『八重の桜』 第6話「会津の決意」

今回、OPに合わせて旋律を口ずさんでいる自分に気づきました。だんだんこうして耳になじんでいくのが、毎年、好きです。始まりは、「悲劇性を帯びた勇壮さ」という大河OPの王道をいきながら、ラストのあのかわいらしさ、ささやかさがすごく新鮮。映像と合わせてみると、「ひとつひとつはささやかなのに大きなものにつながっていく」のが感動的ですよね。

さて、今回は、はあぁぁぁっ。ひとつの、大きな分岐点を曲がりましたね。まごうことなき容保公の回でした。その波紋が隅々までに広がっていくさまもまことに自然で、新しい登場人物たちの紹介の仕方も絡んでいて、本当にうまい! 情報量がすごく多くて、45分があっという間です。

ともかく、何をおいても眼目は、藩主・容保が重臣たちに京都守護職拝命の意を伝えるシーンでしょう。書き起こします。

  田中土佐西郷頼母、藩主の座す部屋に急いで入ってくる。
容保(綾野剛) 「あいさつはよい」
家老・田中土佐佐藤B作) (頼母とふたり、平伏して)「されば殿、どうか、拝命の儀、お断りくださいますよう。江戸の警護、房総の守備、品川砲台の守りと、大役を勤めて参り、この上の京都出兵はとても堪えられませぬ」
容保 「守護職のお役目、お受けする」
西郷頼母西田敏行) 「なんと」
江戸家老・横山主税(国広富之) 「都のありさま、国元にも聞こえておろう。秋月」
秋月悌次郎北村有起哉) 「都は諸藩の武士で溢れ返っておりました。長州、土佐は即刻攘夷を唱えて策動し、不逞浪士がますます勢いづいておりまする」
頼母 「さればこそ! 京都守護職をつとめれば、会津が政争の渦中に巻き込まれるは必定にござりまするぞ!」
容保 「会津は強い! 公武一和のため、都を守護し奉ることができるのは、わが藩をおいてない」
頼母 「あいや…薪を背負って(しょって)火を消しに行くも同然の、危ういお役目にござりまするぞ」
主税 「頼母どの! 殿は幾度も強くお断りなされたのじゃ」
頼母 (膝でいざり出ながら)「されば、されば! (主税、止めに入る) されば、断固として! 断固としてご辞退くださりますよう!」
主税 「頼母どの!」 
  容保、黙している。
頼母 「殿・・・井伊掃部守さまの悲運をなんと思し召されまするか。ご公儀は尊王攘夷派の威勢をおそれ、彦根藩を十万石の減封に処せられ、掃部守さまは死に損にごぜえました。いざとなればご公儀は、蜥蜴の尾の如く、我らを切り捨てられまする。おそれながら殿は、会津に彦根と同じ道を辿らせるおつもりでござりましょうか」
容保 「大君の義!」
  その一言に撃たれたように、一同、いっせいに平伏する。「土津公御家訓」の冒頭の一節である。
容保 「“一心大切に忠勤を存すべし。二心を抱かば我が子孫にあらず”。徳川ご宗家と存亡を共にするのが会津のつとめ。是非に及ばぬ! このうえは、都を死に場所と心得、お役目をまっとうするより他はない。みな、覚悟をさだめ、わしに、わしに力を貸してくれ」
  容保、皆に向かって深く頭を下げる。
田中土佐 「殿!」 
  頼母、皆が平伏し続ける中、敢然と上体を起こし、キッと容保を見据えて)
頼母 「得心がいきませぬ。こたびのことは、会津の命運を左右する二又道にござります。おそれながら殿は、会津を滅ぼす道に踏み出されてしまわれた」
容保 「頼母! 言うな!」
  一同の嗚咽が響き渡る。容保の頬にまっすぐな涙の筋。しかし容保は泣き声を洩らさない。
ナレーション 「文久二年閏八月一日、容保は、京都守護職を拝命した」

いや〜。「八重の桜」ここまでで最大の見せ場にして、大河ドラマの名場面に加えられる場面じゃないでしょうか。

書き起こしからもわかるように、場面の中心にいるのは、藩主・容保と、家老・西郷頼母です。けれども、2人だけの直線的なやりとりじゃないんですね。ボールは多角的にやりとりされている。最初の佐藤B作の現状説明とか、北村有起哉の京都潜入報告とか、江戸で春嶽のネチネチ攻撃を見てきた横山主税が宥めるのとか、それぞれがほんとうまいし、いちいちすべてに感情移入できるんですね。周囲がモブになってない。や、モブもいるんですが、最後の皆の嗚咽のひとつひとつに重さを感じるんです。

究極的に政治向きの話ながら、密室でなく、ヒーロー(ヒロイン)の独壇場でも、2者の屹立でもなく、こんなにも有機的な場が作り上げられること。脚本も、せりふのひとつひとつがすばらしく重厚で、全員が強烈に時代劇の芝居をしていて、「その時代、その場所の痛み」が伝わってくること。こんなの、大河でも久しぶりじゃないかって気がして、本当に興奮しました*1

家臣たちが、上意を単に涙と共に受け容れるのでなく、相当な抵抗を見せるのが、視聴者に驚きをもたらします。

会津で生まれ育った彼らは、骨の髄まで会津人気質でみたされていて、その中には当然、什の掟や藩主への絶対的忠誠心、そして土津公御家訓も含まれている。それでも、幕府の命を固辞すべしと言う。そこは完全に「名より実」なんですね。藩政の実務を担う彼らからすると、お金も命もいくらあってもたりないし、彦根藩の例を見るに、リスクをとっても「名」すら保てない話だ、と。一方で、他藩から養子に来た容保が家訓を持ち出されて思わず引き受けてしまったのは本当に皮肉な話で、一話で自ら言っていたように「この身に会津の血は流れていない」という思いがあるからこそ、正しい会津の藩主たるために、家臣の殆ど(例外は佐川官兵衛、彼は人を殺めて謹慎中の身で、やはり会津藩士として詰んでいる)が反対する「名」をとることにしてしまった。

まあ、実際にあのネゴの場を見るに、固辞し続けたらそれはそれで「不敬につき減封」とかになってもおかしくないぐらいの責められっぷりでしたけどね。春嶽の悪党っぷりが堂に入ってる〜! こんなに悪い春嶽も珍しいよね。東北出身の村上弘明を配したのは東北の視聴者への配慮なんでしょうね。これで中の人が長州人だったりした日にはどんな遺恨が生まれるか…と心配になるくらいだもん。あの「圧迫面接」の雰囲気は、見てない頼母らにはわかんないよな、と思わず同情しちゃう作りになってた。ほんと、浅野内匠頭だったら殿中で抜刀しててもおかしくない。

容保は愚昧な殿さまではないので、家臣たちが諌める意味は全部分かっている。かつて品川砲台を守っている最中に災害で命を落とした藩士たちのことを悼む場面もありました。そのうえで「都を死に場所と心得よ」と悲愴な決意で言葉を吐くのも、そのそばから家臣たちに頭を下げるのも、なんて悲しい。容保という人は、上に立つ者として、つとめて感情をあらわにしないようで、そういうはりつめた感じが綾野剛にぴったりなんだけれど、今回のせりふにはすごく力があって、しかもちゃんとあの時代の「殿」に見えて、よりいっそう感心しちゃいました。

そして、殿さまがここまで言えば、普通は涙ナミダにくれてカット、となるところ、なお即座に「得心がいかぬ」と言い募る頼母に、胸がざわっとさせられます。こちらも私心のない人であることが既にちゃんと描かれているから、「滅びの道」とまで言い切る言葉がものすごく不吉に響く。

ちょこちょこ出ていた山川大蔵玉山鉄二)のほか、若き会津っ子たちが続々と登場し始めています。先述の秋月悌次郎。この人はもはやお父さんに負けない役者ですね。池内博之梶原平馬は、声が独特なんだけどそれがいいなあと思いました。獅童の佐川、「京都で死んでこい」って、言いたいことはわかるけどさぁ…(苦笑)。市川実日子のカタブツ者の山川二葉、『篤姫』のおりょうより既にハマってる感じ。鏡の中の簪を挿した姿をカメラがゆっくりと映しだしていくシーン、よかったですね。芦名星の雪も正統派の美人で期待です。

秋吉久美子池内博之薙刀対決にはびっくりしましたが(笑)こうやって、「たくさんの人材がいるんだな」と序盤から思えることがうれしいです。ひとりひとりにちゃんと存在感があります。天地…の上田衆とかホントにずーっとモブ状態だったからさあ。彼らには彼らの物語があって、そのうえで、八重たちと絡みがあるのもいい。こちらも有機的なんですよね。

八重と二葉の薙刀対決、地味なエピソードだけどとてもしっくりくる。負けたほうから勝った相手を讃えにいくのは麗しい習慣ですね。平馬と大蔵が山本家を訪ねてくるくだりも面白かったです。八重が生意気な口を聞いても鷹揚な平馬。お堅い姉と平馬が合うのかどうか心配する大蔵。

この人たちみんな、全員に、会津の苛酷な運命がふりかかってくるんだよなあ、ということがときどき頭をよぎる。でも、今はまだ、朝ドラみたいに朗らかな劇伴が響く会津の若人たちの日常を楽しませてください…(泣)

あんつぁまが、家族ゆえのぞんざいさで八重と接するのもいいです。そしてピロキの尚さんの細かい演技が良い! 平馬たちの前で八重が見事な腕前を見せると可笑しげに微笑み、政治向きの話になって追い払われた八重が不服そうに去るのを、心配げに見送る。うらさんがすっかり山本家の一員になって、姑にも八重にも、自分の思うことを自然に話すようになっているのも良かった。あと、山本家の使用人のお吉さんが、先週に続いてすばらしいお年増っぷりでしたねww やらしいっつーのwww

そして上つ方の三角関係に新展開! なんと御正室の敏姫が病気で亡くなってしまわれました。位牌に向かって長いこと頭を下げる容保。「夫婦らしいこともしてやれず不憫であった…」と、これはつまり、夫婦関係が(あまり)なかったってことですかね?! って、そんなことばっかり気になる自分がイヤだわ…。でも、敏姫は若かったっぽいし、病弱だったっぽいし、まあ藩主は国元と江戸とを行き来するものだから、国元にいるときは何年も会えなかったりするものだしね。今際のきわの敏姫の、「支えてさしあげてください…姉上として」の言葉にピンとくる照姫。これで遺されたふたりがどうにか(ってどうだよ)なる可能性は皆無になったといえましょう。や、このふたりのことだから、引き続きドギマギ(死語)させてくれるに違いない。今日も稲森いずみの美しさ、気品に息をのみました。

*1:清盛も痛みをダイレクトに伝える大河でしたが、あちらは、痛みを伝えるとき、超時代性を意識していたと思います。それこそを支持する人も多いわけですが