今年も夏が来てる

ふつう私の頭の中では、“盲腸で入院”とか“きやまロードレース”といったふうに、思い出は個別にしまってあって、たまに重層的なものでも、せいぜい“運動会”とか“決算作業”みたいにかなり絞られたことがらになるんだけど、ひとつ変わり種がある。それが“夏の思い出”というフォルダである。

冬や春のフォルダはない。夏限定。夏は日が長いし、学校の休みも長いし、その間、毎日まいにち同じような天気がずっと続くしで、こんなまとめ方になっているみたいだ。こういう日本人って意外と多いんじゃないかという気もする。

もう30年も生きているからこのフォルダは相当大きいんだけど、中身は整理されているとは言い難い。

団地の運動場に500人からの小学生が集まる壮観のラジオ体操や、
練習中は全員、日陰に入るの禁止だったソフト部で、「きゅうけーい」の声がかかるとそれこそ練習より懸命にみんな水飲み場へ走っていたことや、
クーラーのない教室で毎日朝から補習の続いた“天王山”とかいう受験生の夏休みや、
志賀島だとか菊地渓谷だとかに目的なく走る仲間たちとのドライブ、
バイト帰りに朝まで居酒屋で時間をつぶして見た追い山や、
どこへ飲みにいくにも自転車を使って移動してて、中洲の真ん中で派手にこけたことや、
夏の閑散期に入り、仕事をさっさと切り上げて明るいうちから飲むビール、
思い立って“一日一冊本を買う”フェアをひとり開催し、ひと月近く毎日いろんな本屋に通い続けた日々、
定点観測とかしながらだらだら喋りつつ待っていた女同士の花火大会、
香港旅行、北海道旅行、沖縄旅行、長府の毛利庭園、そのころは閑散としていた長崎の亀山社中
西短や佐賀北といった九州勢が活躍した年の高校野球も、
地球に生まれてよかった織田さんと見る世界陸上も、
二十代だった小沢健二くんとスチャダラパーがやってたオールナイトニッポン第2部も、
それから、夏をとじこめたような作品たち、本なら吉本ばななの『TUGUMI』や氷室冴子の『北里マドンナ』、保坂和志の『季節の記憶』に藤沢周平の『蝉しぐれ』、
音楽ならエレカシの『星の降るような夜に』やサニーデイサービスの『サマー・ソルジャー』、bonobosの『THANK YOU FOR THE MUSIC』、日本の夏じゃないけどジャニスの『サマータイム』や1969ウッドストック
小林聡美ともさかりえ主演のドラマ『すいか』まで、
このフォルダには、同じ浅さの階層に、なんでもかんでもごちゃごちゃと詰め込まれていて、“夏”というキーワードひとつで一気におびただしい検索結果としてヒットする。

7月5日に子どもを産む前後、しばらくは雨が続いていた。昔から、床上げ三週間、というとおりに、布団を敷きっぱなしにし、実家に厄介になりながら新生児の世話をしているうちに、いつのまにか梅雨が明けたらしい。
昨日の朝、泣いた子どもにおっぱいをやるべくソファに座ったら、まだ6時にもならないのに、正面の窓の外に広がる色彩がものすごく眩しいことに気づいた。空の青がどこまでも広がり、雲の白もくっきりとしたラインで形づくられていた。間違いなく夏だ。
生まれたばかりの子どもを抱いて、家の中で気づいて、ただ見つめるだけの夏。これもあの大きなフォルダにおさめられて、たくさんの夏の風景と一緒に、この先ずっと思い出される記憶になるだろう。

乳含む みどり児と見る 夏の空