスカイプやら、手段には事欠かないわけじゃないですか。「あなたが生きていると思えばがんばれる」そんな思いの、なんと遠くなったことか。大事な人と繋がっていたい、その願いが当たり前にかなえられる現代では、それはあまりにか細き希望であり、心もとなさに耐えられそうにない気がするけれど、たよりの絶えた状態で、大事な人を信じる思いを生きる力に変換できることこそが、本来、人間が持ちうる豊かな力なのかもしれないと思った。「物理的にずっと繋がれる」ことほうが息苦しいのかもしれない、ともね。
もうひとつの泣きどころは、やはり、再会したバルサとチャグムとが、チャグムの大けがの危機を乗り越え、それぞれの思いを打ち明け合ったあとで交わす会話。
炎が揺らめき、薪の割れ目が赤く輝くのを見ながら、チャグムはつぶやいた。
「おれを、カンバルへ連れて行ってくれる?」
バルサも炎を見ながら、ほほえんだ。
「ああ。連れていってやるよ、わたしの故郷へ・・・ワシが骨を落とす音が響く、あの貧しいけれど、美しい谷間へ、あんたを連れて行ってあげるよ」
バルサのセリフの、およそ口語的でないリリカルさが、なんと効果的なこと! ここに至るまで、本当に長かったのですよ・・・! やっとこさ再会して心を合わせられたという万感と、「ここから新たな冒険が始まる」感が、この短い場面にみちみちているのです。すばらしい!!
なんせ、全編、シリーズのクライマックスに向けた不穏さが漂っていた。
チャグムの探索は雲をつかむように難しい、また危険極まりない旅だが、そこはバルサだから見つけられないはずはない。と、ある意味、読者は安心して信じながら読んでいる。そこで挿入される、「雑魚相手の立ち回りで足を痛めるバルサ」。30代半ばの女が気づく体の衰え。宿の親父に「子どもを産める体を持つ女」として扱われ心配されたりもする。そして自分が守らなければと思い込んでいた少年が、いつしかしっかりと成長していて、「自分の出る幕ではない」と思わされる淋しさ、脱力感。
巨大な戦力・国力を持つタルシュ帝国に対して、「清き皇国」を拠り所に突き進む新ヨゴ。「天ノ神の加護篤き帝を信じて、最後の一兵まで戦い抜く」「死を恐れる腑抜け者はここにはおりませぬ」。かつての日本と重なるのは、作者の意図だろう。理想を掲げた会議のあとは、全国から市民農民が「草兵」として集められ戦いの最前線に送られてゆく。最前線の宿営地での正規兵と草兵との格差、「日があるうちに下の処理のための側溝を掘れ」の指示、すさんだ兵たちが起こす弱き者へのリンチ。
新ヨゴ、ロタ、カンバル。サンガルにタルシュ。多くの国々の、それぞれの思惑。待ったなしの駆け引き。密偵たちの暗躍。
異世界ファンタジーというジャンルでくくれば、地に足のつかない夢見がちな物語かと思いきや、ここで描かれていくのは、年齢を重ねることへの恐れや、個人の力を超えた、時代の大きなうねり。戦争の不条理さ残酷さ。異世界に仮託して、現実そのものが展開されていくのだ。
だからこそラストのバルサとチャグムの会話が胸を打つ。バルサはもはや無敵ではないかもしれない。チャグムは既に皇太子でもなく政治工作力はたかが知れている。ゆく道は厳冬で、何より、直面する問題はあまりに大きく複雑。それでも彼らは共に行くのだ。
行方不明になってからも、賢く、颯爽と過ごしていた描写がなされるチャグムが、バルサを前に涙して、「故国をタルシュに支配されたくない、民を幸せにしたい」と高い志を述べつつ、間で「ラウル王子になんぞ、負けたくない」なんて若者の利かん気をチラリとのぞかせるのがすっごくよかった。こういうふうに人間臭さを散りばめるのが本当にうまい。
あと、地味に気になったのが「タンダの腕の中で、幾度そのことを考えただろう」の一文。バルサとタンダが互いに思いあっている描写は第1作からされていた(11歳のチャグム少年に「結婚しないの?」と言わせている)が、2人に肉体関係があることを匂わせる描写はこれが初めてでは?! 借りて読んでいるので既作を確認できないのが残念!(ゲス)