『世に棲む日々』(三・四) 司馬遼太郎

世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)

世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)

高杉晋作編。文句なしに面白い。快男児の英雄譚。司馬遼太郎の書く歴史小説にはいわゆる“ヒーロー補正”が思いっきりかかっているのだろうけれど、鼻につかず、「むしろ、それがいい」と思えるんだから、やっぱりものすごくうまいのだ。

5年ほど前、30代初めの伊勢谷友介を脳裏に描きながら読んでしまうところである。高杉晋作(若き伊勢谷友介)が上海に渡って列強の強さをつぶさに見、高杉晋作(若き伊勢谷友介)が英国公使館を焼き討ちしたりして国元に召還され、そんなやんちゃな高杉晋作(若き伊勢谷友介)だけど、藩主と父母にだけは弱くて、少女のような奥さんは城下一の美人といわれていて、でもかわいすぎてのめりこむのが怖くて、愛人おうのとは共に旅もし…みたいな。NHKさん映像化してー! 妻・お雅は高畑充希あたり。おうのは吉高由里子か、もうちょっと若いほうがよければ水沢エレナなんてどうでしょう。や、もうちょっと要検討だな。

高杉晋作の功績と言えば、パッと思いつくのは「奇兵隊の創設」「功山寺挙兵」「長州戦争での活躍」ってことになるんだろうけど、この字面だけを見ると、「英雄」と称するにふさわしいのかどうか、若干の疑問符がつく。薩摩と長州を結び付けた(ということになっている)龍馬や、革命軍を率いた西郷などと比べれば、やや、影は薄い。実際、ドラマの主人公になるのも、たいていは龍馬や西郷だ。

しかし、この小説を読むと、高杉晋作(若き伊勢谷友介)の成し遂げたことがどれだけ凄いか、震えるようにわかるんである。結果だけでなく、過程のハチャメチャさも凄い。あまりにハチャメチャなもんで、藩当局や藩士たちは、完全に彼をもてあまし、扱いあぐねている。良い家に生まれているのでそれなりに甘やかされて育つんだけど、ヤンチャが過ぎるので呼び戻し、蟄居させたり、でも窮地に陥ると頼りまくり、高位を与え、かと思えば追い回して殺そうとしたり…。気の毒な面もあるけれど、もとはといえば彼自身のハチャメチャさが、周囲の行動もハチャメチャにさせるんである。

そんなハチャメチャな環境の中で、前代未聞のハチャメチャをやってのけるんだから、読んでいて痛快なことこのうえない。「周囲から見るとハチャメチャだけど、彼の中では、常に一本道だった」と思わせる書き方にも、すごい説得力がある。

そして、そのハチャメチャとの落差の甚だしい、若すぎる、短い晩年の描写はしんから寂しく、けれどどこか潔い。

若き日の伊藤博文井上馨山縣有朋らがチョロチョロしているのも面白い。NHKドラマ「坂の上の雲」で、日露開戦前、加藤剛演じる伊藤博文陸奥宗光に向かって「今でも高杉さんに怒鳴られている夢を見る」というシーンがあった。原作にあるものかどうかわからない。長いドラマの中でのとても小さなシーンだったが、明治の終わりから幕末を振り返るような時間のつながりを感じさせて印象的だった。「世に棲む日々」を読むと、今度は逆に、幕末からはるか30数年後の明治で元勲となった人々を思い、感慨を持つ。高杉といい龍馬といい、永らえていたらどんな人生だっただろうか、と、栓のない歴史のイフを考えてしまったり。