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卯月の十七 / 『ファミリーヒストリー』 サンドイッチマン 伊達みきお

●4月某日: 「あと○にちで4がつおわりやん! 5がつになるやん!」とサクがよく言ってる。長期休み明けでも、連休の谷間でも、鼻水出てても、毎朝元気に幼稚園に行ってくれてうれしい限り。登園すると、年少組のベテラン先生が骨折してしまわれたらしく、腕を三角巾で釣っていた。お母さんとバイバイしてちょっと淋しげな女の子を無事なほうの片手で引き寄せて抱いてあげている。ううう・・・不便だよね・・・年少さんはまだまだ抱っこしたり着替えを手伝ったりも多いし・・・。

なんか今日はすごくたくさんサクに絵本を読んでやった。夜ごはん、餃子、さつまいもとりんごのジンジャーサラダ、キャベツのグリル。夫は飲み会。スイッチインタビュー、2月末に放送された辰巳芳子×川瀬敏郎の回を見る。めちゃくちゃ面白かった。華道と料理、ひたすらの実践がやがて哲学にたどりつくさまを垣間見る。これはしばらく録画をとっておこう・・・。

 

●4月某日: 暑くて、夏のような雰囲気。祝日の朝ラン。ゆうべ遅くまで飲んでいたので喉が渇く。ゆるゆると5kmでおしまい。午前中、夫とサクは博多駅に。夫はJRの旅情報を入手するのが目的、サクはもちろん新幹線&JRの電車を見るのが目的。1-2か月に一度は行っているし、博多駅に集まる列車は限られているのだが、サク、今日はまたことさら熱心に見ていたらしい。

昼ごはんは、ちゃんぽん。一昨日に焼きちゃんぽん(焼きそばの麺をちゃんぽんにしたって感じね)を食べたばかりなのにへーきでちゃんぽんを食べる、それが我が家だ! 

 

夜、サクが寝てから『ファミリーヒストリーサンドイッチマン伊達みきおの回を見る。そういえば仙台出身で「伊達」・・・これは正真正銘、あの伊達家に連なる家系なのだった。政宗よりもさらに200年(だったっけ?)さかのぼった時代に分家した大條(おおえだ)家がみきおの先祖で、福島県の大條に移住したことからそう名乗るようになったらしい。伊達本家からの信頼は厚く、幕末のころの当主・道徳は藩の家老格で、戊辰戦争旧幕府軍についた仙台藩の敗戦処理の係になり、木戸孝允と交渉して家名存続などの成果をあげ、行賞として本家の名字「伊達」をふたたび名乗るよう許されたのだという。

道徳の子(みきおの曽祖父)は東京帝大卒で裁判官、みきおの祖父も東大卒なのだそうだ。ただし祖父の時代には戦争があり、そのころ満州で働いていた祖父はその地で召集を受け、やがてソ連軍の捕虜になり強制労働も経験している。

サンドイッチマン気仙沼での仕事中に被災し、その数日後から声を上げ復興のための活動に力を入れた記憶も強いが、それはみきおが震災翌日に実家の無事を確かめた際の父の言葉が発端になったようなことを言っていた。「今、東北がこういう状況なのを全国に知らせていくのも仕事なのではないか?」と。