読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

朔太朗的日常: 満4歳6か月: 時間は平等

saku

「月」や「日」や「曜日」の概念は、3-4才でかなり発達した。3歳になったころからカレンダーには並々ならぬ関心を示していたし、

(↑カレンダーに架空の予定をらくがきしまくり)

入園すると、マンスリーカレンダーふうの「出席ノート」に先生が毎日シールを貼ってくれる。土日・祝日と、カレンダーに色のついているところは幼稚園もパパの会社もお休みだとわかってくる。

「○曜日はお弁当の日」だとか、「あと○つ寝たら、うんどうかい」「あと○つ寝たら、○月」のようなことも、今ではよく言う。

季節のことも。
「春は、桜。チューリップ。夏は、ひまわり。かぶとむし。ほたる。ゴーヤ。秋はコスモス。すすき。どんぐり。冬は雪。おもち。」
と、清少納言のようなことを言ったりする(笑)。季節感を楽しめるようになった感じ。園でも季節感ある行事や遊び方をするしね。

時間。時計の読み方はまだ教えてないけど、入園してからは特に、「○時だから起きて」「○時は寝る時間だよ」「今日のお迎えは○時だよ」など、自然と、時間に言及することが多くなった。朝も、「時計の長い針を見て。長い針、今、どこにある? そう、1と2の間だね。5のところに来たらおうちを出発するからね」というような言い方で、時間を意識させながら準備を進めたり。

そんなある日のこと、サクが

「きょうは、1がつ15(仮)にちだよね。ほかのところも、1がつ15にちなの? とくしまけんとかも?」

と尋ねてきた。何を言い出すのかと思ったら、そのときついていたテレビ番組(ドキュメンタリーか何かだったと思う)の中での時間が8月っぽかったのだ。

サクがどのような意図でそんな質問をしたのか、正確にはわからないけれど、「時間が “自分のいないところで” どのように流れているか」を疑問に思うのって、ものすごく幼児らしいというか、発達の一段階のような気がして、ひそかにコーフンした。

「自分のいないところで」というのがミソで、

  • 徳島県」=自分がいない遠いところ、
  • 「会社でのお父さん」、
  • 「夜中」=自分が寝てて確かめようのない時刻

などなどに思いを馳せるようになるのって、ものすごい成長だと思う。

それに、自分のいないところでも常にたゆまず同じ速度で時間が流れ、それを記述し共有するために暦や時計があると理解することは、客観性という世界の法則の大きなひとつを手に入れることじゃないかと思う。「世界の中にいる自分」を意識する第一歩というか・・・。

その後、別のとき、夜にテレビを見ていて、「いま、なんじ?」 (私が7時○分だよ、と答えると、「よるの7じだよね。どこでも、7じなの?」と言ったりもした。テレビを見ると、画面の中は朝だった。

ちなみに、最初の質問の中で徳島県、と口にしたサク。「県」に興味を持ち始めたのは割と最近のことである。「けん、って、どんなけんがあるの?」みたいなことを、ある日、聞いてきた。「ここは、福岡県だよ。あと、熊本県とか、鹿児島県とか・・・」と、“子鉄”のサクが駅の名前でよく見る地名を例に挙げたあと、「ほかにどんな県があると思う?」と聞いてみると、うーんと考えたあと、「なごやけん」とか「とうきょうけん」、「とうほくけん」などと言う。うう、ことごとく惜しい! そして説明が難しいw

しつこくしばらく考えたサク、「わかった! とくしまけん!」 この福岡からは割に遠いし、パパママの親類縁者や友人がいるわけでもないのに、なぜ徳島県が出てきたのかはいまだに謎である。