第5回AKB総選挙

はい、なんか毎年恒例になっている感のある、総選挙の感想であります。どうでもいいけど、「〜〜であります」って長州弁を起源に陸軍の言語になったとかいいますね。えーと、今年。おおむね楽しんでしまった・・・。終わってみたらこれしかない、てぐらいのところに収まったように思えるのはなぜ。さっしーが1位になったことで、また、それでいて上位陣の顔ぶれはそう変わらなかったことで、濃度は薄まったのかもしれないけど、その分、ライトなファンや、「AKBにうっすら興味がある層」には見やすかったんじゃないかと思う。

前回覇者の大島優子政見放送で今回の総選挙を「祭」と位置づけ、アイドルにあるまじき真っ黒いジャージ(?)でおどけて墨書した。指原の1位が決定した状態での2位のスピーチもその延長線上の内容・雰囲気だった。ああいうのって、運営と相談してシナリオ作ったりするもんなのかな。や、大島レベルともなると、運営の指示などなくても最適解を導き出すのかもしれん。ともかく、彼女が率先して結果を面白がってみせたので、全国が即座に弄る体勢に入ることになった。

私は2年前か、例の「私のことは嫌いでも・・・」の名言が生まれたときに初めてAKBに本格的な興味をもった人間だ。あのときは本当に鳥肌の立つような驚きとある種の感動を覚えたものだけど、その驚きと感動をもって見ても、これまでの総選挙の、あまりの涙の量、自意識のオンパレードには辟易とするところがあった。つまり、「AKB白熱論争」で言うところの「夢見る少女たちへの公開処刑」見えていたんである。ヲタとしてその輪の中に完全に同化してしまえるならまだしも、そうでない大人にとっては、悪趣味だと感じざるを得ない場だった。

今回、指原が1位になったとき、「指原に敗れた」大島がその場で笑いに落としたことで、新しい意味が提示されたと思う。つまり総選挙は「公開処刑」じゃなくて「祭」なんだな、と。それまでのメンバーのスピーチにもそういう雰囲気が感じられた。もちろん、泣く子もいるし、卒業を宣言する子や、スキャンダルの反省を口にする子など、色々ではあるんだけど、順位によって自分の存在を判定されてどうのこうのというより、「それはともかくとしてこの場で言いたいことは」という感じの子が多かったように思う。

かつて神7とか8とかいわれた人たちは、多少順位が下がっても一喜一憂せず、堂々としていた感じ。まあ選抜にきちんと残っているとかもうすぐ卒業だからというのもあるけど、投票の結果を見ずとも、自分が相当の応援を受けていること、そして順位だけが評価基準ではないことを知っているからじゃないかと思う。それがキャリアというものだ。「そこに到達するんだ」と示されたことが見ていてとても眩しく、気持ちよかった。

まだ駆け出しの子、これからチャンスを掴みたい子には、選挙の順位は一大事だというのもわかる。ハタチを過ぎたメンバーが選抜に留まり続けることで(しかも現状に満足していることで)「上が詰まってる」とか「変化がないのはグループにとってマイナス」とかいう意見もある。けれど、どーせそのうちみんな卒業するんだもん。さまざまな活動の中で経験を積んでいくことによって、自然に自分を肯定できるところまできたメンバーが多くいるのは、AKBのすばらしさだと思うな。

スピーチでは、大島優子の機転はもちろんすばらしかったけど、今まで特に興味のなかったまゆゆにぐっときてしまった。まさか3位とは、想像した中でも相当ショックな結果だったろうに、壇上に上がって徳光さんに「落ち着きましたか」と言われたとき、すでに「はい。落ち着いております」と答えた男前っぷり。落ち着ています、じゃなくて、落ち着いております、ですよ。動揺も涙も見せず、しっかりした、凛としたスピーチで、センターを目指すだけあるなーと初めて知った思いがする。

ほかの子たちも、みんなそれぞれにその子らしいスピーチだった。アイドルってテレビやCMで大量露出していても、やっぱり番組内での「役割」をしっかりこなすことが多いから、こうして、ほんとうの自分の言葉で喋る姿が見られる機会は面白いと思う。「公開処刑」はスリリングだけれど少女たちの自意識を過剰に刺激するものです。それは彼女たち本人だけじゃなく、見ている側にもしんどい面がある。スリリングさに頼らなくても、総選挙はもう十分に、ハレの場。「祭としての総選挙」を私は支持するものであります。