読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

如月の十四

日々

●2月某日~某日: ゆうべは少し飲みすぎたようで鈍い頭痛。午前中はだらだらと過ごす。昼ごはんはハムと野菜を入れたインスタントラーメン。・・・だけじゃ足りんかね、ってことでこないだ瑛林でおみやげにもらった餃子を夫が焼いてくれたのだが、これがめちゃくちゃ美味かった! 食後の感想は「今日は、ラーメンと餃子のレベルが違いすぎたな。」ということで夫と一致する。ちなみに餃子の数を数えたサクが「ひとり4こずつだね」と素早く脳内で÷3をしたので、幼児の能力あなどれないなと思った。

夕方、夫の実家に着。車中ではゲス極をサクがCDに合わせて気持ちよく歌う。夜ごはん、お刺身やら天ぷらやらいろいろあったのだが、お義父さん作のどんぶり茶碗蒸しがお腹の中で驚異の存在感を示した。お義父さんが40代前半のころ、半年間、研修で東京に行っていたころの話になる。1990年代はじめ、まだまだ良い時代で、

「とにかく飲んだ」
「寮(ワンルームマンション)は広尾」
「寮のメシがまずかったので朝から築地で寿司を食べに行っていた」

等の豪快なエピソードがいろいろ出る。その20数年後、彼の息子が東京の会社に出向したとき、勤務地は丸の内なのに住んでいたのは浦安だったよ…。食後、じぃじ・ばぁばも交えてウノ大会。サクを寝かせたあと、夫と12時半ごろまでだらだら飲む。

翌朝、サクは7時過ぎに目を覚まし「さき、いっとくねー」とリビングへ。ゆうべ夜更かしした私たちは延々と寝続け、9時過ぎまで。ええ、夫はともかく嫁は起きろって話ですよねわかってます…。ガレージに、親戚の子が置いていった(?)自転車があったのをサクが乗ってみるというので、軽く練習。今日はとてもうららかな、春の陽気。青空が気持ちいい。その後は、やはり祖父母宅に帰省して来ていた近所の兄妹が広場に来たので混じって、凧揚げをしたり雪を運んで並べたりして遊んでいた。ここは寒冷地なので、日陰にはまだ雪が残っていてだね…。

夕方、帰宅。サクを早めに寝かせて、大人だけでゆっくりと真田丸を見る。自分も見たがってたサクはブーブー言ってたが、すぐ寝た。