『三四郎』 夏目漱石

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ふと、本棚から引っぱり出して読んでみたら、めちゃめちゃ面白かった。
たぶん、大学生か社会人になったばかりのころに買って読んだのだと思う。
もちろん、あらすじはだいたい覚えていた。
でも、受ける印象がまるで違う。

熊本の高校を出て東京の大学生になった三四郎くん。
朋輩や先輩、先生、そして女の子たちなど、いろんな人に出会う。
美祢子の狡さや、ヒロインぶりっこも、
そんな美祢子に無垢な三四郎が惚れてしまって、ふられるのも、
広田先生方面のエピソードも、
若かった私にはすべて気に食わなかった。
モヤモヤする、溜飲の下がらない展開や帰着ばかりだった。

でも今読み返すと、すべて「そうだろうなあ」と思う。
「そうだよなあ、そうするよねえ、それで、そうなるよねえ、うんうん。わかるよ。がんばだよ! 落ち込まないで」
って感じ。納得の嵐なのだ。

ふられたり、貞淑な奥様の地位に収まったり、世に出る機会を逃したり。
そんな彼らは、現実に負けたのかもしれない。
上京する汽車の中で広田先生と出会い、いくばくかの会話を果たすくだりは、私がこの小説で一番好きなシーンであり、今後もずっとずっと忘れないシーンだと思う。

車窓からもうすぐ見える富士山について、広田先生は「あれが日本一の名物で、あれほりほかに自慢するものは何もない。でも富士山は天然自然に昔からあったもので、我々が拵えたものじゃない」と言う。
三四郎が「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護すると、「亡びるね」とすました顔。(熊本でこんなこと言えば、すぐ殴られるぞ!)と三四郎は思う。すると先生はこういうのです。以下引用
 
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…」と一寸(ちょっと)切って、
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言う。
「囚われちゃ駄目だ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」
この言葉を聞いたとき、三四郎は真実に熊本を出たような心持がした。同時に熊本にいたときの自分は非常に卑怯であったと悟った。
その晩三四郎は東京に着いた。髭の男は別れるときまで名前を明かさなかった。三四郎は東京へ着きさえすれば、このくらいの男は到るところに居るものと信じて、別に姓名を尋ねようともしなかった。

 

日露戦争に勝って「一等国」になりつつある、いや既になったのだと浮かれたり矜持を強くしたりする人間が多い中で、先生は飄々としている。一見シニカルなようで、実はもっとも理想家なのは先生だ。そして三四郎は先生の言葉に、打たれるような衝撃を覚える。

上り坂の日本という国と地方から上京してきた三四郎が重ねられるとするならば、三四郎の失恋は一等国としての発展の挫折を示唆するものかもしれない。でも広田先生は、物語の序盤でそれを鮮やかに看破してしまっている。そして、先生はそのことをまったく悲観していない。日本よりも広い世界があるのは当たり前のことで、その最たるものは頭の中。頭の中を広くすることが肝要で、それは無限のはずなのだ。

先生の話を聞いて、「自分は卑怯だった」とまで思う三四郎くんのなんと純粋なこと。そして、やがて大学生活を始め、美しい美祢子に出会い新しい知人友人を得た三四郎くんが頭に描く「三つの世界(故郷や高校時代までの過去の世界・東京の猥雑で貧しく歴史ある大学生活・美しい女性を戴く美しい春のような世界)」の、なんと若くてかわいらしいことよ。

彼はまだ若いのだ。彼が恋した女の子や、知人友人たちもみんな若い。青くて当然なのだ。小説が終わりを迎えた後も、彼らの人生はまだまだ続く。美祢子がイブセンにならないともいえない。いや、特段、そういうことをにおわす終わり方じゃなかったけど、不惑が近くなった私はそう思うよ。だから、若いうちの失恋も、挫折も、一時の諦観も、無駄にはならない。糧になるだけだ。それがわかる年になってるから、決してつまらない結末とは思えなかった。

登場人物たちが個性的で、しかもそれぞれに好もしい。
美祢子は厄介なヒロインだけど傾城の美女でも妖婦でもなく、まさしく「迷える子羊」。彼女のことを、若い頃の私は「いかにも類型的」だと思ってたけど、今読んだら全然そうじゃないってわかる。美祢子の一人称でも、この小説は存在しうるのだ。他の登場人物たちもみんなそう。

与次郎が傑作! 先生に頼まれたお使いのお金(しかもそれは先生から野々宮さんへの返済金)を馬券につぎ込んでなくしちゃって、困った顔して三四郎に借りに来て、ちっとも返さない。やっと返すかと思ったら、また他の人間に借りてきたと言う。しかもそれが三四郎の片恋の相手・美祢子で、「話はつけてきたから、君が取りに行かなくちゃ」なんて平然と言う。あげくに、「いつまでも借りておいてやれ」なんてのんき。万事この調子で、憎めない。

実直な野々宮さんも、磊落な原口さんもいい。若いころには凡庸としか思えなかっただろう(というか記憶にすらなかった)よし子も、とってもかわいらしい。どうやらそれぞれの登場人物は、実際に周囲の人物がモデルになっているらしいけど、漱石という人はとてもフラットで、個を尊重する目線を持っていたのだなあと感心する。

そして、いま読むとひときわ印象的なのは、人々が日々の細々とした雑事を引き受け合いながら暮らしている姿だ。家探しや引っ越しの作業を手伝ったりするのは今の友人同士でもすることはあるけど、たとえば急に家族の病院に詰めなければならなくなったから、ひと晩宿直をしてほしいと友人にその場で頼んだり、後輩の実家のお母さんから、「お金を送るので、本人に事情を質してOKと判断したら渡してほしい」と頼まれたり、風邪をこじらせれば見舞いに行ったり。

交通や通信、生活インフラが発達した現代では必要なくなった雑事もたくさんあり、それは社会の進歩なんだろう。煩瑣な雑事が多々存在することで、生産性が低下したり、人間関係の問題につながることもあっただろう。でも、その煩瑣さは、なんだかとても人間くさくて、悪くない営みのように、読んでいて思えたのだった。

 

三四郎 (新潮文庫)

三四郎 (新潮文庫)

 

 

『おんな城主直虎』 第25話 「材木を抱いて飛べ」

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いやー、面白かったです! 知恵と勇気と仲間の協力で強大な敵に立ち向かう。少年ジャンプの世界のようだけど、結局これが古今東西、エンタメの王道なんだよね! あっというまで濃密な45分間に起伏した己の感情がすべてて、もはや感想なんていりませんね。まあ、書くんだけど(笑)

この事件の端緒が今川と武田のいさかいにあるのだと、ちゃんと抑えられるのがいいよね。大国同士のいざこざの小さな余波で、小さな井伊は吹き飛びそうになるという。

申し開きと言う名の処断を言い渡された直虎は、いきり立つ家臣たちをよそに取り乱さなかった。六左たちに背を向けたまま顔を見せない彼女は、領主という孤高の道を歩みつつある。鮮やかな緋の打掛が「なんとかなる」という。ここで家臣たちに知恵を募らなかったのはミソだなあと思う。今川が何のかの理由をつけて直虎を廃したがっている以上、策も徒労に終わる可能性が高いし、家臣が講じた策が失敗するとその者の心にも将来にも差しさわりがある。

だから(?)直虎は1人で碁を打って考えた。政次が虎松に言ったように、まさに「どこから間違えていたのか」その大もとまで遡っていったわけだ。それで材木を取り戻し、今川に届けるという馬鹿正直な策に出る。「忠義を見せるなら、小細工を弄さず問題となったものをそのまま除去するに限る」ってことね。

時間を稼ぐため、直虎は毒をのんで寝込む。ここ、本当に顔が腫れぼったくなっててすごかった。そこに政次が見分にくる。直虎は、材木を取り戻す策については政次をかかわらせない。けれど政次に井伊を託す。政次が井伊谷の領主になるかもしれないからこそ、先代(となるかもしれない)自分たちの策謀には入れない。政次を今川の目からクリーンに保って、井伊谷を守るために。

直虎にとってもっとも大切なものは井伊であり、直虎は政次を、大切な井伊を託すに足ると思っている。直虎の信頼を得ているのだという自負、己を毒に晒してまで井伊を守ろうとしているけれどその手から井伊を手放さなければならないかもしれない直虎へのたまらない思い・・・そんないろいろがないまぜになって、政次は直虎の頬に手を伸ばすに至る(と解釈)。まあ、こんなときでなければ頬に手を触れることもできない男である。

「俺の手は冷たかろう」
「血も涙もない鬼目付じゃからの。昔から政次は、誰よりも冷たい・・」

ほんっと、こういうシーン見ると、森下さん、マンガ好きだよねッッッ!!!
と思う私(いや、知りませんが。)

熱する直虎を冷ますのが政次の役割。直虎も、政次も、そんな関係性をよくわかっていて、それを望み、それに馴れている。時に甘えてもいる。ただ、直虎は知らない。政次が心の中に、誰よりも直虎に対する熱い思いを飼っていることを・・・
・・・・・って、完全にマンガの世界ですありがとうございます。
そういうマンガ!好きだよッ!!!悪いか!!!!(なぜかキレる)

『平清盛』で作った船(そうだよね?違う?)に乗り込む一行。六左が始めに声を上げ、方久が「頭が高い!」とかまして、龍雲丸が朗々と芝居がかった口調で説明をして「駿府へ向かう」と命じる。うーん、こういう「一人ずつの見せ場」もマンガっぽいというか歌舞伎っぽいというか、王道のカタルシスでいいよね。背景の合成問題とか気にしてる場合じゃないのです!!

ただどうしても目をそらせないのが、良い風を呼ぶとして括りつけられるゴクウよ。まえだまえだだし…。これ、良い風を呼ばなかったときにどうなるか、完全に悲劇のフラグやん(泣

さておき、直虎と氏真の対峙。よかったよねええええ!!! こういうモロモロが前段にあっての、直接対決。みなぎる!!!

「おなごいじめは好かぬがのう」「信じてやりたいがのう」と言うとおり、氏真にとってこれは詮議なんかではなく、虐めなんである。しかも、弱い者を虐めて喜ぶ戯れなんである。

直親の件を持ち出されたとき、直虎が我を失わなかったのは、先だっての近藤の一件で意を曲げて頭を下げる経験をしたからでもあるし、あのようにして直親を失ったからこそ彼に代わって絶対に井伊を守らなければならない、という根源的なモチベーションが煽られたからでもあろう。その点、「女だから感情的になるだろう」ぐらいに見くびっていた氏真も軽率だけど、「これ以上のお戯れは」とド直球でたしなめた政次の目も私情で曇っているというかねーっ。お戯れしてる相手に向かって「お戯れを」ってホントのこと言ったら怒らせるに決まってるでしょうが。

でもそこは少年ジャンプ大河の主人公にして我らが直虎! 
「民を潤せば井伊が潤う。井伊が潤えば今川が潤う。大方様に誓ったとおりに励んできた。こんなやり方では、今川は真の忠義者を失うことになるとは思いますまいか!」
ちょうどいいときに材木も到着し(ちょうどよすぎるとか言ってはいけません!!)しょせん女子よとあざける相手に「おんな大名・寿桂尼」を持ち出し、自らの忠勤を示し、今川自身の利は何処にありやと問う。見事なカタルシス台詞でございました。



うまくいえないんだけど、本当の意味での(先週の庵原の若者ような)忠臣では全然ないのに、「忠義」という言葉を繰り出すのにいっさい躊躇いがないんだよね。それは、去年の真田昌幸よろしく、息を吐くように嘘をついてるわけではなく、「生き残り策」イコール従順なんだと身に沁みついているような。それを「一種の無思想」と書いた。井伊の状況を思えば当然のことなんだけどさ、この無思想を平然と描くのが森下さんだなと。ふつう、大河ドラマだったらこんなとき、「いつか今川の傘から抜け出す」とか「戦を終わらせて泰平の世を/新しい世を」とか言い出すわけですよ。今作では「生き残るために忠義」。これが、今川がどうかなったあとはどうなるのかなと。



で、なつさんからのバックハグですが、なるほどそういうことかと。後ろ姿のなつさんの曲線美、特にお尻の熟したエロスがすごくて鼻から血が出そうでした。ここまでさせといて優しく引き離す政次は血も涙もねぇな!!!! 碁=直虎のことしか考えてねーからな!!!

しかし、虎松に言い放った「どこから間違ったのか」は、今回の材木の件だけでなく、なんか引きずりそうだよね。「なにゆえ、斯様な有様になったのか」とは、碁の練習試合(笑)で子ども相手に発するには、あまりにも苛烈なセリフで、将来政次自身に返るとしか思えないんですが・・・( ノД`)シクシク…

最後、直虎が見せた渾身の一発に対して氏真がどう反応するかは来週までわかんないけど、氏真がもし、直虎こそ真の忠臣だと思えば、反対に政次を奸臣とみなす流れになったりしちゃうんじゃなかろーか。それとも、直虎と政次を争わせてまた「お戯れ」高みの見物か? 
 

 

卯月の十一

●4月某日: 初、登校日。サクは自分で6時半にめざまし時計をかけていたが、6時10分ごろには起きてきた。ザ☆緊張感。だね。5時すぎに目が覚めてプレゼン原稿とか見直してた私も緊張感かしらw 

幼稚園時代はだいたい朝8時過ぎに家を出ていたのだが、今日からは7時20分! めっちゃ早い~無理~(私が)!と思ってたけど、近所の子たちとの待ち合わせ場所までついていったら、うん、校区の小学生、みんな登校してますね。がんばります。はい。

11時半、「ちょっとヒマやけど、じゅぎょう、めっちゃおもしろかったー!」と言って帰ってきた。授業って単語が出てきたことにびっくり。学校で教わるのかな? 午後はさっそく学校ごっこ、学校からもらったプリントを模して時間割を作り、「キーンコーンカーンコーン」と鐘が鳴り(この鐘に、大人っぽさを感じるんやろうね)、「はい、1じかんめはさんすう。たしざん」はいいんだけど、「つぎは2じかんめ。こくご。たしざん」ってwww 「こくごって、なにするんだろう・・・」と自分でも首をひねっていたw 提出する書類が多い。めちゃくちゃ多い。

夜ごはんは、カレーライス、サラダ。

 

卯月の十 / 入学式

●4月某日: 小学校入学式。受け付けは9時からなので、夫が作ってくれたおむすびを食べながら普通に「ひよっこ」を見る朝。そんなこんなしてたら結局時間ギリギリになって、夫・息子に急かされながらバタバタと出発するといういつもの感じ。

昨日の雨・寒さとは打って変わってすばらしい晴天、しかも暖かい。連日の雨にも負けず、桜も何とか粘っている(木によってはだいぶ葉が出てるけど)。体育館前に貼りだされていたクラス発表。幼稚園から7人が同じ小学校に進み、4クラス編成なので、誰かとは同じクラスになるかなーと思っていたら、見事に誰もいなかった(1・2・1・3という分かれ方)。まあしょうがないよね。

いったん子どもはクラスに入り、親は先に体育館へ。隣の席の女の子と手を繋いで入場してきたサクの顔が緊張で硬直しているw 来賓の祝辞が1人だけ(PTA会長)で終わったのは意外だったけど、まぁなんやかんやと長いこと。式が終わって子どもたちがクラスに戻った後、もろもろの説明事項に続き、役員決めまでやる。体育館の中、寒い。うう、今ごろ真央ちゃんの会見が中継されているのだが(録画はしてきた)。

ようやく親もクラスに戻ったのが12時、そこから担任の先生のお話があり、また体育館に戻って1クラスずつ写真撮影。さようならをしたのは12時半過ぎだった。すげーハードな初日だな、おいw 

サクに「おつかれさまー、ずっと黙っとったけん疲れたやろ」と声をかけると、「すげーしゃべりたい! すげー走り回りたい!」とw うむうむw 同じ幼稚園の子たちで、その足で幼稚園まで歩き、卒園式の写真などをもらいに行くという、新1年生恒例行事。お腹すきすぎて無理かなーと思ったら「いく」と即決する子どもたち、やっぱり先生たちに晴れ姿を披露したいような、誇らしい気持ちもあるのだろうね。もちろん先生は絶妙に褒めてくれた。

今どきの6歳児は私たちの頃よりも平均身長が伸びているとかで(←この前、新聞で読んだ知識)、「ランドセルが歩いている感」はあまりなく、みんなしっかりした身体だなーと思うのだけど、やっぱり、「ピカピカの」1年生、という表現は本当にぴったりだなあと思う半日であった。サクも立派な小学生に見えるんである。スーツが気に入ったようで、夕方お風呂に入るまでずっと脱がず。

夜ごはんは、ローストビーフサラダ、お刺身の盛り合わせなど。昼ごはんが遅くなったので軽めに。夫が作った酢飯で、サクが刺身を次々に握りにしてくれる。これが、けっこう上手いのだ。伊達に最近、Eテレ『JAPANGLE すし編』をリピート視聴してるわけじゃないってことねw ビール、白ワイン、赤もちょっと。

 

『オリジナル寸劇 と「オイコノミア」大竹先生に学ぶ 社会×男女×経済学。』  メモ2

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●女性管理職(課長以上かな?)の割合。日本は11.3%。アメリカは44.7%。欧州諸国は3-4割。フィリピンは5割近くて、東南アジアは総じて高い。韓国は日本以下くらい。
(→中国のデータがないのが残念。かの国はそういうのを公開してないのか、それともいちお資本主義じゃないからそういう概念がないのか?)

 

◎では、なぜそのように、男女間で昇進格差があるのか? いろいろな面から考察されていました。

 ●経営者や管理職に女性を差別する感覚があるから

→競争社会において、差別観のある組織は淘汰されていくそうなので、だんだん減っていくはず。

●体力差による生産性の格差があるから

→機械化により縮小されてきたのでだんだん減っていくはず

●女性に不利な職務環境や慣行がある

→たとえば18時からの会議が常習化していれば、小さい子のいる女性には不利。
関連して、興味深いデータを紹介されていました。

●「個人の労働時間と昇進の関係」。男性は、昇進の度合いとその人の労働時間の長短に相関性はない。けれど、女性にはある。つまり、女性は長時間労働(残業など)をいとわない人が「意欲がある」「がんばっている」とみなされがちだということ。こ、これは、会社員時代の私もあてはまっていたやつ・・・!

●男女間の格差が大きい職業、小さい職業を職種業種で比べてみると・・・
 医者や研究者、いわゆる士業(弁護士とか社会福祉士とか)は格差が小さい。反対に、営業職などでは大きい。
締め切りがきつかったり、他人と一緒にやる必要があったり、優先順位や目標設定などの自由度がない、自分で意思決定できない職業は男女間の格差が大きい。
専門職など、自分でコントロールしやすい仕事では格差が小さい。

これ、すごくわかる! 私が「次に働くときは自分らしく働きたい」と思うのも、これが大いに関わっているのだと思った。私はかなり日本的な会社で10年近く働いたので、会社員がどういうものかよく知ってる。戻りたくないんだよね・・・。

●危険回避度や競争選好の男女差

離れたところからテニスボールを投げて箱に入れる、というゲームの報酬として、
 A:自分が入れた数だけ確実にもらえる
 B:知らない人と対戦して、勝てば高額がもらえる。負ければゼロ

 どちらのゲームをやりますか?と尋ねると、「A」を選ぶ人の割合が女性の方が多い。
つまり女性は男性より競争に消極的なので昇進意欲も薄い

これ、ここからがさらに面白いのです。
とあるゲームのため男性と女性の混合チームを作ると、ゲームの能力に関わらず、リーダーは男性が多くなるんだって。そして男性と対戦するとき女性の競争意欲は低め。しかし、女性同士での対戦となると、女性の競争意欲はグンとアップする!!(笑)

なぜ、女性は単純なゲームでさえ、リーダーを男性に譲るのか?
なぜ、女性は単純なゲームでさえ、男性には勝とうと思わないのか?
それ考えるのがとても重要だよね。

大竹さんは、「生物学的差ではない」と言ってた。世界に目を向ければ、女性の方が男性より強い少数民族もあるそうです。日本でも、女子の集団になると女子は強い。女子校の女子のように(笑)

だから、たとえば企業においても、

・男女をミックスるより意図的に女性だけの環境を作った方が女性は切磋琢磨する
・優秀な女性を採用したいと思ったら、「男女合わせて10人採用します」というより、「男女合わせて10人採用します。その中で、最低でも4人は女性を採ります」と「女性枠」をハッキリ打ち出したほうが、女性は心理的に応募しやすく感じる
などの現象があるらしいです。「環境を作る」という観点ね。面白い。 

 大竹さんの講演の前には、男女共同参画サポーターとアミカス職員さん達による男女共に関する寸劇があり、こちらも面白かった。雁瀬さんもご出演! 「私、さばけないから・・・」「自信がなくて・・・」みたいな、ご自身となかなかかけ離れた役柄を見事に演じてらして、おお女優だ~!と目をみはる私でした(笑)。声もすごくよく通るし、かわいかった~!! 

 

『オリジナル寸劇 と「オイコノミア」大竹先生に学ぶ 社会×男女×経済学。』  メモ1

昨日、アミカスで開催された男女共同参画基礎講座。
『オリジナル寸劇 と「オイコノミア」大竹先生に学ぶ 社会×男女×経済学。』

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家で「オイコノミア」が話題に出ると、うちの家族は必ず「♪オイコノミア~」とあの番組のジングルを歌います。気持ちはわかる(笑)。

大竹さんのお話は、経済学的アプローチからの男女の違いと、そのギャップを埋めていくヒント。面白かったです。以下、殴り書きメモをもとにした備忘録なので細かいところはあんまり信用しないでくださいね(笑)。

●「比較優位の法則」
・・・すべての項目の能力においてBさんがAさんより劣っていたとしても、うまく分業すれば全体の生産性は向上する。
これは、仕事(ビジネス)においても家事育児の作業においても同じ。たとえ料理も掃除も妻のほうが早くて上手でも、それでもシェアした方が家庭全体としては効率アップになる。経済学では有名な法則らしいです。手品みたいな話で目からウロコがポロリ。(説明は割愛。気になる人はググってね。)

よく「仕事はできる人のところに集まる」といいますね、そのほうが早いから、って。でも結局はシェアした方が合理的なんですね。堂々とシェアしましょう、させましょう。

●そして、シェアする際には「人間の能力は教育訓練しだいで変わる」を前提にするのが大事なんだって。
「できないから(下手だから)やらない」ではなく、やってれば必ず向上するのだと!! やり方の工夫も必要なんでしょうね。

●「自己奉仕バイアス」
・・・人が、自分のやることに対して、実際以上に「やっている!!」と信じる傾向。
たとえば、夫婦に「夫は家事をやっていると思いますか?」と質問したとき、夫は70%が「やっている」と答えるがその人の妻で「私の夫は家事をやっている」と答えるのは55%。つまり、夫が自分で思っているほど、実際は家事をやってない(やっているとみなされていない)ということ。
 
よくあるよね、夫は「ゴミ捨てをしている」と胸を張ってても、妻の方は「あなたは集積所に持って行ってるだけじゃない。そんなの、やってるうちに入んない。ごみ分別してるのも集めてるのも新しいゴミ袋用意してるのも私よ」と思ってるような。
でも家事に関する自己奉仕バイアス、妻のほうの被害者意識にもつながってるかもしれないよね。

●夫婦の認識のずれを埋めていくにはやっぱり話し合いや歩み寄りが必要になるけど、話し合いでは「交渉力」が強い方が勝つ。
では「交渉力」とは何か? 
大竹さんは「本気で「別れてもいい」と思っているほうが強い(笑)」と冗談ぽく言ってたけどこれは真実で、だから収入の多い夫の言い分が通ってる夫婦もあるでしょう。その対抗策として「夫の胃袋をつかめ」なんて格言(?)もあるんだよね。
現実的なところでいうと、妻も「稼ぐ力」が大事なのかなあ、と思いますが・・・(次項に続く)

●「世帯月収が10万円低下しても、夫婦の会話が1日16分増えると幸福度は変わらない」という調査結果がある
・・・ということです。10万? ほんとに10万円か?!とも思うけど(笑)稼ぎを増やすより会話を増やす方が簡単そうだよね(笑)。

ほんと、「夫婦はいちばん小さな社会」ってことよね。夫婦間のコミュニケーションが楽しければ、社会参加と同じ満足度があるんだろうな。事務連絡や子どもの話題 “以外の” 会話がどれだけあるか?って観点、大事かもしれない。ということで我が家の最近の会話を振り返ってみた。

私→夫 「イージス艦とコンテナ船がぶつかったとき、イージス艦のほうがぶっ壊れて死者まで出るって、何かいろいろ間違ってないか?」

私→夫 「考え事しててブレーキゆるめてしまったげな。キムタクの精神状態が心配すぎる。でも4台が玉つきになってもケガ人が出ないキムタクってやっぱ持ってんのかな」

夫→私 「石黒賢がラスボスかと思いきや、あっさり死んでしまった…(←私がリタイアしたドラマのあらすじ報告)」

夫→私 「仕事のついでにカルディ寄ったけど、あそこホント見てるだけで楽しいよねッ。しかも知っとった? あのコーヒー、頼んだらブラックくれるとよ」

こうして書いてみると、くくくくだらないですね。でも、星野源も歌っているじゃないか。「♪くだらないの中に愛が 人は笑うように生きる」って。
長くなったので続きます。
 

卯月の九 / 浅田真央引退

●4月某日: 雨である。しかし雨でも学校には行かなければならない。ということで、ちょうどいいので雨の日の通学練習。ま、さほどの雨脚でもなかったし、荷物もないので、20分以内で順調に到着。そしてトンボ帰り。





小学校に持っていく「どうぐぶくろ」を作る。はぁ、ミシンって便利なものだねえ(幼稚園時代、ひたすら手縫いしていた人)。まあ、それでも、「ハンドメイドって楽しい!」なんて気分には程遠いけどなw その間、サクには、おどうぐぶくろに入れる色鉛筆やらクレパスやらの名前つけ。進研ゼミのおためし赤ペン先生を提出して、もらった名前シールをペタペタ貼っていくというお仕事。肌寒い日なので、

夜ごはんはキャベツたっぷりの豚汁。ツナと春菊の卵とじ。サクが寝たあと、夫とだらだら話しながらスマホをふと見たら、浅田真央引退の速報が!!!











↑このイラスト、本当にすてき! 衣装を見ただけでどのプログラムかすぐわかる自分は、選手・浅田真央が本当に好きだったなと思う。んで、これを見ると、真央の選手生活は本当に長かったのだなと思う。
 
●4月某日: 朝から探し物でひと騒動。ななんと、明日の入学式でサクに着せるセットアップの、ネクタイが見当たらないじゃーないですか。もうっ(自分をどやす)。家の中の大捜索はもちろん、クリーニング屋に行ったりとかほうぼう手を尽くしてもダメで、大人のネクタイをリメイクする術とかをネットで検索したりもしたけど、結局、新調しました(リサイクルショップ)。ふう。

で、雨の中、ササッと天神に行ったわけです。電車の中の会話

サク「でんしゃが、いつくるか かいてあるやつ(時刻表のこと。いちおう、時刻表はよめるようになっている)って、まい日かわる?」

私 「お、いい質問だね。あれは1年に1回しか変わらない。基本的にずーっと同じ。月から金までと、土日と、ふたつに分かれてるわけはなんだと思う?」

サク「えーっと、えーっと・・・人が、おおいとかすくないとか?」

す、するどい! 何でわかるんだろう。
帰宅後、サクは入手したナノブロックにさっそく着手。今回はレベル2の「ハクトウワシ」30分くらいで出来上がってた。好きだね。

夜ごはんは、鶏とキャベツの味噌マヨ炒め、広島風お好み焼き(←買った)、サラダ。このお好み焼きめっちゃうまい!これはめっけもん! サクは「あー、あした、にゅうがくしきだー。きょうかしょもらえるんだよねー」とかドキドキしてる様子も見せつつ、あっさり寝てぐっすり寝てた。夫と『カルテット』の録画を見ながらけっこう飲む。けっこう飲んだよ・・・。
 

6/18イベント 「私のあなたの眠れる力を社会へ」 ちょこっとレポート

イベントが無事に終わったのでこちらにも記録。

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40席ほどある中、計35人ほどの方がお見えになり、お子さん連れもちらほらだったので、会場はちょうど満員という感じに。

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会の終了後、会議室を閉めた後も、多くの方が廊下に残っていろんな輪を作り、会の内容などについてお話していた姿がとてもうれしかったです。
でもそれは、後半のディスカッションの時間が足りなかった、自分も何か喋りたかったのに~、という証拠でもあるのかなと(笑)。アンケートにたくさんのご意見もらえたのもそういうことかなと。

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(facebookの投稿より)

最後に、アンケートなど、皆さまからいただいた声の一部をシェアします。もう、私、アンケート読むのが好きすぎて……たくさん書いてくださってありがとうございます❤

「→」のあとは、私からのコメントです。見づらくてすみません~! 以下長文になりますが、レッツゴー!

 

●共感したところ、よかったところなど

・社会というものを多面的にとらえるいい機会になった

・立ち止まり、考え、(自分の頭の中で)言葉にしていく良い時間になりました
→そう、言葉にしようとすると自分の考えがすごく深まりますよね♪

・専業主婦のお2人が今を楽しんでいること、専業主婦から仕事を始めたお2人が一歩ずつ夢を実行してきたこと、勇気づけられた

・地域活動で声の大きい人の意見が通りやすい現実がある中で、そうでない人の声を拾いたいと思っていた。専業主婦でもしっかり意見を述べる2人の姿、参考になりました。

・自分もやりがいのあった仕事を夫との時間のずれで辞めてしまった。でもパネラーの方も言っていたとおり、辞めたからこそ気づきもあったし、出会いもあった。

・生活(お金)のシビアな面も少し聞けて良かった。人生の豊かさはお金だけでは測れないけれど、お金も大事。
→本当に!「お金」をテーマにしたディスカッションもやってみたいぐらいです(真顔)

 

●心に残ったエピソードやフレーズなど

・「私の悩みは社会問題なんだ」心が軽くなった

・「チャンスの神様は前髪しかない。波は自分自身で起こす」今の自分に足りないところだと思った

・「子どもが小さいとき、八百屋さんとお話するだけでもうれしかった」 自分もそうだったと思いだした

・「オキシトシン(幸せホルモン)」 あふれる世の中になったらいいですね

・「たいした人間じゃない人間なんていない」

・「親だからこそ、我が子だけじゃなく社会も育てるという視点」

・「子どもの代弁者が必要」

・「声を上げることが大事」

・「念ずれば花開く」

・「自分の壁は自分で作っている」

・「男らしさ、女らしさより、その人らしさだよ」

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●所感、気づきなど

・退職して外に出る場を失ったときに感じた孤独感は皆同じなのかな、親からの刷り込みの呪縛など似ていると思いました

・収入の有無にかかわらず、1人1人がかけがえのない存在(人権意識)という意識がもっと増えてくるといいなあ
→当たり前のことなのだけれど、本当の意味で浸透しているとはいえない意識ですよね・・・。

・男性が、働くこと・稼ぎでしか評価されない風潮を変えないといけないなあと思います。評価ってなんだろう?

→そう! 女性の側だけでなく、男性の働き方やその背景にあるものを変えていかなければならないのですよね。以前、「ジェンダーの問題は結局は労働問題に帰する」というお話を聞いたことがあって、深く納得しました。

・専業主婦でもとても価値のある地域活動をされている方に対して、報酬って出ないのかなあと感じています

関連して、 島田 和子 (Kazuko Simada) さんがとても興味深い投稿を。「収入の差は、“わかりやすさ”の差。家事育児や介護、地域活動など、わかりにくいけれど価値のある活動が続けられるよう、価値に見合った報酬があったら…」 すばらしい所感なので全文のURLもご紹介しますね https://www.facebook.com/kazuko.shimada45/posts/1903272799948599
(facebookされてない方は読めませんねすみません。されてる方は「公開」モードになっている記事なのでどうぞごらんください。)

●もっと・・・

・デンマークのことをもっと知りたい

・最後に、「今のあなたの眠れる力は何ですか?」という話を聞きたかった。

・ワークショップスタイルで参加の皆様ともお話できればよかった
→私もです!!

・もっと周りの人の巻き込み方についても考えていけたら

・よりよい社会に向けてどういった仕組みが必要と思うか?という話を聞いてみたい。
→私もです!!(再) 時間が足りませんでしたよね。またいつか!

・「声を上げよう」「手を上げよう」「対話をしよう」の三本柱はとても大切だけど、実はそういう活動未満の「ザワザワした気持ち」の受け皿が必要かなあと思いました。ザワザワ層の人たちの一歩が難しくて大切。「まだ道の途中で、途中乗車OKだよ」というニュアンスを伝える。

→そう! 本当にそうなのです。次のような感想ももらっています。

・専業主婦です。まさにモヤモヤして今回来ました。全く不幸じゃないし夫も協力的だけど、子どもも大きくなると自分自身の活動を思い始めました。パネラーさんたちの一歩踏み出した姿が眩しいです(そう思っていることがモヤモヤなんだと思います。勇気を出すキッカケにできたらいいな)

→「眩しく見えることがモヤモヤ」! そう、すごく本質的だー! そのモヤモヤをどう一歩に変えるか、そこなんですよね。「一歩を踏み出した経験がある」方には、大いに共感や発奮していただけるお話でも、「今現在、専業主婦。今現在、モヤモヤしている」という方には、もしかしたら今日よりさらに踏み込んだアプローチがあったほうがいいのかも・・・。今後の課題です。

そこで、「ザワザワ層の受け皿を」という感想をくださったサニーさんは、「気楽に」「楽しく」「敷居を低く」という三本柱でのアプローチを提案。本当にそこですね・・・!

そして、「声を上げる」「手をあげる(←暴力じゃないよ。挙手ね。念のため 笑)」「対話」の三本柱が大事なのは、社会に対してもだけど、「夫婦」の間でも同じなのだと。そう、この日は、夫婦の話ももっとしたかったんですよね~!

ご自身のブログにもっと詳しく感想を書いてもらいました。「育児以前に、夫婦という小さな社会を作ろう」という話、ぜひ読んでみてください♪

lifeismine.me

 

皆さんからのフィードバックから学ぶところがすごく多いです。本当にありがとうございました。新たなテーマや掘り下げどころがどんどん出てくるのを感じます。またいつか!

写真はすべて、「ママじゃな」カメラ担当のちひろちゃんに撮ってもらいました。ありがとう! 登壇者の方には掲載許可とってます。

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卯月の八

●4月某日: 日曜日の今日は、サク、夫と一緒に小学校まで歩いてみる。道はちゃんと覚えているもよう。午後から、幼稚園のクラスのみんなでお花見をしようという呼びかけがあって、私は昼ごはんを適当に済ませてからぼちぼち行こうかなーと思っていたら、小学校から帰って来た夫が「すごいいい天気! 外で食べたら絶対気持ちいいぞ」と言う。言って、自分で弁当を作り始めるので、何の否やがありましょうw 

おにぎり・卵焼き・唐揚げ・野菜いろいろポテサラ・苺など詰めて(詰めたのも夫)、意気揚々と公園へ。思い思いに来たり帰ったりだったけど、17人のクラスで12,3家族と会えた。子どもたちは、幼稚園からのお散歩&外遊びコースでもよく来ていたところなので、勝手知ったるといった感じで、弁当もそこそこに切り上げて遊びまくる。サクも早々に長袖を脱いで肌着で走っていた・・・。

自然と、お父さんチーム・お母さんチームという感じで集まって、それぞれおしゃべり、そしてビール・チューハイ・焼酎・日本酒・ノンアル・・・たくさんの空き缶空き瓶。夫もちゃっかり、小さい焼酎&水筒にお湯を詰めて持ってきていた。やる気あるなw 小腹がすくと戻って来る子どもたちにおやつとかあげながら3時間超。途中から日がかげって風が冷たくなったけど、桜は満開だった!(でも写真を取り忘れた)。中途半端に飲み食いし続けたので、夜ごはんは軽めに、けんちんそば。

 

『おんな城主直虎』 第24話 「さよならだけが人生か?」

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おとわがまともな策を考え、政治を心得た発言をすると、「もうおとわはおらんのじゃのう…」と遠い目になる南渓和尚。ということで、直虎立派な殿として出来上がりつつあることが強調された今回でしたが、それをけしかけるっつーか、「女子にこそあれ次郎」を始め、おとわを直虎にした大人たちの一人が南渓、アータよね?! そこんとこわかってる?!と問い詰めたくなるのでした。呑気にさみしがる無責任さが、いかにも佳子さんの書く男性キャラだ・・・。
 
互いに好もしく(男女の情、というより人間同志として面白く、という感じか)思っていたのにもかかわらず龍雲丸が直虎のもとを去っていったのは、直虎が井伊という武家の「殿」だから。一方で、一生懸命つとめてきた結果、家中のみならず他家でも「殿」として認められつつある直虎は、けれど女だから「直虎様ならあの方に嫁ぎたいと思いましたか?」などと尋ねられる。男の殿なら絶対に聞かれない質問だよね。
「殿だから」去られる。「殿なのに」女子としての質問をされる。直虎の人生はやはりハードなのである。
 
海老蔵の信長、登場。扮装もだけれど声とセリフ回しがまた何とも。どいつもこいつも人間くさい登場人物だらけの中で、屹立する虚像っぽさ、実在感の薄さだった。また出るのかな?
 
そんなエビ様信長にびくびくする阿部サダヲの演技はもちろん絶品で楽しめるんだけど、久しぶりの家康-瀬名の場面が今回、けっこうな衝撃で。夫の久しぶりの訪れに鮮やかな口紅をさして迎える瀬名。「そうしていると竹千代の父上みたい」持って回った口ぶりの皮肉。「我らは何度この話をしているのか…」悲しみを口にしながらも、夫を膝に抱く仕草は艶めかしくて・・・・なんちゅー馴れ合いじゃ!!
 
瀬名は諦めや絶望に近い気持ちを抱きつつも、夫を慕い、恃みにしている。するしかない、というか。切ねぇよ~。大今川の太守さまの正室の座を夢見ていて、家康なんて歯牙にもかけなかった誇り高き瀬名さまが・・・。
 
 
あの短い場面で、家康がよそにも女をもっていて、甘え上手で、でも女に溺れたり操られたりするのではなく主導権はしっかり握ってて、そこには男らしさというよりちょっと酷薄さが漂っている…というのが伝わってきて、脚本も阿部サダヲも(そして受けの演技の菜々緒も!)すごいのであった。
 
でも、家康の酷薄さは彼自身の権力志向につながるのではなくて、彼は家臣など周囲の者たちにまつりあげられそそのかされ急き立てられて国盗りレースに参加している、ということだよね。そして「もっともっと強く」と望む一人には瀬名も入っている、というのがまた、作家の容赦ないところよのう。
 
前作「真田丸」の内野家康と、小心で怖がりなところはちょっと似ているけれど、なかなか情の深かったあちらに対して、こちらは酷薄。幼少期からの人格形成を大事にする森下脚本だから何となくわかるんだよね。家康は長い人質生活で、人の情愛から遠いところで育ってきたのだ。そういうところは直親と少し似ている。
 
「周囲に求められて否応なく殿になった」という面では家康と直虎も似ているのだよね。でも直虎はさまざまな情愛に包まれて育ってきて、そのため今もきわめて有機的に家中の者たちと結びついている。という面では、対称的。女だし僧でもあるので性愛に縁がない直虎と、これから山のような側室をもち子どももたくさん産ませる家康、という面でも、対称的だね。
 
で、立派な殿になりつつある直虎が、暇をもらって下がろうとするたけに対して昔のように渾身のダダをこね、やたらめったら泣いたりわめいたりしてきたたけがニッコリ笑って「とわ姫様じゃ」と・・・・こんなん泣いちゃうじゃねーか!! たけを乗せた馬を引く直虎の仏頂面が見事な子供っぽさで、それがまた泣かせる。それにしても、「井伊の屋敷でよぼよぼになって死ねばよい!」って、ひどいw 佳子さま節炸裂の言葉選びだなwww
 
“たけ”にそっくりな姪っこの“うめ”があらわれたのは、最初どういうことかわかんなかったけど(どんなに顔がそっくりでも当然ながら別人だから、たけの代わりになるわけはない)、それこそがキモなんだろうなあと今思ってる。男たちが次々に死んだあとに、女の直虎が「殿」になり、人手不足ながらも細々と井伊の命脈をつないでいるように、たけがいなくなってもうめがいる。中身は全然違うけど、そうやって人間は続いていく。
 
・・・というところで、さて政次はいつまでも独り者なのかーい?と思ったら、予告でなつさんからのバックハグきたぁーーー! そうこなくっちゃぁーーー!(ゲス)