『横森式 おしゃれマタニティ』 横森理香

横森式おしゃれマタニティ (文春文庫PLUS)

横森式おしゃれマタニティ (文春文庫PLUS)

妊娠4ヶ月に入ったころに買ってから、折にふれて読んでいる。私って横森さんの本、好きだよね・・・。なんか、そこはかとなく、恥ずかしいのは、なぜ。

この本を読んで「これがおしゃれ?」と首をかしげる人は多いと思う。というか、そもそも、本当におしゃれを標榜したがっている本って、タイトルに堂々と「おしゃれ」を謳ったりしない、ださいから(笑) つまりこの本は、もともと「真のおしゃれ」を求めている人向けの本ではないのだ。

そういう意味でタイトルと内容は非常にマッチングしていて、たとえばこんな具合。

臨月のバカデカイ腹を抱えても、「秋のお洋服が欲しい!}という女心は捨て切れない。夏の洗いざらしたマタニティウェアを重ね着するのも寂しいもんあるし、やっぱり秋物じゃないと見た目も寒々しい。それに・・・。
臨月のおなかはやっぱりハンパじゃないのだ。到着した臨月用下着、“つりやすい足のつけ根を締めつけない”「一分丈ショーツ」をはいてみると、も〜ラクちん。妊娠中期に買ったマタニティパンツの1.5倍くらいの大きさがあって、胸の下まですっぽり。おなかの頂点のところにパン線がついてかゆくなる、なんてこともない。
ああ、ありがたや、ありがたや。これならあと1ヶ月、ラクに過ごせそう。(中略)
たった1ヶ月のためにもったいないとお思いでしょうが、この1ヶ月が大変なのだ。“おなかが歩いてる”みたいになっちゃった私が、プリティ感覚とおしゃれ心を満たしつつ快適に過ごすのは、いい出産を迎えるための最重要課題。

ね。こういう文章に拒否反応をおぼえたアナタには本当におしゃれな人である可能性が残されています。この、どうしようもないあけすけ感に安心感をおぼえる私は、あくまで「横森式」と冠のついたおしゃれを楽しみたいと思います(笑)

だいたい、おしゃれって、「雑」とか「ズボラ」とは対極に位置するものだもんね。季節を先取りしたり、いつでも靴をピカピカに磨いていたり、するのは当然のこと。また、最近では「エコ」であることもおしゃれの一要素で、着るものだってやたらめったらお金を出して消費するのではなく、たとえば着なくなったものの生地を使って別のものに作り直したりするのもおしゃれのひとつでしょう。

通販にしろ実店舗での商品にしろ、やたらと販促記事の多い妊婦向け雑誌には辟易するが、横森さんの本は面白がって読んでしまえるのは、たった一ヶ月のためにパンツを新調したことをあっけらかんと書いてみせる「おしゃれな人と思われたい感の無さ」のためではないかと思う。

万事につけてこの本はこんな調子だが、おしゃれにもなりきれず、さりとて堅実路線にも徹しきれないテキトー妊婦を勇気づけるのは、マクロビ的な食事をしているかと思えばジャンクフードを食べあさったり、勤勉に(?)マタニティスイミングに通ういっぽうでホテルの高いプールも満喫したりというような横森さんの正直な生活ぶりの暴露部分だけではない。

妊娠8ヶ月の頃、夏休みの夫と行った下田で、妊娠前から日課にしているヨガをするために早朝の海辺に行ったときのこと、

今日は昨日より来るのが早かったようで、岩間に朝日が出るのに少し時間がかかった。それだけに神秘的で、まさに神々しいほど澄んだ時間。私は神様に感謝した。不安なことはもうなにもなかった。私はやっと、自分自身に許すことができた。「完璧に幸せでいいのだ」と。
これまで私はどこかで、完璧に幸せではいけない、どこか不幸でないと本当じゃない、と思っていた。うまく行きすぎると必ずその先には何か落とし穴があると、不幸を怖がりつつ期待しているようなところがあった。
そして今それは、間違いだったということに気づいた。正しく生きていれば、「完璧に幸せ」で当たり前なのだと。ウリ*1は完璧に健康な状態で生まれてくると。元気で美しい赤ちゃんに違いないと。

私はスピリチュアルな方面にはまったく疎いのだが、自分の腹に子どもがいる今、この部分を読むときは、いつも泣きそうな気持ちになる。不安がないなんてことはなくて、臨月になってもこういう「完璧に信じきれる」境地には至っていないけれど、なんだか、「信じてもいいのかな」って思えるのだ。

*1:横森さんはお腹の赤ちゃんをこう呼んでいる