『風が強く吹いている』(三浦しをん)ふたたびの感想

風が強く吹いている (新潮文庫)

風が強く吹いている (新潮文庫)

映画鑑賞後の再読。再読自体5、6回めだと思うので、展開はすべて頭にしっかり入っているのだが、やはり随所で笑ったり感動したりしてしまう。

走るなんてこと思いもよらない面々を巻き込み、1年足らずの練習で箱根駅伝をめざすこの小説。文庫版では、650ページほどある長編なのだが、そのうち、400ページくらいからは、箱根駅伝本選が始まる。

半分をちょっと越したあたりで既に1月2日になった作中に、「え、ここからもう箱根? 早くね? 箱根が終わったあとも話が続くのか?」と、初めて読んだときの私も思った。が、事実上、箱根とともにこの物語は終わります。つまり、この長編小説の5分の2超は、きっぱりと1月2日・3日の2日間の話なのだ。

長い。なんせ駅伝は走るだけの競技で、その描写が延々と続くのである。しかし、この、時間的に完全に不均等な構成は、もちろんわざとだろうし、それは見事に成功しているとしか言いようがない!

箱根本選が繰り広げられる250ページあまりで、何度泣きそうになり、実際に涙がちょちょぎれることか。10区間を走る10人の選手たちについて、ひとりひとりのドラマを三浦しをんは書き尽くす。それは長距離を走るという行為に似て、とても孤独な心象風景だ。しかし中継地点までたどりつくあいだに、彼らはそれぞれ、何らかの答えを見つける。希望や充実感をもって走りきる。なぜなら彼らは、“たすき”をつないでいるから。たすきをつなぐ仲間とともにここまで来ているからだ。

走ることへの戸惑いや嫌悪、派手なケンカや行き違い、繰り返される飲み会もちろん厳しい練習を通じて仲間になっていくまでの彼らを見てきた私たちには、彼らにとっての「たすき」がどういうものか、もうわかっている。だから、走り終わったあとの仲間にかけるたった一言や、ひとりで走りながら述懐するたった一言にすら揺さぶられ、感動する。

もちろん、後半の250ページを読む私たちは、箱根往復100キロ超という道のりがなんと長いのかとも感じる。ひとりも欠けられない、2日間に及ぶ戦い。走る選手の描写と並行して、まわりの大学の順位争いについての解説もあるのは当然のことながら、10人ギリギリしかいない選手たちが、かわるがわる出番の選手に付き添いあい、あるいは自分の出番のために電車を乗り継いで(時には長距離選手らしく走って)移動したり、携帯電話で連絡をとりあったり、ホテルや旅館にそれぞれ別れて1泊したりという姿も描かれる。箱根駅伝の舞台裏を見るようなそれらのシーンにも、泣きどころや笑いどころは満載。

この小説に対する批判としては、真っ先に「マンガ的」「BL的」というのがくるんだろう。それには頷く。でも、これは、マンガマニアでもある三浦しをんが、スポーツを通して「人生」というものがちょっと透けて見えるような物語を、マンガのように颯爽と、絵が浮かんでくるぐらい読者を感情移入させるように、どこまで“小説で”書けるかということに渾身の力で挑んだものだと思う。逆に言うと、これまで数多のマンガを読んできた三浦しをんだからこそ書けた小説。圧倒的に支持します!

  • 参考:過去ログ

風が強く吹いている - moonshine
鼻血ぶーだぜ - moonshine