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第91回 箱根駅伝

青山学院大がついに初優勝!! もはや彼らがシード権を獲ろうと5位以内に入ろうと驚かないけれど、ゆゆゆゆ優勝とは!! しかも(今年からちょっとコース変更になったとはいえ)過去最高の記録で!!

高橋宗司、藤川拓也の4年生コンビ(そして怪我で出られなかった川崎友輝も?)が支柱となり、入部から将来を嘱望されていた久保田、小椋が3年生に。2年生の一色も昨年に続いてのエントリー。ここ数年の好成績で、強豪校のプライドやメンタリティもできていた。終わってみれば、「まんをじしての」「なるべくしてなった」優勝なのかも。なんたって、4,5,7,8,9区で区間賞、1,6,10区で区間2位、エース2区でも3位、3区が5位だもん。

「山の神が大地?!」と一瞬ややこしさを感じさせる神野大地の5区での激走は外せないけれど、たとえあそこで駒澤の馬場くんにアクシデントがなかったとしても、青学優勝は変わらなかったかも。そう思わせるずば抜けた強さだった。いや、やっぱり、あの往路優勝で弾みがついたからこその完ぺきな復路でもあったのかな?

全員ひとり旅コースになった復路。追いかける目標もなくひとりで走るのは逆に不安な気がするけど、監督車もいるし、厳しい練習を積んできた彼らにそんな死角はないのかな。小椋くんだったか、走ったあと、「(先頭のひとり旅は)最高に楽しく、気持ちよかった」と言っていた。

9区で藤川くんに給水を渡したのは、ケガで出られなかった同じく4年の川崎くん。藤川くんはサングラスを外し、笑顔を見せて、拳をつきあわせるようにした。

最終的には2位との差が10分50秒。圧勝である。青学黄金時代、ここに始まるか。


2位、駒澤大学。今年の優勝候補筆頭だったので、大手町のゴールで待つ部員の面々はさぞお通夜だろうと思いきや、アンカーの黒川くんを両脇から迎えた2人(村山謙と馬場かな?)が笑顔で会話していたのでホッとした。往路4位から2位にまで上がっていったのは、さすが復路の駒澤。

復路では東洋と駒澤が3位、4位争いでデッドヒートする場面が何度かあって見ているほうは単純に面白かった。つまり監督車も併走状態。酒井・大八木監督の檄も箱根の風物詩ですね、あの純体育会系イズム&マッチョイズム・・・(苦笑

7区は、西澤(駒澤)と服部弾馬(東洋)のデッドヒート。両者ともにチームの有力メンバーであり昨年も同じ区を走った仲、てか高校時代からのライバルなのかな? どちらも譲らず監督車も煽りに煽ったデッドヒートはすごかった。最後は西澤が顔を歪める弾馬をふりきった。8区では東洋が追いついてきてやはり一瞬デッドヒートになったものの、駒澤・大塚がちぎって30秒差。そのあたりから、駒澤はとんと画面に映らなくなる。

優勝が近づき、またシード権争いやら繰り上げスタートになるかならないかなど、他に見どころが多いため、単独2位ってのはおざなりな扱いになるのである。これを箱根用語で「遭難」とか「ステルス現象」とかいいます(笑)。

エース村山謙太は2区で区間賞に14秒差の4位。今年の2区を制したのは服部勇馬(東洋)だった。

2位に謙太の弟、村山紘太(城西)。3位に一色(青山学院)、5位に大六野(明治)、6位に高田(明治)。本人たちは満足・不満足それぞれだろうけど有力者はそれぞれ好走したと思う。

4位明治もすごくがんばったと思う! 4年生の有村くん、松井くん、文元くんおつかれさまでした。特に松井くん、毎年応援してました。区間3位、有終の美だったのではないでしょうか!!

昨年の途中棄権に続いて今年も故障で出場がかなわなかったオムワンバ。2区の山梨学院大はビリの20位だった。けれど続く3区の井上は区間3位の快走! 往路ゴールは13位。そのへん、団子状態だったので、なんとかシード権を獲ってほしいなあ・・・と思いながら応援していたら、8区で11位まで上がってきた!(谷原くん、区間4位) 10位の大東文化大まで14秒! がんばれ〜! すると意外な結末。9区中継所で8位だった中央大が、アンカーの故障でみるみる順位を落としてしまったのだ。結局、大東文化大も抜いて、山梨大は9位でゴール。無事にシード権を獲得したのであった。

てか、青学があまりに早すぎたため、芦ノ湖スタート時点で14校が一斉スタートの憂き目に・・・もう、見た目何がなんだかわかんない復路であった。しかも復路でも青学があまりに早すぎたため襷のつながらないチームが続出(泣) しかしこれも箱根恒例のドラマで、(交通整理事情ゆえとはいえ)ある意味よく考えられたルールだとはいえる。

それにしても、長距離選手の大きなストライドは市民ランナーのちょこちょこした走りとは一線を画したもので(当然だが)超かっこいい! 私も今年は大きなストライドで走りたい!

息も絶え絶えに襷をつなぎ、直後倒れ込んだり泣き崩れたりする選手たちに、息子4歳はあっけにとられていた。「駅伝といって、駅で次に走る人にタスキを渡すんだよ」とあらましを教え、紙テープでタスキをつくってやると、「たすけ、たすけ」と言って駅伝ごっこをやっていた。