水無月の二

●6月某日: 朝、町内の廃品回収当番。時間を10分勘違いしてて、朝からスゲー走った。その流れで、ランニングへ。9.6キロくらい。珍しいエリアを走って楽しかった。承天寺のほうとか、御供所町とか。空襲を逃れた地域なのか、意外に古い道も残っていたりする。後半、きつくなったけどがんばった。久しぶりに「きつくなってからがマラソンだ!」と自分に言い聞かせたよ。全然マラソンじゃないけどw 

帰ると、夫とサクの間に「午後から動物園に行く」という合意が成立していた。昼ごはんのざるそばにトッピングする野菜のかき揚げが超うまい。ちょっともう、総菜としてスーパーに並べてもいいレベルに達したような。夫よ。サクも「ざるそばにかきあげって、あうよなー」といっぱしのセリフを吐きながらよく食べていた。

で、午後から動物園。陽ざしが強く気温も上がってきたせいか、お客さんは少なめ。駐車場は満車だがな!!(平尾山荘あたりのコインパーキングに停めたよ…) 園内の地図を見ながらすべての動物を網羅していく。全部かわいいけど、サクのテンションが上がるのはやはり鳥類の仲間たちを見た時で、オジロワシ・オオワシ・ハヤブサやサシバなどがいるコーナーも良かったし、ふれあい広場のクジャクやツルもずっと見てたけど(触れ合えないけどw)、なんといっても放鳥舎に入ったときがピークで、自分で「おれ、どうにかなるかも・・・」とつぶやいたのを皮切りに、そこからの言動が本当にオタクであっぱれだった。

最後は、偶然にもペンギンのエサやりの時間をたっぷり見ることができたし、満足。楽しいよね、動物園。カカオロマンスに寄ってお友だちにあげるお菓子とか買って帰る。夜ごはんは手羽先の唐揚げ、ホタテと野菜のパスタ、もずく酢、わかめと大根のサラダなど。夫「今日もイメージ通りにできた!」とご満悦。
 
●6月某日: なんと。起きたら喉痛い、鼻ぐしゅぐしゅ、頭痛い。風邪が立派にぶり返しとるやないかーい! 一昨日の夜、そして昨日の昼間はめっきり治ったと思っていたのに、どこにしつこい奴が隠れていたのやら。ということで午前中静養。

夫とサクは近郊のイオンに行ってた。帰って来たサクが夫に手伝ってもらっておもちゃ棚の整理を始めたから何かと思ったら、スペースを作って新しいおもちゃを買いたい、と。イオンでキュウレンジャーのおもちゃを見つけたんだって。幼稚園時代ぜんぜん見なかったので彼はそこはスルーしていくかと思ったら、いま猛烈にきてます。ニチアサの波。1か月後がちょうど誕生日なのでそのプレゼントに、ってことで納得してたけど、「あーはやくこないかな!!6がつがたんじょうびだったらよかったー」とかクネクネしてたw 

昼下がり、友だちの家に、梅のおすそわけに行く。冷たい紅茶をいただきしばしお喋り。彼女はハセヒロにハマりまくって萌えまくって幸せそうだったw 帰宅して、うちでも梅の下漬けを始める。爪楊枝でヘタをホジホジするのはサクが手伝ってくれる。夜ごはんは、イサキの塩焼き、味噌汁、大根おろし、ブロッコリーときゅうり。
 

水無月の一

●6月某日: 昨日から喉が痛くて、夜中、目が覚めて痛みで眠れなくなってもうた。サクも昨日「のどいたい」と言ってたけどすやすや眠ってる。いいな子ども。おまけにすごい寒気までやってきて、毛布をかぶってもゾクゾクが止まらない~~~~~~と震えてたらいつの間にか寝てて、起きたらよくなってた。回復力!!! サクに「喉の調子どう?」と聞くと「いたくない」と涼しい顔。こちらもすばらしい回復力、と思ったら、よくよく聞いたらサクのピークは一昨日の夜から昨日の朝にかけてだったようだ。
 
さて、サクも一年生になったし、必要な時には合鍵を持たせようと思って作りに行った。待ってる間に他用をすませたり。
 
夕方はどんぐり文庫へ。絵本『すてきなあまやどり』と、ストーリーテリング『ヤギとライオン』どっちもすごく面白くて、その場にいたみんなの心がわくわく1つになった感じだった。

f:id:emitemit:20170817204008j:plain

夜ごはんは、ピースごはん、チキンハンバーグ(レトルト)、味噌汁、ポテサラ、レタス。
 
●6月某日: そういえば一昨日、通学路のツバメの巣が地面に落っこちているという悲劇が。いったい何の仕業か。ヒトか(某店舗の軒先にできていた巣だった)、風か、はたまたカラスか。まだ卵は孵っていなかったようだったけれど、カラスにとられてしまった可能性もある。しくしく・・・。ちなみに別の巣では(要観察中の巣が近所にいくつかあるのだw)、かわいいヒナたちが生まれてビィビィ泣いている。どんだけお腹が空いているのか、すごく身をのりだすので巣から落っこちそうでヒヤヒヤする。「ほんとうにおちて、しぬヒナもいる。」とは、図鑑で鳥の生態を詳しく学んでいるサク先生の言。
 
『俳句と暮らす』の感想、放送大学の通信課題。たくさんもらった梅で、とりあえず梅酒と梅酵素を仕込んだ。果実酒って飲み頃まで半年以上かかるらしいね。そしてきっと、解禁したら一瞬で飲み終わるんだろうね…w 残りは梅干しにチャレンジする予定で、いろいろやり方を調べているがどれがよいものか・・・。昔、母が漬けていたよなと電話で聞いてみる。「あ、そうだ、梅料理の本をプレゼントしようと思って買ってたのよ」と母。梅料理の本…。ニッチねw
 
夜ごはんは豚の冷しゃぶと餃子など。冷しゃぶには野菜もたっぷり。

五月の十九 / 詩織さんの事件とか

●5月某日: facebook投稿より
成田美名子の名作の1つ、
'90年代アメリカの大学生活を描いた『ALEXANDRITE』に
こんな1ページがある。

f:id:emitemit:20170816211517j:plain



幼馴染みで、お互いに意識し合う大学生男女。

「もしかして俺のこと好きなの?」
「違う違うそうじゃない」(恥ずかしくて逃げようとする)
「俺は本気で聞いてるんだ! 立ち止まってちゃんと話してくれ」(彼女の両肩に手をかけてグイッと自分のほうを向かせる、彼女、逃れようとして倒れこむ。)

そこに女性警官が通りかかる

「動くな! 彼女から離れて! 手を頭の後ろに!」
「誤解だ、彼女は幼なじみで」
「それが何? 夫婦間でもレイプはあるのよ」
 
『夫婦間でもレイプはあるのよ』の一言、
そしてこのあと本当に逮捕・抑留されてしまう主人公アレックス
当時中学生だった自分にはすごくインパクトがあった。

元TBS社員でジャーナリストの山口氏にレイプされたことを実名・顔出しで告発した詩織さん。

この数日、1人になるとこの件が頭に浮かんできて、やるせなさと怒りでつらい。

高輪署の捜査によって、タクシー運転手やホテルのベルボーイ、ホテルセキュリティーカメラ映像、下着から採取したDNA片の鑑定結果などの証拠が揃い、逮捕状までとっていたのに、「上からの指示」で執行は直前にとりやめに。
山口氏は首相に近い人物のようで、そのあたりをまとめたものも見たけどここでは割愛。
この告発で再捜査になるのかな?なるよね!! 

と、それを強く願うことのほかに、告発した彼女に対するネガキャンの数々がめちゃくちゃ気が重い。
賢い人だし、弁護士さん等もついてるから、顔出しで告発すればこういうセカンドレイプがあるだろうことは想定済みで、それも覚悟のうえでの告発なのだとろうけど。それにしてもひどい。

「ハニートラップ・美人局」
顔と実名晒してまでそんなことする意味がどこに? この先、働き口も限られるだろうし、家族や親せきが受ける苦痛も想像に余りあるだろうに。

「レイプ被害者が胸元の開いた服で記者会見に臨めるはずがない・不謹慎」
レイプに遭った人は生涯、とっくり着てろっていうのかよ!

「強姦は悪いけど、男性と2人きりでお酒を飲む行為自体に軽率さ・反省すべき点がある」
それ男性にも言ってね。「女性と2人きりでお酒を飲む時点で、強姦犯として疑われても仕方ない。軽率な行為」って。言ってね。

面識のある相手からのレイプって、日本ではすごく信用されづらいらしいね。
『「なぜ防げなかったのか」「隙があったからだろう」と言われてしまう。
被害者自身が「だまされた自分が悪い」と思い込むことすらある。』
(小川たまかさんの寄稿より:

彼女が顔を出して語ったもう一つの意味(小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース )


だから、告発件数がすごく少ないんだって。

今回の詩織さんのような告発に対して、「被害者も悪い」という目で見るのは男性だけじゃない。女性もそうなんだよね。みんなで「彼女の自己責任」にして片づけちゃう。
自分には関係のないことだと。迂闊だった人・運の悪い人の問題なのだと。

「露出度の高い服でも着てたんじゃないか」
「世の中こういうものなんだから、自己防衛できなかった彼女が悪い」

現実的に自己防衛することや我が子に自己防衛を教えることと、
「世の中こうあるべきだ」とは、まったく別の問題だと思うんだけどね。

今回のようなケースで、被害者へのセカンドレイプがやまないこと。
なんとなく、「かわいそうだけど女性にも落ち度があったんじゃないか」と思ってしまうこと。
人々のそういう心の在り方が、被害に遭った人の言葉を封じ未来を奪い、
新たな被害が発生する土壌を作ってるんだよね。

ミニスカート履いてようがベルスリーブ着てようが、
深夜に一人で歩いてようが、お酒を飲んで泥酔しちゃおうが、
同意なく行為に及ぶ奴が悪いに決まってる

人間は性別や年齢にかかわらず、
好きな服を着て好きな道を歩く権利があって
それを理由にしたりつけこんだりする犯罪は許されない
。。。ってことが常識になれば、告発件数が増え、発生件数も減るでしょう

『夫婦間でもレイプはあるのよ』
中学時代や高校時代、こういう考えが普通に描かれるマンガを読んでいた自分には、
昨今の壁ドンとか俺様系彼氏とか、マジで理解できない。

でも逆に、感性がまだまっ白なうちに、
俺様系彼氏とか壁ドンとかを流行りモノとして摂取したり
あるいは、「どうして?イヤなのに感じちゃう」みたいなAVとか見て育ったら、
それが普通なんだと刷り込まれちゃうんだろうな。

だから『逃げるは恥だが役に立つ』で、
いかにもマッチョな風見さん(大谷亮平)が、百合ちゃんに対して「壁ドン」ならぬ「壁ソッ」をして守ってあげるシーンは泣けた…。
逃げ恥ってほんとに、ジェンダーフリー & 世の中の固定観念に対するカウンターなお話だったよ。

サク、放課後の校庭開放に初めて行ってみる。開放してるから自由に遊んでいいよ~っていうわけじゃなく、子どもたちの安全を期すため、ボランティア団体さんが統括して、保護者が交代で“見守り”をして、参加する子どもは事前に親に参加カードを書いてもらって・・・という手続きのもと、行われているのだ。昨今は。初回なので4時半ごろ様子を見がてら迎えに行ってみると、シャワーを浴びたようにびしょ濡れになって(汗よ、もちろん)なんかして遊んでいた。

帰ると、「生活」の授業で摘んだ野の草花を紙に貼りつけたのを見せてくれる。「おおばこ」「なずな」「ひめじょおん」など、わかるものは名前も書いていて、和むね、こういうのは。
夜ごはんは野菜たっぷり焼きうどんとポテトサラダ。サク、ねむい~もうむり~と自ら白旗を上げて布団に行った。寝かしつけた(ってほどでもないけど。すぐ寝たから)あとリビングに戻ると、破られたカレンダーがペロッと床に落ちていた。。明日から6月だから今夜のうちにやったらしい。夫は飲み会で、泥よっぱらいになって帰ってくる。
 

『おんな城主直虎』 第32話 「復活の火」

f:id:emitemit:20170109220807j:plain

 

いろんなことが因果応報。そして人間とは業深い生き物。
というのが徹底されている森下佳子ワールドが結実していく政次編ラストであります。
 
直虎からの書状で彼女の策を読んで、「なんと面白い! 早く会ってみたいものじゃ」と言う家康。このドラマで初めて家康のポジティブな面を見たような。面識のない相手の奇策を面白がる好奇心を持つ人物。そして直虎が女領主であることに偏見を持たず無邪気に評価したのは、作中、彼が初めてなのでは。よっ、ニッポン1の豆狸!
 
でも、でも。家康は前もって井伊谷三人衆まで調略するという行き届いたところを見せたのに、それを徳川で誰よりも喜ぶはずの瀬名が、小野について暗いイメージを家康に与えてしまう・・・。でも瀬名にとっては母の因縁の相手、しょうがないんだよね。
 
三人衆と目通りしてきびきびと起請文を求める家康、近藤の言を受けて顔を引きつらせる家康、馬上考え込むような風情の家康、阿部サダヲの演技にいちいち含蓄があっていいわー。
 
これまでの2人の集大成にふさわしく、バラエティに富んだ、直虎と政次の囲碁シーン。殿様気分を味わいたいと嘯いてタメ語で喋る政次、それに乗って臣下の礼をとる直虎、けれど互いに慣れない挙措は長くは続かない。無事に策が成って徳川の国衆となったのちも、そのまま政次が領主をやったほうがいいのではと直虎は言い、政次はそれを止める。百姓にも商人にも、盗賊にまで慕われる領主がこの日の本のどこにいるかと。
 
「下りることなど許されない」それは、当初、(本来おとわを危険から守るためになのだが)「後見を下りよ、下りよ」の一辺倒だった政次からの、直虎への最高の肯定だ。でも同時に領主たることは直虎の人生の「業」だとも言っているように思った。適性を持ち、すでにいくつもの行動を起こしたものが最後まで引き受けなければならない業。
 
涙で視界をにじませる直虎に、政次は囲碁セットを持って縁側に出る。青白い月の光の下が、政次にとってのせめてもの「光」である。月明りの下での場面は、シームレスになつとのシーンに移り変わる。「戻ったら一緒になろう」と、これ以上ないほど典型的な「死亡フラグ」を立てる政次(笑) 
 
事が成れば直虎が還俗できるが?と尋ねるなつ。「自由奔放なおとわ様がうらやましく、殿をされている殿が好きだ。身を挺してでも守りたい。でもそれとはまったく別の意味でおまえが必要。手放したくない」 くーっ、ばか正直に喋ればそれでいいってもんじゃないんだぞ、ばか!!という森下佳子が描く男キャラだな政次。でも、こうやってばか正直に喋れる相手だから、なつが好きなんだよね。おとわの前ではそれができないから。
 
ばか正直な男の誠実さをなつは抱きしめる。
でもさ私は思った。政次は帰ってくるつもりなの? この件が終わったあとも命があるつもりなの?

前々回の、関口の前に直虎を引きずり出し、井伊をのっとったときに。見ず知らずの子どもを虎松の身代わりとして殺したときに、「この命に代えて井伊を守る」と思っただろう。「地獄へ行く」とも言った。もはや人としての道を生きられないと覚悟した。
 
それでも「一緒になろう」「おまえを手放したくない」と言うならば、人間の業って深い。どんな覚悟をして罪の意識があってもなお、「生きていたい」「幸せになりたい」と願う。
 
あるいは、もはや命が短いのを悟ったうえで、せめてひとときだけでも、自分のような男を慕ってくれたなつに報いるために、あんなことを言い出したのだろうか。来週、わかるのかな。
 
近藤がまさかこんな爆弾しかけ男になるとはね…。でも振り返ると無理もないんだよな。そして近藤だけではなく之の字だって政次を信用してない。「信用されないだけのこと」を政次はやってきたのだ。それは本当はいつだって井伊のためだったけれど、「騙す」とはそういう恨みを買い、信を失わせることなのだ。業が深い。
 

2017ロンドン世界陸上6日目、女子400決勝、男子200準決勝、男子400H決勝、女子槍投げなど!

五月の十八

●5月某日: 代休だがサクは早起き。朝ごはんのあと、絵の具を出して絵を描いたり、おばーちゃんに手紙を書いたり。10時、天神へ。かねて一度はと思っていたアクロス山に登ってみる。電車の中も街に着いてからも小学生の姿は多かったがアクロス山はカメラ同好会的な方々のみ。子どもって本当に上り坂とか階段とか強くて、ものの10分ほどで上まで上りきった。さすがに景色は良い。天神を一望。しかし暑いね…。

f:id:emitemit:20170815175158j:plain


またたくまに降りて、アクロスの中に入ると、素焼きの人形を生き生きとした子どもたちの姿にした「あかり絵の世界」の展示があっていた。サクも夢中。が、それにしても・・・「足がガクガクしない?」と聞くと「する!」とサクも。階段が足にきてます~。
 
イムズに映ってディック・ブルーナ展。写真とっていいよコーナーに誰もいなかったのでサクと交代できゃーきゃー言いながら互いを撮りあう。こういうことは、夫とはしないし息子ともできる年代は限られてる、今しかできないことですな。

f:id:emitemit:20170815175301j:plain

夜ごはんは、豚と野菜の味噌炒め、豆腐サラダ、とうもろこし。母と電話、「ほら、今『ひよっこ』に出てて」「『あまちゃん』にも出てて」「映画監督の奥さんで」…って2人してどうしても宮本信子の名が思い出せず、通話を切ってからソッコー検索したよね。
 
●5月某日: 夫、有休。朝、サクをちょっとそこまで送っていく係をやると言うので、一緒に投稿してるお友だちの家に事前連絡しといたら、そちらもお父さんが送っていくと言う。男旅だね。旅ってほどでもないけど。月に一度、昼休みにお母さんたちのサークルが読み聞かせをやっているというので、見学に行く。北校舎のほうには初めて本格的に入った。聞きに来るのは主に低学年の子たち。手遊び歌をやったあと、おはなしのろうそくに火をつけるのはどんぐり文庫と同じ。

絵本は『てじな』と『そらまめくんのベッド』だった。おはなし会の場ってやっぱりかわいい。その後、図書室を見学できることになり、移動しながら他の学年の教室の様子(昼休み)をチラチラ。面白い。図書室は、今や小学校もバーコードリーダーみたいなの読んで貸出するシステムみたい。先生たちの顔写真&PR文を帯にした「おすすめ本コーナー」もあって面白かった。しっかし、暑い! 30度超。幼稚園もエアコンはなかったんだけどw 小学校では、暑い中、勉強するんだもんだなー。

夜ごはんは、たっぷりサラダの上に地鶏グリル、紫玉ねぎや青じそ、小葱など薬味たっぷり散らした上にアジ刺、そしてクリームグラタン。夫「今日は、イメージ通りにできた!」とホクホク。刺身や野菜も、安くていいものが手に入ってものすごくうれしかったそうです。かわえー奴。ビール、白ワイン。友だちのおじいちゃんが梅をいっぱい持ってきてくれる。
 

2017ロンドン世界陸上5日目、女子1500決勝、男子110H決勝、男子障害3000決勝、男子棒高跳び決勝、女子200予選など!

五月の十七 / 運動会

●5月某日: 今年の弁当は家族3人分なので、夫も私も余裕の面持ちな2017年運動会の朝。夫が卵焼きと唐揚げ、私はおにぎりとポテサラとベーコン巻、飾り切りのにんじんとりんごって感じ。あと適当にミニトマトとか、いただきものの煮豆とか詰めて出発。
 
すると先に行って場所取りをしていた夫から「サクが赤白帽子を忘れている」と絶望的なLINEがくる。今どきの小学校は私服で行って体操服等はリュックサックに詰めていくんだよね。しかし私は玄関先で「帽子入れたよね?」と聞き、サクは「うん」と答えたぞー! 
 
夫に弁当を渡してダッシュで家まで帰る。走った、走った。ほんと、日ごろから走っといてよかったよ。和やかに小学校をめざしている幼稚園時代の友だちお母さん&お父さん、すれ違いざまに「あ、おはよう~」と言いながら風のように(言い過ぎかw そこまで早かぁないw)通り過ぎる私に怪訝な顔をしておったw なんとか家の中で赤白帽発見し再び学校へ。1年生の最初の演目に間に合ってよかった。
 
各学年、ダンス(表現)系・徒競走系・競遊系の3種類の演目がある。1年生のダンスはゆずの「OLA!」タイトルからわかるようにクレしんの主題歌だったそうで。思い思いのバンダナを首に巻き、手作りのペットボトルマラカスを両手に踊る。サクの幼稚園ではこういった「お遊戯系」は一切なかったので新鮮だったらしく、家でも従前から相当踊りこんでいただけあってうまかった。「ここは2人1組になって」「ここは赤組の人はこう、白組の人はこういう振付」「ここはウェーブ」など、各所の見どころをいちいち事前説明してた姿が、自分の小学生時代を彷彿とされて生暖かい気持ちになったものだw いかにも1年生、といった感じの元気いっぱいの振付がかわいい。
 
徒競走系は40m直線のかけっこ。4人1組で走る。サク、練習に引き続いて1番になってた。3年生くらいの同じく徒競走を見た後に1年生を見ると、やっぱ小さいね当たり前だけど。競遊系は、チェッコリダンスの音楽に合わせてやる玉入れ。これ、このあたりの小学校みんなやるらしい。ダンス~玉入れ~ダンス~玉入れのリピート、2・3回かと思ったら6、7回やってて、これ大人には無理だなーと思ったw けっこうきついでw
 
なんせ自分が児童だったとき以来の小学校の運動会で、変わったことも変わっていないことも見るものすべてが面白い。全員で立ったり座ったりする号令に応えて「ヤー!」と全員で叫ぶ福岡の謎の風習(謎だと知ったのは大人になってからだけどねw)は健在である。しかし、かつては「立て!」「ヤー」「座れ!」「ヤー」と、命令形だった号令をかける側の言葉が「立ちましょう」「座りましょう」と呼びかけ形になっていた。
 
時代! 組体操も騎馬戦もなし。見映えのする演目をこなすために子どもが大けがするのは悲劇なのでいいと思うが、6年生のラスト競技がリレーっていうのは・・・・・リレーって見る方は超絶楽しいけど、やるほうは足の速い人以外はどーなんかな。組体操の代わりにやってたフラッグパフォーマンスみたいなのも、見ごたえがイマイチなのはまぁいいとして、あれやってる本人たち楽しいのかな?と思わされた。組体操がなくなったのはどうも1,2年前からっぽいので、まだ試行錯誤なのだろうな。応援合戦は四半世紀前とほとんどちょっとも変わってない感じ。これもう、日本の伝統文化よなw 
 
一番驚いたのは、保護者の観覧風景。構内の敷地の隅々にまで、キャンプ用のテントが、いったい何百個立っていただろうか! うちは基本的に大人2人だけだし、そもそもテント持ってないので、トラックの周辺に立つ町内ごとの大きなテントに陣取ったが、おかげで人口密度が低めでゆったり見られた。
 
他の学年の演目を見るのも好き。ダンスとか、みんなで同じことをしていても、ちょっとした個性が見える時が面白い。一人だけポンポンを忘れてるのに、素手でめっちゃ元気に踊ってる子がいたり。4年生くらいになると、リズム感がゆるいとかいうんじゃなくて、「あー、運動会とか、こんなダッサい、かったるいことやってられんわー」って感じでみんなより遅れてる子とかいるのも面白い。
 
全校生徒でやる大玉送りでは、玉が暴走してコースを外れそうになるときにフォローする役割の子(たぶん6年生)がいるんだけど、うまいことフォローしてコースに戻せると、その係の子同士でガッツポーズをしたりハイタッチをしてる姿がかわいかった。それにしても、速い人が走る姿って美しいね。ほれぼれする。私は「走る姿フェチ」だな、と再確認。
 
所属していた白組が優勝し、サクは大喜び。
 

『おんな城主直虎』 第31話 「虎松の首」

f:id:emitemit:20170109220807j:plain

 

ほんっとうに森下節ばりばりの作品で私はうれしい(泣き笑い)
 
屋敷から立ち退いて、あばら屋で井伊の面々に今後の企図と政次のことを告げる直虎。
「そうだと思っていました!」と眉宇を明るくする六左も、「それも含めて但馬に騙されているのでは?」と疑る之の字も、ともに彼らのキャラクターであり直虎を思う気持ちが篤い。
 
之の字の疑念に一同がウーンと暗くなると、「但馬は碁でずっと待ってくれる!だから信じられる!」と立ち上がって叫ぶ虎松には将来の片鱗が見えるのだけど、そこで終わらせず、直久にも「井伊が大事だからそういう教え方をするんだ」と言わせる脚本のなんとフェアで気持ちいいことよ。主人公(や、のちの井伊直政)だけにいい恰好させないんだよね。
 
六左の「鎖帷子を貸してくだされ!」は、大向こうから「よっ! 六左衛門!!」と声をかけたくなるような名場面であった。そして旅立つ彼らに「武蔵坊弁慶とはあのような者であったのかの」と言うのが本当に本当にすばらしい。本当にそうかもしれないと思った。心やさしく気弱で非力な大男が自分を奮い立たせて熱い心から忠義を尽くしたのかもしれない。で、腕自慢で小柄な之の字が「武蔵坊弁慶を愚弄しておられるのか」と笑うのもいい。愚弄なんて言葉を使いながら、彼が六左を軽んじる気持ちのひとかけらもないことが伝わってくる、脚本と矢本悠馬の演技である!
 
前回、「そっかー、直虎に首をとられるから、こんなに、『殺されて当然』ぐらいにヤな奴なのだな、関口・・・」と思ってたら、今回、氏真にささやかな抵抗を示す場面があって、ここで複雑さを出してくるなあ、と。度を越した苛烈さは禍根を残す、と思うまっとうさと、手ぬるさ。氏真のほうは、寿桂尼に死なれてから彼女の呪縛で抑制できなくなっているように見えて、実際、直虎は三河と結んでいるのだから、やはりその判断は正しくもあり、一筋縄にはいかない脚本だよねええええ。
 
でさ、関口が、氏真に厳命されたら、もう迷いなく思いきり上から政次に虎松の首を求めるところが、またいいんだよねー! そこで即答する政次もいいんだよねー!
 
高橋一生は、どうやって目から表情を出し入れしてるのだろう。屋敷に乗り込んでくるときとか、完全に黒目が死んでたよねw
 
で、くだんの「地獄へは俺が行く」ね。
まず、あれを言った相手が自分の家来たちだったのが、オオッいいね!と思いましたのです。直虎に向かって言ったのであれば、「どこまでカッコつけるよw」って、ちょっとプクってなるとこだったのでね。
 
で、地獄へ行く覚悟するくらいだからどんな悪行やらかすかと思いきや、子どもを一人殺しただけだった(と、敢えて書きますとりあえず。)というのが、本当に本当にすばらしくて森下節だと思いましたです。
 
血で血を洗う戦国乱世の武士が、たぶん身分の低い、しかも疱瘡で放っておいても死んでしまうような子ども1人を殺して虎松の身代わりにしたとて、なんの罪悪感がありましょうか。
高坂弾正は今川の家臣をだまくらかして調略したあげくに生首を投げ入れて哄笑してましたよ。そんな世の中ですよ。
村には「解死人」というシステムもあった世の中ですよ。
それなのに、疱瘡の子ども一人で「地獄に行く」と言う男なのです。政次は。
人として、なんとまっとうなのでしょうか。なんと優しく、弱いことでしょうか。そして、どんなにまっとうで優しい人間であっても、罪もない子どもを殺すことの、なんと引き返しようもない罪業でしょうか。まっとうな人間でいられなくなる所業でしょうか。
 
はじめ、亥之助を身代わりにしたのではないかと思ったんだよね。それぐらいの脚本、この人なら書くなと思って。そういう「寺子屋」的な筋書きって、日本の芸能の王道でもあるし。
でも、亥之助じゃなく、見ず知らずの死にかけの子どもだからこそ意味があるんだよねと思う。亥之助だったら、浪花節になりすぎるというか、別のドラマ性が生まれてしまう。どんな命であっても、命を奪うという罪悪は同じだと。
 
見ず知らずの、身分低い、死にかけの子ども1人を殺すことで、それが直虎のためならば微塵の後悔もないけれども地獄に行くほどの罪だと認識している政次と、政次にそうさせてしまった直虎の悔恨、「自分も同罪だ」と背負いながら今後生き続けるであろう直虎。これが核なんだと思う。
 
「そして、どんなに暴力に満ちた時代であっても、殺人とはそれほど重いものだ、人としての道をたがえることだ」と描き出す森下脚本だと思う。
 
傑山に矢を向けられて、虎松が失禁したよね。子どもでなくても当然の反応だと思う。でも、大人の力にかなうべくもない子どもだから、なおさら胸が痛むよね。政次に殺された子も、意識があったのであれば、きっと失禁しただろうね。たとえ龍雲丸の言うとおりに、親に金を渡せて役に立ててうれしい、と思ったにしても、殺される瞬間はどんなにか怖かっただろうね。それを容赦なく殺したんだよね。「政次萌え~ 政次と直虎の関係萌え~」って萌え萌えしてる視聴者に冷水ぶっかけるような苛烈な脚本だと思いましたです。
 
それにしても、直虎の尼姿は美しいですね・・・。
 

2017ロンドン世界陸上4日目、女子10000決勝、男子200予選、川内インタビューなど