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1/6 NHKスペシャル 「父と子」 〜市川猿翁 ・ 香川照之〜 2

歌舞伎 テレビ

・化粧の稽古を繰り返す香川照之。そうだよね、発声やセリフまわしや所作だけじゃない。こういうのも必要なんだよなあ。役によっても化粧は違うしね。「お手本にしちゃって悪いんだけど」と懐中には勘九郎の襲名披露のチラシ。

・少しずつ化粧を変えて、その都度、自分撮りして残してる。スマホの写真フォルダが白塗りでいっぱい(団子ちゃんも)でコワい…w

・実際のポスター撮りでは、仕上げを亀ちゃんがやってあげてたんだけど、その亀ちゃんが…なんかエロい…ww 化粧筆じゃなくて指で塗ってあげてるのも一因なんだろうけど…小首をかしげてぐっと顔と顔を近づけ、真剣そのものの表情で色を足していく姿が…なんか…なんか…www

・3代目猿之助の過去の映像、若き日に鏡台の前で自分の顔を拵えている顔(変な日本語)が、今の亀ちゃんによく似ててびっくり。それまであんまり感じたことなかったんだけど、やっぱり血筋なんだなあ!

・各所の言動を見聞きするにつけ、香川は息子の存在あってこそ歌舞伎の世界に飛び込む決心をしたのだと思っている。「猿之助の直系である息子は梨園の御曹司たるべき」と。その感覚は一般人にはわからない。先代猿之助が妻子を捨てたことで「この子は梨園とは関係ない者」と決めたのと、ベクトルは逆ではあるけれど、頑是ない少年のゆくべき道を親の都合で決めてしまうという点で、まったく同じではないか? というのが、襲名を聞いたときの私の正直な感覚。

・それだけ、「父の都合で自分はゆくべき道を断たれた」という思いを胸に、生きてきたということなんだなあと思う。(きっと)賢くて立派な母親に育てられて、最高学府を卒業して、役者として高い評価を受けるようになってすら…。そのように想像してもなお、すでに生まれついての御曹司とは違う色をつけられている彼の息子にとって、それは良き判断なんだろうか? 

・…と思ってしまうんだけれど、団子ちゃんこと香川の長男、政明くん。この子がまあ、かわいくて利発げで、舞台度胸もあって、親ばかでなくても「もしや大物に?」と思わされてしまうんである。皆さま御覧になりましたか? あの、襲名の口上。「こいねがい、あげ奉りまする〜」の見事な歌舞伎口調。テクニックもすごいけど、あれを満座の舞台上でやってのけるのがね〜。8歳や9歳なんだから、緊張もするだろうし、たとえば襲名発表会見の異様な雰囲気なども感じないはずはないのに、あのときもしっかりしてたよなあ。そういうのを見ると、「やはり血ガー」とか「天性ガー」とかって頭をかすめますわな。

・もう何年も前から、海老蔵の妹・市川ぼたん日舞を習っていたらしく、大人たちの中で芸事をすることへの慣れがすでにできている部分はあるんだろうけど、それにしても、借りてきた猫のようにかしこまるでもなく、かといってワガママを言って大人を困らせるでもなく、自然に天真爛漫にふるまっているように見える。祖父である猿翁の、病の後遺症の残る顔をてらいなくしっかりと見つめて、聞きとりにくい言葉に耳を傾け会話をしながら、セリフの稽古をつけてもらっている姿なんぞ、立派な役者だった。

・その稽古は、全体の稽古をワーワーやっているかたわらで、猿翁が団子ちゃんを自分の席に呼び寄せて行っている、広い稽古場の片隅での一幕なんだけど、離れた背後にいるスタッフたちが、自分たちの仕事をしながらも実はそちらも気にしなっていて、みるみるうちに口舌を上達させる団子ちゃんに目を細めたり、うんうんと頷いたりしている様子にほっこりした。

・人の気持ちはそんなに簡単じゃないし、ドロドロしたものや硬直したものもある世界だと思う(というか、どんな会社・団体その他コミュニティであれ、長年続いているものでそういうものがないものはないと思う)。けれど、人の気持ちにはあたたかな部分があるのも事実で、それが表出するのを見ると、こちらもやはりあたたかい気持ちになる。

・たとえば、中車の楽屋に入るなり、あちこちに飾られている父や祖父、先代中車の写真やゆかりの品々に目を丸くして「何この部屋、すごーい。博物館みたい。なんかテンションあがるー」と無邪気な声を上げる猿弥さんとか*1。初日、最初の幕が開く直前、揚幕の向こうで一緒にスタンバイしながら、「心地よい緊張感ですね」と優しく話しかける春猿さんとか。

・襲名が決まってから、香川の稽古にずっと付き添っていた猿四郎さん。化粧、所作、セリフ、すべてにアドバイスを送り、励ます彼の存在が、香川にとってどれだけ大きかったかは想像に難くない。本番でも、衣装をつけた香川が舞台裏を行き来するのに付き添う姿が映っていた。香川どうこうに関係なく、花形役者でなくとも、こうやって、舞台の成功に身を捧げる人たちがたくさんいてこその歌舞伎なんだな。

・そして亀ちゃん! 初日、開演10分前に中車の楽屋を訪れて曰く、「見ててさ、もう型はできてるから、もういいんじゃない? 型とか、自由で。もうできてるから。こだわらないで」。できるか、なかなか、こんなこと?! 中車主演の「小栗栖の長兵衛」は亀ちゃんの出演はないので、開演ギリに来るのも不思議はないけど、まあこの人だって、自分の一世一代の襲名公演を控えてるわけですからね。だいたい、幼少のみぎりからどっぷり歌舞伎に浸かってるこの人が見たら、たぶん型だってまだまだ不十分なはずだよ。だけど、初めて舞台に上がる者に対して、「型にこだわらないで」と声をかける。この役者魂は泣ける。

・メイクの件(笑)やこの声かけを見ているだけでも、香川の歌舞伎入りに際して、亀ちゃんはホントに影に日なたに尽力したんだろうなと思う。(穿った目で見て)いくら猿之助の名跡を確保した上で「跡取り作れ」のプレッシャーから解放されるメリットがあるからといえ、マンガや小説だったら、この人こそが香川を邪魔者扱いしてもおかしくない立場なのにね。亀、かっこいいよ亀!

・亀ちゃんの襲名特番でも思ったのだが、猿翁の言葉は、ひとつひとつがまるでそのまま舞台のセリフになるような見事さがある。猿翁については、この番組ではまったく触れていなかった藤間紫のことを考えると、どうしても「…」となる部分もあるんだけど、病後の姿をこれだけ映す許可を下すことといい、なんというか、これが役者の業というものか、と圧倒されるところがある。

「何か大きな力に導かれているような気がしています。でも体も言葉も満足にいかないのが、私は非常に悔しい。悔しい。歌舞伎の「歌」「型」「心」などできる限り教えてやりたい。身をもって教えてやりたい」

「喜びも悲しみも苦しみも すべて、ここには真実がある」

「ここ」とはどこか?を番組では詳しく解説しなかったが、物理的な「舞台の上」というのは狭義で、「舞台に立つまでの過程すべて」を指しているんだろう。そして、ついに父と同じ舞台に立った香川の述懐、

「生涯かけて精進するということをやっていかなきゃいけない。それが俺にとって本当に本質。人生の意味。本当の意味だよね」

は、「ここにはすべての真実がある」と言う父の言葉と呼応しているのだと感じた。一生、歌舞伎役者たることがすべてだということ。一生をかけて精進するということ。猿翁のみならず、名をなした役者(なせなかった中にもたくさんいるだろうが)はすべてそうなのだと思う。歌舞伎にしろ狂言、能にしろ、それが「芸道」なのだろう。とどのつまり、香川は厳しい芸道の世界にどうしようもなく惹かれる“血”を宿していたということなのかな、と思うし、そんな役者の“業”をもっている彼は、歌舞伎役者としての必要条件をじゅうぶんにみたしていているんだろうな、と思った。

*1:しかし香川曰く“ご先祖頼みです”のこの楽屋、いい気持ちしない人もいるだろうなー。血筋を振りかざして、っていうか…。まあもうそこは香川が歌舞伎入りした時点で埋められない溝だからな…