『人生を10倍自由にするインターディペンデントな生き方実践ガイド』勝間和代

ついにこの人の本を読む日が来たか、と感慨深い。しかも自分でお金出して買ったんだぜ。これであたしも立派な“カツマー”ね。

勝間和代といえば、年収アップやコスト削減への言及が多いということで、拝金主義的だったり、そのためには手間・ヒマ・学習・投資も惜しまない“がんばる教”の教祖みたいなイメージが流通している。なんとなく目がすわっているようなビジュアルのインパクトも、特に男性にアレルギーを示す人が多い一因になっている気がするけど。

でも、この本に書いてあることはしごくまっとう。著者名を隠せばほとんどの人が受け容れる考え方なんじゃないかと思う。そして、実はこちらのほうがこの人の本質であり、『断る力』だとか『年収10倍アップなんたら』みたいなのに代表される著書や、テレビでの極端な言辞は、とりもなおさず世に出るため、勝間和代というブランドイメージを作るために周囲との差異化・・・というより突出を図ってのことだったんじゃないかとも思うんである。

というのも、Twitterを始め、わけもわからずこの人をフォローし、そのつぶやきを読んでいると、だんだん「なんだか自足した人だなあ」という印象が強くなったのだ。「楽しそうだなあ」といってもいい。やみくもな上昇志向とか、がむしゃらな仕事人間、みたいな、変にガツガツした感じはない。ご多分にもれず、私も、この人の「自分のものさし(=お金の多寡や社会的地位の高低)ですべての人の幸・不幸を測る感じ」に漠然とした嫌悪感をもっていたので、なんだか意外にやわらかくて自由なんじゃないのかな、と驚いた。

で、1年半ほど時が経過し、本屋で平積みになっているこの本を見かけたわけだ。「相互依存」という言葉に引っかかって手に取った。

一生懸命仕事をした20代、いつからか自分は立派に自立した人間だと思うようになっていた。それが、31歳で妊娠してからというもの、ずいぶん感覚が変わったことに今も戸惑いを感じる。妊娠・出産を機に別人になるわけはなく、私は私である。でも、世間とのかかわり方や、世界の見え方はこれまでとずいぶん違う。そして、子育てとは「大人なんだから自分ひとりでなんとかします」というわけには、まったくいかない。

私は、自己啓発本の類をたまに読むときは「生まれ変わるぞ!」とか「よし、ここに書いてあることを実践するぞ!」と武者震いするよりも、自分がもともともっていた性向を確認して「うんうん、そうだよね。間違ってないよね」と肯定してもらって、元気が出てくる感じを求めている。その中で、いくつか新たな発見があったらめっけもん、というくらいの感覚。

それでいうと、この本はすこぶる実用的で、おおいに期待に応えてくれた。書いてあることにはいちいち納得、共感。明るい気持ちにもなれた。教条的なところ、押しつけがましいところ、うさんくさいところはまったくない本だと思う。そしてその印象はそのまま、著者に置き換えてもいいはず。ふふふ、やっぱり立派なカツマーですかね。

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本の中身に全く触れてないな。ノウハウの部分じゃなくて、共感したとこを引用しとこ。

人生の目標は、究極的には、自分と自分に関わる人〜最終的には地球全体なのかもしれませんけれど〜をどうやって幸せにしようか、ということにつながっていくのではないかと考えています。
(中略)人生の究極の幸せは、ほんの少しでもいいから、自分がほかの人の役に立てることではないかと私は考えています。そうすると、自分の人生と、自分に関わってくる人たちの幸せをどう考えればいいのか、目標はどんどん生まれてくるのです。

わたしは、いろんなところで結婚はしたほうがいいと言ってますが、その理由のひとつは、結婚することによって、一気に「自分の問題意識」の範囲が拡がるからです。
自分ひとりだと、どうしても自分のことばかりに目が向きがちになりますが、自分と配偶者という関係ができると、夫の課題は妻の課題になり、一気に視界も倍、そして問題解決手法も倍になります。そして、子どもが生まれたらもっと増えます。すなわち、当事者意識の範囲がとてつもなく拡がるのです。
さらに、特に子どもをもつと、課題に対する時間軸が長くなります。つまり、それまでは、政治や環境のことを考えるにしても、所詮は自分が死ぬまでの間のことしか、「ほんとうに自分にとって親身なこと」として考えられなかったのが、子どもが成人するころのことはもちろん、孫の世代も幸せにくらせるのだろうか、その孫の孫の世代はと、食の安全に始まって、教育の問題、年金・医療、雇用の問題、日本の競争力、エネルギー、食糧問題と、すべて他人事ではなくなります。結果として、さまざまな課題、問題意識が限りなく生まれてきます。
よく、わたしが年齢を言うと、こういった社会問題を扱っている割には思ったよりも若いと驚かれることがあるのですが、子どもが生まれて、パートタイム勤務を命じられ、保育園に子どもを入れられなかった20年前から、まさに当事者だったからです。逆に、当事者でない方々が真剣に参加してくださることに頭が下がる思いです。

引用したのは、どちらも、何も珍しい考え方ではないけど、これがこの人の根底にあるものなんだから、やっぱり善意の人、すこやかな人なんだろうなーと思う。今の私はこのすこやかさを嫌いじゃありません。