『平清盛』 第25話 「見果てぬ夢」

清盛、宋の薬を差し入れようとする → 義朝、「おめーの施しなんぞ受けねー」と拒む → 由良、重態 → 義朝、 矢も楯もたまらず清盛の薬にすがろうとする → 病床の由良、虫の息で止める「平氏に頭を下げてはいけません」

とまあ、テンプレ通りといえばテンプレ通りの展開なんですよ。しかし、うるうる。ひとえに積み重ねによるものだよなあ。もはや、「たわけ! そなたの命に代えられるか」と、由良を相手に最初にして最大のデレをかます義朝を揶揄する気にもなりません。一途に「強さ」を求め、実際に強く豪胆な武者になっているんだけども、その底には「優しさ」、「弱さ」があるという義朝の人となりを、もうしっかり飲み込めているものですから、父を斬ってなお前途は暗いという深い闇にいる彼が、そのすべてを受け止め支え続けてきた由良を今また失おうとしている姿には、本当に涙そそられるものがありました。

また、まるで映画のように女優さんを綺麗に撮るドラマですこと。吹石一恵加藤あいもそうだったんだけど、義朝の妻になってからの田中麗奈さんは、「ちょっと待て。こんなに美しい人だったっけ?」というレベルにまで達してました。見た目もセリフも、それを言う演技も込みで。男たちは、顔を歪め、叫び、誇りや泥にまみれる姿までもかっこいい。女たちは、どんな境遇であれ、気高く美しい。そういう大河ですね。

「いついかなるときも、源氏の御曹司として誇りをお持ちになり、生きてこられた殿を、由良は心よりお敬い申し上げておりまする」というセリフがすごく良かった。

  • ポイント1: 源氏の「棟梁」じゃなくて「御曹司」。義朝の苦闘は御曹司時代からずっと続いているものであり、由良はそのころからの同志。
  • ポイント2: 「敬い申し上げる」。時代劇だから「好き」じゃないのはもちろんのこと、「慕う」ですらない。敬う。下から仰ぎ見ている言葉です。いまや誇りを失いかけている男に、「あなたは敬われるべき人なのです」という思いを届ける。なんという愛情でしょう。

そして、愛情あふれる夫の言葉に「うれしや」と咽びつつも、最後の最後に「…父が」と付け加えた由良さん。絶妙な音量だったと思います。私もすぐにピンときたわけではなく、「父? なんで父? あ、ああ、『と、父が申しておりました』ね! 婚前のツンデレ姫時代に、なんでもかんでも父の受け売りのフリをして良く言ってたアレね!」とあとで腑に落ちました。そのころ見ていなかった人や、忘れちゃってた人にとっては気にならず、覚えてた人には「くーっ、そこでこれを言うか」とあとからじわじわくる、という、繊細な演出でした。あの場面の流れは止めず完結させ、さらに付加価値をつける一言。ホント、田中麗奈が最後までうまかった。

歴史は動き続けている。私が今回ひそかに期待しておそれていたのは、「平治の乱で表舞台に出てくる藤原信頼=デブ頼=ドランク塚地がエロシーン(むろん男色)やるんじゃなかろうな?!」てなこと。まさか、家盛を落とした悪左府頼長さんばりに、色仕掛けで義朝をコマすんじゃなかろうかと、ワクワクどきどきしておりました。そこは普通にすんだんで残念ホッ。

いや〜、由良ちゃんに死なれるわ、常磐ちゃんには拒まれるわで散々な義朝が、「ああ、このぷよんぷよんした体…なんて気持ちいい」とか言い出したらどうしようかと思っていました。人間、弱ってるときに優しくされるとグラッときますからね…。

問題は、かねてよりラブラブとの噂もかまびすしかった後白河上皇との仲ですよ。今回、そのラブっぷりが白日のもとに…! 超満面の笑みで踊るふたりは、完全に周りが見えてません。着衣も乱れず、肌を重ねるでもないけれど、なんか愛欲オーラが…! 

ねだられるがままに、信西に愛人の官位を所望する後白河翔太さん。信西が「能なしの豚には無理です」と理路整然と突っぱねるのを「もっともだ」と笑いつつ、「なんとかせい」。建前を並べて取り繕ったりする気、ゼロ。とにかく、俺の愛人をよきにはからえ、の一点ばり。うわあ、ここにもヤクザいたよーーー! 怖い大河だよーーー!

しかも、ふたりのラブっぷりの説明をさらに補強する次の展開。信西、諫言として後白河に「長恨歌」を届けるの巻、ですよ(註:巷間伝わるエピソードです)。NHKもここまでやるかと思いましたよね。だって傾国の美女=楊貴妃≒デブ頼さんという比喩なんですよ。い、淫靡! 頼長×家盛の生々しいシーンが焼きついてるんで、実際の絵以上に妄想しちゃうんですよね…ごっくん。これも素晴らしい(?)積み重ねの演出のひとつといえましょう。

で、信西に「飛べない豚はただの豚」呼ばわりされたデブ頼さんは、本来、敵勢力であった二条帝側の公卿たちと手を結ぶんですが…ここで藤原経宗として出てきたのが、で、伝兵衛やん! 『風林火山』で名を馳せた葛笠村の伝兵衛ではありませんかーっ。

有薗芳記さん、あれ以来、(主にNHKで)ちょいちょいお見かけするたびに、あたたかい気持ちになるんだけど、ネットを見てたらことのほか「伝兵衛!」突っ込みが多かったので、さらにあたたかい気持ちになりました。風林火山、あれも隅々までのキャラが愛されてたよね〜、エステー殿とか、「おのれおのれおのれ!」の高遠頼継とか、「武者震いがするのう!」の青木大膳とか…。

閑話休題。その伝兵衛こと経宗とデブ頼さん、薄暗い部屋でふたり、ニカーッと笑いあった口の中がお歯黒で真っ黒っていう絵が気味悪くて良かったです。

平治の乱の首謀者、経宗にしろ惟片にしろ、ここに来て急に出てきたので、彼らの人間としての厚みや政治ドラマとしての面白さは全然ないんですが、これはこれでアリじゃないでしょうか。

バカ正直にやると、保元の乱よりもっと複雑怪奇な勢力図かつ展開になりますし、さすがに日曜8時のエンターテイメントのキャパを超えるだろうと。それよりは、これまで丁寧に描いてきた平氏と源氏、および信西のドラマに照準を絞るという判断は妥当だと思います。

そう、信西なんですよねぇ…。死亡フラグは非常にわかりやすいドラマなんで、おのずと心の準備をしながら見てしまった。宋の僧(洒落じゃない)から生身成仏といわれたエピソードをここで入れてきた。古い書物にある逸話を使うのは好きだし、それを、回想として第三者に語らせる演出もいかにも物語ふうでゆかしく、それを聞いて清盛が大仰に驚いたりたたえたりするんじゃなく、苦笑いしてるのもおもしろくて、三段階で良かったです。

予算作成で何晩徹夜したんだ?!てなヨロヨロのボロボロになった姿で「これで宋に行けるぞ!」と叫ぶシーンもすごく良かった。信西の、夢に対する鬼気迫る執念を感じたし、補佐してる師光が自分もヨロヨロのボロボロになりながら信西を拝むのも。

ただ、貧しい民に施しをするシーンはなぁ…。まず、ああいうの見ると、いまだに『天地人』のトラウマで寒気がするんだよな。次に頼長のときも思ったんですが、死にゆく者に対して敬意を払うのは美徳なんだけれども、ちょっと賛辞が行き過ぎてる気がするんです。

頼長にしろ信西にしろ、志高く功績もあるけれども、そのために他者に大きな犠牲を払わせた部分がある。特に彼らは政治家なんだから、その犠牲を最後まで視聴者に忘れさせず…とまではいかなくても、「すばらしい人間だった」一辺倒、みたいな去らせ方はどうかな、と。彼らは己の理想のためにまい進した、その過程では苛烈・酷薄な面もあり、犠牲を出すことを厭わなかった、それはともかく彼らは彼らなりに力を尽くし、その結果、破れて去っていった。それでいいじゃないですか。

はてさて、今回も、えれー長くなってますが、本日のハイライト、清盛と頼朝の邂逅です。す・ば・ら・し・かっ・た・ですね!

統子内親王がきっかけになっているとは、これまた憎い御膳立て。院号宣下の“殿上始”という儀式を大河でやるのも初めて見るので非常に興味深く、どうせなら院号宣下について詳しく解説してほしいなあ、とも。たまちゃんなりちゃん、それに今後も幾人か女院が出てくる大河だからね。

こちらも、弱き立場の者が大物の前で緊張しまくって飲み物をこぼす…というテンプレ通りのシーンではあるんですが、少年頼朝役の中川大志くんの表情、受ける清盛の演技、非常に見応えありました。今週も言うけど、清盛、つくづく立派になったのう。

私、頼朝が酒をこぼしたとき、清盛はアレを言うんじゃないかと思ったんですよね。頼朝を罵倒したあとで、「死にたくなければ、強くなれ!」第一話でパパ盛が少年清盛に言ったあのセリフ。清盛と頼朝もまた、ある意味父と子のような関係に描くのかな、と。

正解は、「やはり最も強き武士は平氏じゃ、そなたのような弱きものを抱えた源氏とは違う」でした。あたりに朗々と響く声で言い放つ清盛、カッと怒りの眼差しで清盛を睨めつける少年頼朝、それを見て満足げに微笑む清盛。

帰館後、義朝の口から明かされるように、それはかつて義朝が清盛にかけた言葉。3話の比べ馬の回想シーン、胸がつまりましたね。二人の間にはなんと長い月日が流れたことでしょう。今も、主人公とは思えないほどワイルドな髭デザインの清盛ですが、あのころはホント顔洗え状態だった…。そして義朝のなんと颯爽としていたことか…(泣)

あんな、若き日のひとコマ以上の何物でもなさそうなシーンに、ここで意味をもたせてくるとは思いませんでした。「父上が勝ったんですね」と、素直にうれしそうな少年頼朝(かわいい)。「それでようやく腑に落ちました」という聡明な少年頼朝(さすがだ)。

あの当時は「甘ちゃん清盛が己を顧みるきっかけ」、つまり「清盛が負けた」という意味あいだったけど、今は、そうだ「義朝が勝った」んだ、と。だから、回顧して語りながら、ここんとこめっきり死んでた義朝の目にだんだん力が戻ってくるんですね。

財や後ろ盾や官位が関係ないひとりひとりの武者として戦えば、義朝が勝ったのだ。30年前の他愛ない一幕だとしても、そもそも戦上手は平氏より源氏、というのが定説なので、つくづく面白いシーンだったんだと今あらためて思いますね。

そういえば、かつて先妻・明子が死んだとき、地の底まで落ち込んでいた清盛が復活したのも、翌話「宿命の再会」で義朝と再会し、ギャーコラやり合ったのがきっかけだった。今回はその逆で、清盛の言葉がきっかけとなって義朝は浮上する。どちらも別に相手を元気づけようとやってることじゃない。これぞ、正しき少年漫画のライバル同士!

「清盛なくして武士の世ははなく、義朝なくして清盛はなかった」だっけ? 初回のナレーションを思い出させる頼朝のナレーションがまたここで入るんだけど、すごい説得力でしたね。

彼らだけでなく、「誇り高き源氏の御曹司」という由良の言葉、「父上が勝ったんですね」という頼朝の笑顔、「私を逃げ場にしないで」という常磐の愛情ゆえの言葉、そして、「もっとも強い武士は源氏だ」という己のかつての姿…すべてが重なって、すくんでいた義朝はついに立ち上がったわけで、このドラマ、「○○なくして●●なし」という関係のなんと多いこと。誰もが誰もに影響を与えあって成り立っている世界、というのを如実に描いている。

そうやってやっと立ち上がった義朝が向かったのがあのデブ頼さんの館で、あっちに与するのは、シェイクスピアも真っ青の逃れられない悲劇。運命…てのを通り越して、まさに「宿命」的な流れなんですね。

そして始まるまでも長かった保元に比して、いきなり先制攻撃キターーーー! 信西は仕事に割り箸(算木)を愛用してるシーンが多かったんだけど、それもこう使ってくるか!という衝撃があったね。床に並べた割り箸たちがカタカタカタ…ガタガタガタ…と動き出し、屋敷が揺れて、疾風怒濤の如く敵が押し寄せて…。今回の引きも最高でした。来週からまたMAXだな、MAX!