『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』 赤松啓介
- 作者: 赤松啓介
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2004/06/10
- メディア: 文庫
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筆下し、水揚げ、若衆入り、夜這い・・・・。ムラであれマチであれ、伝統的日本社会は、性に対し実におおらかで、筒抜けで、開放的であった。日本民俗学の父・柳田国男は<常民の民俗学>を樹ち立てたが、赤松は「性とやくざと天皇」を対象としない柳田を批判し、<非常民の民俗学>を構築し、柳田が切り捨ててきた性民族や性生活の実像を庶民のあいだに分け入り生き生きとした語り口調で記録した。
宮本常一の「忘れられた日本人」と並んで評されることの多い本書をやっと買って読んだ。フィールドワーカーという点では宮本とまったく同じ。ただ赤松の場合、お上の政策や権威的なもの、つまり教育勅語や柳田民俗学、性のクローズ化などに非常に批判的であり、随所で舌鋒激しくそれらを攻撃するから、私みたいな小市民にはチクと怖い。しかしそれも、戦時中でも「転向」せずに入牢し、特高の拷問も受けたというこの人のただならぬ歴史を窺える部分だ。
仏事や祭事に際し、お堂にこもって雑魚寝をする男女が・・・とか、歌垣を経て・・・みたいなのは、司馬遼太郎や藤沢周平の小説にもエピソードが出てくる日本の伝統の交渉術(?)だけど、さすがにそれを聞き書きしたり、さらには「フィールドワーク」つまり実地で経験した人の筆致は真に迫ってる。「柿の木問答」の生々しさよ! 昔の性民俗というのは、確かにオープンなんだけど、やっぱり性である以上、どこか淫靡な面もあって、だからこそ私たちは惹かれて読むんだろう。
・・・って、エロ本扱いしてしまうにはもったいない面白さの本です。性民俗、というが、そこには、農作業や商業実務、ムラやマチといった社会機構、社会風俗とのかかわりがもちろん大きくて、そこいらへんのディテールがたまらないんですね。
田植えが苛酷であればあるほど、歌を歌ったりエロ話をしたりして楽しむためのツールが増えるとかいうのはすごく理にかなった話だし、口入屋のようすとか、商店の店先では、面白おかしく近所の噂話(もちろん下ネタ含む)を交えつつ客を呼び込んでいたとか、女中奉公といってもいろんな種類、いろんな契約があるとか、何もかもがリアリティにみちていて、へたな小説を読むよりよほど面白い。
英雄譚や歴史の表舞台のストーリーもいいんだけど、どんな時代にも庶民はいたはずで、ちっぽけな存在だとしても彼らがひたすら弱々しく、言葉や笑顔を持たずに生きていたわけはない。その顔や息遣いがいきいきと伝わってくるこういう本はすごく面白いです。歴史や文学もいいけど民俗学もやりたいなー、大学で概論だけでもかじっときゃよかったなーと思う。