ソチ五輪開幕直前: 女子フィギュア
直前、目前。いよいよ鼻先まで迫っているのであります。ドキドキワクワク、という広辞苑にも載っている(嘘)語がここまでしっくりくる状態ってなかなかないんじゃないでしょうか。全日本はワクワクする余裕もなくドキドキだけでした。グランプリシリーズは各選手の新プロや仕上がり具合を堪能するという面でワクワクが過半を占めていました。オリンピックはドキドキワクワクです。歴戦の勇者たちが集う天下一武道会。もちろん順位やメダルの行方もとっても気になりますが、晴れて出場叶った選手たち全員に敬意が払われるべきであり、あんな選手こんな選手がソチのリンクで万感の思いをこめた演技を披露してくれるというだけで胸熱、号泣もんです。
というわけで冷静な予想なんてできたもんじゃなく、ただこのドキドキワクワクを書き残しておきたいと思いまして。
いまだに「真央 vs ヨナの最終対決」と煽るメディアも多いけれど、とんでもない話です。金メダル候補はほかにもわんさかいます。メダル候補じゃないですよ。金メダル候補ですよ。今季の最高得点を並べてみます。
◆今季最高得点(総合)◆
選手 | 国 | 試合 | 得点 |
---|---|---|---|
ユリア・リプニツカヤ | ロシア | 2014ユーロ | 209.72 |
浅田真央 | 日本 | 2013NHK杯 | 207.59 |
浅田真央 | 日本 | 2013GPF | 204.02 |
アデリナ・ソトニコワ | ロシア | 2014ユーロ | 202.36 |
カロリーナ・コストナー | イタリア | 2014ユーロ | 191.39 |
鈴木明子 | 日本 | ナショナル | 215.18 |
グレイシー・ゴールド | アメリカ | ナショナル | 211.69 |
鈴木明子とグレイシー・ゴールドについてはISUの試合でないのでちょっと別枠にしたけど、国内大会にしてもすばらしい点数です。リプニツカヤ、浅田、ソトニコワ、コストナー、鈴木、ゴールド、そしてもちろんキム・ヨナ。200点を超えるスコアを叩き出せる7人は、堂々たる金メダル候補といえるでしょう(コストナーは今季200点越えがありませんが、なんといっても2季前の世界女王です)。伏兵に、アシュリー・ワグナー(米)と村上佳菜子。金メダルにまでは届かずとも、メダルを獲得する可能性は十分にあります。
◆今季最高得点(FS)◆
選手 | 国 | 試合 | FS得点 | 技術点 | 演技構成点 |
---|---|---|---|---|---|
ユリア・リプニツカヤ | ロシア | 2014ユーロ | 139.75 | 71.75 | 68.00 |
浅田真央 | 日本 | 2013NHK杯 | 136.33 | 66.10 | 70.23 |
村上佳菜子 | 日本 | 2014四大陸 | 132.18 | 69.25 | 62.93 |
浅田真央 | 日本 | 2013GPF | 131.66 | 63.87 | 68.79 |
アデリナ・ソトニコワ | ロシア | 2014ユーロ | 131.63 | 62.03 | 69.60 |
カロリーナ・コストナー | イタリア | 2014ユーロ | 122.42 | 52.40 | 71.02 |
鈴木明子 | 日本 | ナショナル | 144.99 | 72.11 | 72.88 |
グレイシー・ゴールド | アメリカ | ナショナル | 139.57 | 71.27 | 68.30 |
今季ISUの試合で130点以上を出した選手は4人もいます。コストナー、鈴木、ゴールドもやはり130点級の実力者といえるでしょう。こうして並べてみると、合計点はもちろんのこと、技術点、演技構成点から見ても、浅田真央の実力が突出しているとはいえないことがよくわかります。浅田真央は技術点で70点を超えたことがない。もちろんジャンプは水物であって、いきなりガクンと下がることはない演技構成点(PCS)が彼女の強みであり、メダルを狙う選手にとって必須になる(ここで村上やワグナー、ゴールドは少々弱いか)とはいえ、ロシアの10代の2選手は今年に入って世界トップレベルのPCSをマークしてきました。特に、3Lz-3Tの大技を始め、ジャンプに大崩れがなくスピンで大きな加点の見込めるリプニツカヤは、高いPCSを備えたことによって脅威の存在になっています。ソトニコワのほうも今季は試合をするたびに力が伸びているような勢いがあります。コストナーも世界一のPCSを持っているといっても過言ではない選手。五輪ではどこまでジャンプの調子を上げられるかが鍵になるんでしょうが、それは浅田も同じですね。
浅田はFSで2度の3Aに挑む意思を表明しています。その場合、成功−成功、成功−失敗(または失敗−成功)、失敗−失敗、というパタンが考えられますが、現在までのところ、最後者の可能性が高いんですよね、悲しいことに。フィギュアスケートの採点は複雑なので、成功と失敗の線引きも一概にはいえないんですけれども、浅田が試みる2度の3Aというのは、
・3A・・・8.5点 3A+2T・・・9.8点、あわせて18.3点
の基礎点があります。ここに出来ばえとしてGOEがそれぞれ+3〜−3でプラスされるわけです。実際に2度の3Aに挑んだのは、GPFと全日本の2試合。その結果はというと
・GPF: 3A・・・8.5にGOEの-3を加味して5.5点 3A+2T・・・アンダーローテの4.83にGOEの-2.71を加味して2.09点、合わせて7.59点
・全日本: 3A・・・回転不足の6.0にGOEの-2.4を加味して3.6点 3A+2T・・・すっぽ抜けてシングルアクセルの0.88点にGOEの-0.6を加味して0.28 合わせて3.88点
18.3点の基礎点のうち、1試合は7.6点、もう1試合は3.9点しか獲得できていないのです。これでは失敗と言わざるを得ないし、ほかの選手との差が開くのもむべなるかなです。PCSにしても、3Aを2本にしてからは、シーズン序盤(3A1本)よりも当人比で落ちています。
テレビのアナウンサーなんかはPCSのことをいまだに「芸術点」「表現力をあらわす」などと平気で言いますが、PCSは演技構成点、別名ファイブコンポーネンツ。5要素は連動していて、その根幹にあるのが「SS=スケーティングスキル」。5要素はSSの±0.5点程度の範囲内におさまります。SSは6.5点だけれどIN(音楽の解釈)は9.0点、なんてことはありえない。スケーティング技術は一朝一夕に上下するもんじゃない。だからPCSの高い選手はかけがえのない財産をもっていることになるし、若い選手のPCSが上がるというのはそれだけ価値のあることなのです。
そして、SSには、(多分だけど)ジャンプ(の前後)も含まれています。あんまりジャンプを失敗してると、SSが微妙に落ちる=PCSが微妙に落ちることになる、それは浅田のNHK杯(3A1本)とGPF(3A2本)のPCSを見ても明らか。がくんと落ちなくても、微妙な差でも、メダルを争うとなれば重要です。てか、単純にいって、1回ならまだしも、出だしで2本連続して失敗すると、さすがに演技全体が残念な印象になるし、本人も力使ったあげくがっくりきて、その後も精彩を欠きがちなのは全日本でのFSを見たとおりです。
確かに全日本の不調はシーズンそれまでの疲労や腰痛がピークに達していたゆえだろうけれど、なんにしても、試合で3Aがまだ1本も決まっていないのは事実です(GPFのSPでの3Aはほぼ完ぺきだったとはいえジャッジには回転不足をとられてしまいましたから…)。まだ1度も決まっていないものを、続けて2度決めようとしているのです。どんなにピーキングがうまくいったとしても、また浅田が追い込まれた時に強さを見せてきた実績があるといっても、事がそう簡単でないのは明らかです。
どんな結果になろうと、彼女が2回飛びたいならそれでいいと思ってます。点数面でのリスクなんて、陣営そして本人が一番わかっているに決まってる。それでも「2度やるのが私の演技」と本人が思いさだめているならば、誰が物申せるでしょうか。これは彼女のオリンピックなのです。それが見られるだけでも幸せなことであり、それは、他の選手たちについてもまったく同じです。ひとりひとりの「オリンピックでの試合」に私は胸を熱くすることと思います。
その中で、五輪を盛り上げるのもメディアの仕事かもしれないし、「ぜひ真央ちゃんに金メダルを」と私も願っていますが、浅田真央に肩を並べる選手は世界に何人もいます。彼女が金メダルを…否、メダル自体を逃す可能性だってあると思います。「キム・ヨナとの一騎打ち」だなんて愚かな煽りによって、フィギュアスケートを良く知らない人たちが必要以上に期待し失望してバッシングするような事態にならないことを祈るばかり。
ヨナについては、この4年間、ISUの試合が極端に少なかったうえ、今季は私、youtubeの低画質でしか見られていないので、なんともいえません。ただ、これまで挙げてきた選手たちを京都/鎌倉五山の名刹とするならば、ヨナがいまだに別格・南禅寺のような存在であることは、昨季のワールドを見ても、今季B級大会での得点を見ても、確かなようです(このたとえわかります?w)