『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット~人工知能から考える「人と言葉」』 川添愛

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大学の研究室の先輩にあたる人が最近上梓した本。

私は学部生、川添さんは修士から博士課程に進まれていて、個人的におしゃべりとかはしたことないけど、いくつかの演習(ゼミ的な授業のことを九大文学部ではこういっていた)に出席され発言される姿を見て、修士/博士課程に残る人は、ほんっとうに優秀なんだなぁぁぁ…とぼんやり思っていた記憶がある。その後、川添さんは博士号を取られ、津田塾大学や国立情報学研究所で研究・教鞭をとられている(らしい)。SUGEEEEEEEE!!!!!!!!

そんなツテで、久しぶりに言語学の本を読んだ。私が言語学研究室に籍をおいていたころから20年近くが経ち、その間にもスマホとかsiriとかAIとかどんどん技術は進んでるけど、これを読んで出てきたのは、やっぱり「言葉が理解できる・話せるって、人間の能力SUGEEEEEEE!!!!!!」という、大学時代とまったく同じ感想であった。

●音素を正しく区別して理解できる。

「やかん」の「ん」と「あんみつ」の「ん」という、実は発音が違う音でも、同じ「ん」だとわかる。そういう、その言語の「音素」を私たちは正しく身につけている。(逆に、rとlとの違いを日本語では区別しない。同じく、kとgの違いを韓国語では区別しない。)

●赤いのも水玉のも、取っ手があるものもないものも、プラスチックのも陶器のも、ふちが欠けていても、同じく「cup」という言葉で表せる。

●機械は、「江戸幕府をひらいたのは誰?」とか、「エベレストの高さは何メートル?」という質問には正確に答えられても、
「フクロウのフク子さんは居間で新聞を手に取り、台所を通り、階段を上って、仕事部屋に行きました。新聞は今、どこにあるでしょう?」という質問に答えるのは難しい。

●画像・映像で表現し難い概念も、言葉では簡単に理解できる。
たとえば、「愛」や「権利」や「価値」を機械が理解して、画像で表せるだろうか? 表そうとしたら、必ず、それ以外の余計な要素が入ってくるはずだ。
「無」を画像で表すとき、私たちは黒か白か灰色一色に塗りつぶしたものを示すしかないだろうが、そこには「色」や「平面」といった「無」とは矛盾した要素が入っている。

たとえば、
「生き物はすべて呼吸する」
「生き物の98%は呼吸する」
「たいていの生き物は呼吸する」
これらの違いを、私たちはこれほど簡潔な言葉で瞬時に理解できるが、この違いを画像で表すのは困難だろう。

●同じ「AはBだ」という文型であっても意味はさまざま
たとえば「ライオンは動物だ」は、「すべてのAは例外なくBだ」という意味。
「ライオンは危険だ」は、「AはたいていBだ(しかし例外もある)」。
「ライオンは行方不明だ」なら、「特定のAはBだ」
「ライオンは百獣の王だ」なら、「種類としてのAはBだ」
これらの違いを機械が瞬時に理解できるだろうか?

・・・以上はほんの一部であって、「言葉を理解し、会話できる」という行為の中には、まったくさまざまな要素が隠れている。

そのことを説明するために、動物たちが「言葉がわかるロボット」を作ろうとしている…という物語仕立てにしたのが大変な工夫で、本当にチャーミングな人だなと思わされる。

製作中のロボットが、

「大雨警報が出ているから、川の近くへ行って、遊んではいけません」

という注意を聞いて、わざわざ川のそばまで行ってボーッとたたずんでいる・・・というように、笑えるシーンがたくさん。

そう、「川の近くへ行って、遊んではいけません」という文章は、「川の近くへ行ってはいけない。かつ、そこで遊んではいけない」という意味なのであるが、ロボットは「川の近くへ行きなさい。かつ、遊んではいけない」と理解したのである。考えてみれば、言葉づらを単純に追えばそうなるだろう。

言うまでもなく、「言葉がわかるロボット」の開発は日夜続いている。本書の中では、機械学習の革命的な手法「深層学習=ディープ・ラーニング」や、「単語の意味をベクトルで表す方法」も(もちろん、さわりだけだが)紹介されている。人間の叡智ってすごい! それらの開発に川添さんもかかわっているのだと思うと胸が熱くなるようである。しかし、川添さんは本書のラスト近くで書いている。

1.人間は、自分が接する言葉だけを手がかりにして言語を習得するわけではない
2.人間は、言葉についてのメタな認識を持っている
3.人間は、他人の知識や思考や感情を推測する能力を持っている

この3点を機械で再現できない限り、「言葉を理解できる機械」は作れないでしょう。「言葉がわかるロボット」への道のりでは、まだまだ「課題の達成と、それに伴う次の課題の発見」が繰り返されるでしょう。

 課題の達成と、それに伴う次の課題の発見の繰り返し・・・。だから、本書で “楽をするために” 言葉のわかるロボットを作ろうとして、試行錯誤を繰り返して疲労困憊するのは「イタチ」なのだ!! このイタチたちが本当に怠け者で、お調子者で、愛すべきキャラクターで描かれている。

川添さんは言語という自分の研究分野について、「日々、怪物を相手にしている」とあとがきに書く。言語に限らず、そんな勇敢な人々が、新しい世界を切り開いているんだろうなと思う。

 

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット  人工知能から考える「人と言葉」

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」