moonshineをお読みの皆様へ:2017年版

※少しの間、この記事を一番上にしておきますね。

こんにちは、moonshineを書いているエミです。

このブログでは2010年から年に一度、「メールくれくれ企画」というのをやってまして、なんの捻りもないゲスぎみな名前のとおり、読んでくださってる方々に「メールをください」とお願いしています。免許更新のように、健康診断のように、私の誕生月である9月にやっております。

こういう機会を作れるのは長いことブログやってる醍醐味だし、フィードバックをもらえるとやはりいろんな気づきなどがありますので、今年もやろうと思います。めんどくせーなー、と毎年この記事を舌打ちしながらスルーしてる方がいたらごめんなさーい。

いつもいつも、聞かれもしない自分の話をだらだらと垂れ流しておりますが、どんな記事をどんな感じで読んでもらっているのか?
このブログ以外に【ママじゃない私 ポートレート 】や【ライフイズマイン 】にも記事を書いていますので、そちらを読んでくれてる方がいたら、その旨も教えて下さるととても喜びます。

それから、どんな方が読んでくれているんだろう?ってことです。個人情報、熱烈歓迎です(笑)。私の記事に多少なりの興味を持って読んでくれる人はどういう人なんだろう?といつも興味を持っています。ご自分の趣味のこと、好きな本やドラマの系統、家族やお仕事などの周辺環境、最近思っていることなどなど、何でも。他所に漏らしたりはいたしません!

ということで、メールフォームには以下のような設問を設置しております。

•「コードネーム、年代、性別、お住まいの地域。 ご職業。」
•「いつごろ、どんなきっかけで、この日記をお知りになりましたか?」
•「このブログで興味のあるカテゴリ、話題など」
•「ご意見ご感想、貴方様の自己紹介、おすすめの本、twitter / facebookアカウントなどなどなんでも」

もちろん気が向いた項目のご回答だけでOKで、空欄があってかまいません。文字数の制限はないはずなので、私の記事ばりに長く書いていただいて大丈夫です(笑)。メールアドレス等、ご連絡先を記載してくださった方にはお返事をさしあげていますが、こちらももちろん記入は任意です(お返事には1週間程度かかる場合がございます。ご了承くださいませ)。

私のアドレスemit9024あっとyahoo.co.jp やツイッターアカウント宛てでもOKです。

一期一会の方もあれば、それをきっかけに、twitterでフォローし合ったり、そちらのブログにお邪魔するようになったりするような方もあり。また、年賀状よろしく、この機会に年に一度のごあいさつを交わさせていてだいてる方もあります。ありがたいことです。(あ、かといって、「去年も送ったから今年も送らんと、アイツが気を悪くするんじゃなかろーか」などというお気遣いも無用ですので〜)

気が向いた方、どうぞ、メールフォームをお開きください。お待ちしておりまーす。

メールフォームはこちらです→→→ ★moonshineをお読みの方へ★


『おんな城主直虎』 第37話 「武田が来たりて火を放つ」

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TLでもさんざん言われてたけど、“とわ”の美しさが尋常でない!!!!

次郎法師→直虎(「我が井伊直虎である!@辻が花の着物)へのクラスチェンジも印象的だったけど、ほとんどすべてを失って直虎→とわになったタイミングで額を出し髪を伸ばすのだねえ。ああ、うまい演出。女たちに混じって農作業をする姿の異物感がすごい。視覚情報だけで「なんか違う」と感じさせる。

龍雲丸との生活も同様で、こちらは美貌レベルがしっかり釣り合っているのにもかかわらず、ほんの短い時間でも「コレジャナイ」感が漂う。唐突すぎる方久-あやめカップルの「そういわれてみれば何かしっくりくる」と対照的であるw

なにか、暗さが根底にあるんだよね。一緒に暮らしているのだからいわゆる夫婦生活なのだろうに、とわはいまだに「かしら」と呼んでいる。それは本当の名前ではないのに。龍雲丸のほうも異議申し立てしてない。母が認める仲であっても、他の女との姿を見て顔をゆがめ、山芋で殴るくらいのことはしても(それにしても山芋で殴って折れるっていう描写は大河でも珍しいなw)、薄闇の縁側で男が女の髪の毛を梳くような艶めかしい場面があっても、やはり暗さを見てしまう。

(政次との夜の場面は“清く正しい囲碁に尽きる”だったわけで、同じく夜の縁側で俗世に戻ったことを象徴する髪の毛を梳いているという描写は、龍雲丸ととわの関係を強調してるよね。セクシ~)

とわと龍雲丸が出会ったとき、2人のシーンは明るかった。ドラマ本筋のしがらみを忘れられるような、屈託のない2人の関係だった。それが、互いにボロボロに傷ついて、互いに寄りかかるしかないというところまできて一緒になった。切ない。

武田が攻めてくるだんになり「一刻も早く堺に発とう」と言って、迷うとわを急き立てて気まずい雰囲気になる…というのがありがちな作劇だと思うんだけど、このドラマでは「早く行け」を和尚が言い、龍雲丸がそれを遮ったのが何ともホッとしたなー。

なんだかんだいって、危機となると生き生きして見える2人である。直虎ちゃんの男装2回目ありがとうございます。ほんとうに、絵の世界から飛び出したように美しい人ね!

慣れた風情で逃散する井伊の領民w 以前、自分がやられた手を使うおとわw 足をひきずりながら寺にやってきて文句言って去っていく近藤@橋本じゅんの演技が、さすが舞台役者って感じだったw

劣勢必至の徳川勢として戦うか・・・武田に帰順するか・・・去年に続いて、美しい大義などではなく、中小国衆がどうやって生き残るかという話。「生き残るために逃げる」という、物語的には特に見るべきところのない近藤の選択が印象的に描写されていた。自らを「山猿」と称してもここで「三十六計逃げるに如かず」を諳んじる教養はあるのが近藤で、下働き女の高瀬にも礼を尽くす。そして「武田にはつかない」というせめてもの抵抗であり誇り。

之の字の「ここが落としどころでしょう」もよかった。みんな少しずつ成長しながら戦国を生きている・・・!

で、三方ヶ原の家康である。思いきり笑わせに来たw 

「遠江を武田に割譲して和睦を結ぶ、織田にはしばらく黙っていてもらう」というドライな案を出す家康がサイコー、そういうセリフをきびきびとこなす阿部サダヲがサイコー、そのタイミングで佐久間信盛が入ってくるw 

ひきつった顔での「えいえいおー」から瞬時にドリフ的な汚れ顔で大敗北での帰還場面に転じ(爆笑)、放屁の音までで「わかるやつにだけわかればいい」な描写にとどめず、焼け糞そして酒井忠次の太鼓、しかみ像まで全部やりきったw くどいなww みのすけに尾美としのり、そして高嶋政宏と、役者がそろっているのでとにかくおかしかったw 

 

 

文月の四

●7月某日: 夜中じゅう続いた雷雨で寝不足。あの豪雨とひっきりなしの雷鳴の中、ぐっすり眠れる子どもがうらやましい。朝になっても弱まりはしたもののゴロゴロと続いているし、雨雲は引き続き福岡にとどまっているようだし、一昨日ではなくて今日を休校にした方がよかったんじゃない?ってなもん。隙を見るようにして、学校の近くまで一緒に歩いて送っていったけど。朝倉や日田のほうでは大変なことになっている。雨でこんなことになるなんて。まさか雨で。

午後は授業参観。みんな、自分のお母さんを探して、見つけるとニコニコしたり、時々振り返って手を振ったりしている。まだまだかわいい1年生たちである。サクもそう。隣や前後の子とちょこちょこ喋ったり笑いあったりしている様子もあり、慣れてきたんだなあと思う。

授業は前回と同様、国語だったんだけど、前回と同様、ううむ・・・であった。他のクラスも廊下からちらちら見たけど、板書まで含めてほとんどまったく同じ授業やってるのな。教師にかかわらず均質な教育ができるということかもしれんけど、あまりにもマニュアル化&進行優先になってしまっているような・・・。こういう授業と毎日の宿題を見ていると、そりゃ子どもは勉強嫌いになるし、横並び思考で自分の考えを持つなんてほど遠いよなと思ってしまったり。今度は他の科目の授業を見たいもんである。

夜ごはんは、かつとじ、野菜&春雨サラダ、トマト。夫が2日ほど前に揚げてたカツを野菜と卵でとじたんである。めちゃウマ・・・!

 

●7月某日: 昨日はワードでいなとみ修二氏への質問事項、今日は歴史勉強会のパワポ資料作り。私はいったい、何をしているのであろーか?と、ふと我に返る。ま、いいや。

昼は友だちの家に4人集まりランチ会。幼稚園時代、近所でとてもお世話になったママが、1学期終了後、東京にお引越しすることになったので、お別れ会を兼ねている。あと1か月弱あることもあり、お別れの実感はまだ薄く、みんなで喋り倒した。でも、淋しいのぉ。友だちが作ってくれたベーグルランチが絶品! サクが誕生日プレゼントの「星座ブラスター」(←日曜朝の戦隊の武器ですよ!!)をフル稼働させているが、こういう音も割と聞き流せるようになるのが親というもんでしょうか。そんなに好きか、と思うぐらい愛用し、なりきっている姿は面白い。

夜ごはんは、チャーハンを作りきゅうりとトマトとシソを切って、あとはポットローストなど残り物で。夫は飲み会。

 

『春になったら苺を摘みに』 梨木香歩

 

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

 

 

ひと月ほど前の旅行に携行して3年ぶりくらい?に読んで、ところどころ涙して、今これを書くためにもう一度パラパラやって、また泣いているという・・・。

思えば20代半ばでこの本を読んだことは私にとってものすごく大きい。というか私の人生の10冊に入るかも。これまでにもう何度読み返しただろう。梨木さんの著作に見える生き方は「思索と行動」で、洋の東西を問わない歴史や自然科学への深い造詣を根っこに、さまざまな場所へゆき人と関わり合って感じる。考える。深いコミットメント。そう簡単に真似できることではないけど、そんなふうな大人になりたいなあと私は思った。

20代の頃の私には、ウェスト夫人が下宿させたり面倒を見たジョーや、イヤビや、ハイディの物語が印象的だった。ウェスト夫人は、寛容で博愛精神あふれるチャーミングな人(皿や体を石鹸で洗ってもすすぐことをしない、という英米人のやり方をからかわれても、「それが何か?」とわざと噛みつくように言って澄ましている・・・というエピソードが昔から大好きだった)というイメージで、要は、いつでも優しくて素敵なお姉さんだった。

私はいつも、筆者を含む下宿人たち、ウェスト夫人に庇護される人々の方に感情移入していたんだと思う。それが今回の再読では、「子ども部屋」や「それぞれの戦争」の章が屹立して見えた。

ウェスト夫人がいかにして成ったか、とでもいおうか。彼女の父親の話、夫の話、その人との離婚の話・・・ウェスト夫人にまつわるストーリーを読んだあとで、この本が書かれるころ80歳になろうとする彼女の姿・・・著者と共に過ごす家でパール・ハーバーの番組を見てひどく動揺したエピソードや、何時間も遅れた飛行機の到着ロビーでずっと筆者を待っていたエピソードに泣かずにいられない。

どこもかしこも分断が広がるいっぽうに見える世界で、今この本はますます響く。

初めて見る黄色人種である筆者に、言葉がわからないから精一杯の笑顔を見せ続けたドリーが、赤ん坊のころから仕えた主人をかばうために、離婚した妻であるウェスト夫人を貶める噂を流した話。

筆者がモントリオールから乗った列車で車掌から受けた扱い。また、『赤毛のアン』でモンゴメリが残した日記や、著作の中にも随所にみられるもの。それは、ネイティブカナディアンや東洋人への明らかな偏見。それと裏返しの、自分につながるものへの過剰な賛美。容易にナショナリズムに結び付くもの。

どんなに心づくしの世話をしても、文化のまったく異なるナイジェリアのイヤビたち家族や、コソボの難民であるカマラ姉弟たちには響かないこと。それどころか、こちらの文化や良識では耐えがたいほどの仕打ちを返されること。

自閉症スペクトラムと思われるジョン。96才、徘徊し同じ話を繰り返すジュテム。小児まひと重い聴覚障害を持つムキ、その両親。イスラエルという国。

分断や、理解の難しさはどこにでもある。理解しようと思って勉強したり行動したりすればするほど、打ちのめされるような大きな亀裂がぱっかりと広がる経験をする。

そこまで書かれているから、「それでも人はつながりたい。共感したい。うちとけたい。納得したい」そのことにかける筆者の思いに打たれる。そしてそのための鍵はやはりウエスト夫人で、

「理解はできないが受け容れる。ということを、観念上のものだけにしない、ということ」

 
という彼女の姿勢に、読者である私は頭のてっぺんから貫かれるような厳粛の念を持つ。「観念上のものだけにしない」ここが重要で、ここが難しいのだよね・・・。

終章、2001年のNYテロとその後のアフガニスタン爆撃の時期に、老ウェスト夫人が筆者に書いた手紙。その中にある「また一緒に庭でお茶を飲みましょう。春になったら、苺を摘みにいきましょう」という一連のくだりは、「それでもつながりたい、それを理念にだけしないで実践する」彼女の象徴なのだろう。

 

文月の三 / 7歳

●7月某日: 友人だちとものすごく面白いチャット(メッセンジャーやり取り)をしながら書き物。公民館に、夏休みの子ども企画の申し込み。そしてごはんの準備。昨日早く寝たので、元気だ。サクも元気に帰ってくる。

今日は、前々から楽しみにしていた誕生日。朝も「おれ、7さい! きょう、めっちゃげんき!」と言いながら登校していったた。ごはんもOK、ケーキも取りに行き、あとはお父さんが誕生日プレゼントを持って帰ってくるだけ。新しいおもちゃで遊ぶ時間を確保するため、早々に風呂に入るサクw 

小学1年生の誕生日、そうだよね楽しみなのはプレゼントだよね・・・と思ったら、部屋を暗くして(夏至からまだ間もない九州、外が暗くなるのを待つのに時間がかかるw)ケーキのろうそくに火をつけ、ハピバスデを歌ってるとき、ことのほかうれしそうな、キラキラした目と上気した頬をしてるのを見て、ちょっと感動した。年の数が1つ大きくなることが、純粋に、ものすごくうれしいのだね~。

ごはんは、野菜と春雨のすし酢サラダ、ポットロースト&お野菜、生ハムとトマトと新玉ねぎ、そして寿司屋からとった寿司桶と美味しいスパークリングワインだーっ! うちでは、子どもの誕生日は大人の結婚記念日でもあるので(偶然)、大人も大手を振って自分たちが食べたいものを準備するし楽をさせてもらうことにしているw 全部のものがおいしくて幸せ・・・。で、お腹いっぱいになって割と早く寝てしまうと、夜中、ものすごい雷雨。そりゃもうものすごい、雷雨である。

 

文月の二 / ヒマな子どものやること

●7月某日: 朝、サクを近くまで送っていったついでに買い物、レジでカード(クレカ)を出したらニモカだった。。。サクが学校に行ってる間、いろいろがんばった。がんばってるぞ私。ほんとはもっとがんばりたいんだけど。

サクは1キロの道のりを汗だくで帰るとまず手洗いうがい足洗い、プリント類を出したり、明日の準備をしたり、それから宿題(20分勉強)をやる。明日の時間割とか、大人がやれば簡単なことでも学校帰りの小1にはけっこうな作業。宿題だって、20分って短い時間じゃないよなーと思う。今どきの子どもは本当に大変。

夜、飲み会だと思っていた夫が急に登場(帰宅)してびっくり。急きょ中止になったらしい。LINEきてたけど気づいてなかった。ってことで、家で飲む。鶏ときのこなどのグリル、ソース焼きそば、小松菜&きゅうり。明日は台風で休校が決まったので、ウエエエーーー(家で子どもと何しようーーー)と思いつつも朝はのんびりできるなーという余裕もあり、飲む飲む飲む。夫は休みじゃないけどね。

 

●7月某日: 市内の公立小中学校は台風による休校だが、予想通り、静かな朝である。夫の出勤後、遅い朝食。サクはさっそくヒマを持て余す。ヒマにまかせて2人で家の中をちょっと片づけたり。いいことだな・・・。近所を散歩してみたり。学校からは不要不急の外出は控えるようにと固くお達しが出ていたけど、台風の日って出るよね、外に。不謹慎だけど、ちょっと出たくなるやん。てか、台風の気配はほぼないから。

暇を持て余したサクが作った「しゅくだいプリント」を解いたり。

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個人的には小学1年生への宿題攻勢にだいぶ疑問を持っているので、「ふえええー、世知辛い遊び・・・」と思ったのだが、「55-23」とか「65-28」とか、小1からの出題にしては難しい計算問題を、テキトーにマルつけしてるのか、はたまた電卓でも使って確かめたのかと思いきや、

「ぼう をかぞえた」

と言う。55本の棒を書いて、赤鉛筆で23本を消して、残りを数えて答えを出すという愚直な計算をしていたらしい。見ると、別紙に細かい棒がいっぱいいっぱいいっぱい書いてあり、確かに赤鉛筆で消し込んだあとがあるではないですか・・・!(気持ち悪いので写真アップ自粛)。子どものヒマさのスケール感に圧倒されるの巻。

午後からはサクの熱望により母が遊びに来たので、良いヒマつぶしになった。母にキュウレンジャーの録画を見せるサク。夜ごはんは、ポークビーンズとか。

 

文月の一

●7月某日: 月が明けたのをサクがことさら喜んでいる。誕生月の始まりだからだ。早寝したので早起きして、ひよっこ見たあとランニング。8キロほど。調子はけっこうよかったんだけど、この夏初めて、熱中症厳戒態勢で走ったよ。空も雲も、夏だ。

昼ごはん食べながら、夫が水曜日ごろからの「ひよっこ」の録画を見始めると、サクが釘付けになり「次も見よう、次も!」と連続3回。特に、みね子にビートルズのコンサートチケットが当たるかどうかとても気になっていて手を合わせて拝みながら見ていた(みね子は抽選に外れた)。そういえばこの日だったか、島谷くんがビートルズ「yesterday」の歌詞の説明を始めると、島谷くんが気づくよりずっと先にサクが「みね子のおとうさんといっしょやん!」と言う。文脈ってものをちゃんと理解しながら見てるんだなあ、と思った。

土曜スタジオパークに宮川彬良! 大好きだ。夜ごはんは鉄板焼き! 野菜いろいろ。しゃぶ用の牛肉をサッと焼いて、ミョウガとか青じそとかカイワレとか薬味をたくさん巻いて食べるのがとってもおいしい。

 

●7月某日: マリノアシティへ。バーゲン品をチェックしたいからと言い出したのは夫だったけど、結局買ったのはわたくしでした、てへ。サクはゲームセンターのちクレープ屋さんという黄金コース。それにしても暑いね・・・! 帰宅後は休憩もせずにいろいろやることがんばった。夕方、サクと夫は外へ遊びに。私は別口でランニング20分。

夜ごはんは、いわし煮、味噌汁、きゅうりと小松菜の和え物。いわし煮がデラうまかった(夫の作。)都議選、都民ファーストの大勝。やっと、やっと与党が負けたかと思うけど、都ファのほうも何だかな感はある。しかし池上インタに答える小池さん見てるとやっぱり大概なタマだよな、って感じ。

 

水無月の十七 / 読み聞かせボラ講座

●6月某日: 今日は「読みボラネット」つまり読み聞かせボランティアネットワークの講習会。小学校の読み聞かせサークルを通じて申し込み、車に乗せてもらって向かった会場は80人超の満員。あら、受付で「えみさーん!」とニコニコ手を振ってくる人が・・・おお、どんぐり文庫の梶田さんではないですか。そして会が始まり、司会の方が「当ネットの代表からご挨拶いたします」と言われて登場したのが、これまた梶田さんではないですかー!! 代表されてるのかー!

内容は、低学年向け/ 高学年向けの読み聞かせプログラム実演に始まり、元代表の方の講演。この中では、

「学校での読み聞かせは給食と同じようにすべての子どもたちに届けられる」

「読み聞かせは読み手の心も届くもの」

「ただし読み聞かせは弁士ではない。感想は子どもたちの自由、余白を残すぐらいの気持ちで読む」

などなど、大変おもしろかったし、本の持ち方、ページのめくり方、お話会のプログラムの組み方など実践的な部分も多く、たくさんの隠れたロングセラー絵本の紹介もあってとても充実していた! 

 

10ぱんだ (福音館の科学シリーズ)ひゃくにんのおとうさん (こどものとも世界昔ばなしの旅2)

 

えぞまつ―うけつがれる いのちのひみつ (かがくのとも傑作集 どきどき・しぜん)まるをさがして (びじゅつのゆうえんち)

 

ゆっくりがいっぱい!


今日は先生たちの研修会で学校は早帰りなので、終了後は小走りぐらいの気持ちで帰る。すぐにサクが帰宅。夜は夫と薬院で待ち合わせて家族飲み会。ワインとキッシュが名物のお店だけど、サクがピザ好きなのでピザのほうを食べました~。

『おんな城主直虎』 第36話 「井伊家最後の日」

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生き残った者たちの物語。いわば、戦後まもなく。

ここで南渓が引導を渡すのか~、と。それが情とか責任感・罪悪感からなのが面白かった。物語において“運命の子”を焚きつけて舞台に上がらせる鬼コーチは自分の目利きや信念を貫くもので、「もうやめよう」なんて言うケースは少ないんじゃないかな。でも南渓は先週から明らかに直虎を痛ましいまなざしで見て、己の責任を感じていたよね。「政次が死んだら直虎も死ぬだろう」というセリフも、この展開の伏線だったのね。

政次が遺した碁石を掌中に、井戸端で座禅を組む直虎。井伊の殿であり続け、井伊を再興し存続するためには、あまりにも様々な仕事がある。井伊谷に入った近藤の心証をよくするよう努めなければならない。近藤のリハビリ介助だって、見てるこっちは「クララが立った!」ってネタ消費できるけど(それにしてもかわいかったw)、生身の人間であれば政次を処刑に追い込んだ相手を“戦後まもなく”心穏やかに介助できるだろうか? 実質役立たずに終わった常慶と相対したいだろうか? 

みなの身の振り方や生活の立て方を考え、隙あらば家を再興し、そのうえで誰も殺さぬように・・・・そのすべてを「やってやる!」と磔台の政次に向かって叫んだ直虎だけど、「それを政次無しで一人でやらなければならない、やり続けなければならない」ことの重みだよね。

「政次と相談できた時代にすら、結局は政次を殺さなければならなくなる程度の器の自分が、政次無しでやっていかなければならない」 これはきついよなあ。

政次を槍で貫くとき、涙を流すどころか眉一つ動かさず、血の通いを感じさせなかった直虎が、南渓に「もうやめよう」と言われ顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。それが生きてるってことだよなと思う。政次の最期の壮絶な言葉や辞世は、二度と覆らない、永遠不変のものだ。でも生きている者は、挫折する。押しつぶされ、撤回する。大切なものを自らの手で刺した、その重みをバネにできればいいし、それができるのが物語の主人公たる「選ばれし者」なんだろうけど(鶴ヶ城で戦う八重さんなんかはその筋をたどった)、直虎は、森下佳子が書く人間は、そうじゃないんだよね。

そこで、虎松を筆頭にみんなの意思と力が動き始めるんだろうなあ。これまで「井伊家ピンチ」のとき、「なんとかする、考える」と直虎が直之たちに背を向けて考え込むシーンがあった。結局直虎が背負い、政次が陰で補助してきたのが今までのスキームで、それが壊れ、直虎にひとりでやっていける力量がない以上、新しいやり方がないとダメなんだよね。之の字だって、「所詮おなごだけど、おなごについていくと決めていたんだ!」なんて決意が強けりゃいいってもんじゃなくて(しかしぐっとくるシーンだった…)、もっと実質的な力で支えていかないとダメなんだよね。

「次郎がダメなら虎松を焚きけりゃいいじゃない」っていう南渓の反省しなさ、性根の変わらなさに笑うw や、虎松があそこまで頑強でなければ、思いつかなかったんだろうけどね。南渓って、自分が政次に代わって直虎の参謀をやろうとはしないんだよね。そこは自分の限界がわかってる哀しさなのかも。フィクサー的存在がこういうふうに情けない、性根のさだまらない人間なのが森下脚本らしい。

そして繰り返される「君の名は」。そうかー、そうくるかー!!っていう。
男が女の名をたずね、女がそれにこたえるのは古来からの妻問いのならわし。そう、次郎と号し直虎という勇ましい名乗りをあげていた女の名を、かしらは知らなかったのだ。それだけではない、次郎になって以来、そして直虎になってからはもっと、とわという名の女は長い間、ほとんどいないも同然だった。

井伊の名を捨てさせてでもおとわと一緒になりたかった直親が死に、偽りの仮面で芝居をしてでもおとわを危険から守りたかった政次が死んで、直虎の中にうずもれていたおとわをかしらがそっとひっぱり出したという感じだった。それは王子様の仕草ではなく、そうしなければ二人とも生きていられないくらい傷ついていたからなんだろう。

なんせ名前が龍雲丸だもんだから、亀と鶴がなしえない、肉体とか性愛の部分を彼が担うんだろうなーと想像はしてたものの、虎と龍でなくなったときに2人が抱き合うことになるとはほんとに面白い。龍雲丸っていうのも、彼が一匹狼の盗人になったときに自分で名乗った名なんだもんね。

生き残った者のいろいろ。

家康。先週まであれほど憎々しかった酒井忠次が、家康の思い付きや瀬名の激しさに翻弄されてちょっとオロオロしている! 

氏真。夫婦ともども、プライドをかなぐり捨てた懇願。いっそすがすがしい。

信玄。明るい鬼畜道w うしろの高坂弾正がこういう信玄の薫陶を受けて、今川館で生首放り投げて哄笑する人間に育ったのがよくわかる(ついでに、去年の真田昌幸がああだったのもよくわかる)。

高瀬。ついに始動! 長い伏線だったなー。でも単に「武田の間者・井伊への裏切り」ってだけじゃなさそう。

 

水無月の十六 / 「ママじゃない私 ポートレート」 伊藤智子さん

●6月某日: 今度また歴史勉強会をすることになったので、準備をしている。過去2回やってみて、どのようにブラッシュアップしたらいいかちょっと見えたというか。あさイチのプレミアムトーク、大野智の回の録画を見る。映画「忍びの国」で共演した立川談春が大野くんの仕事ぶりを称して「位の高いお坊さんのようだ」と。な、なんかわかる。さすがだ・・・! 

 

夜ごはんは、ギョーザ、チャーハン、きゅーり。夫が飲み会で、テキトーごはん。サク寝かす前に「スイミー」を読む。そのあとは夜更かしモード。

 

●6月某日: 今日は「ママじゃな」の取材日! こういうふうに、外せない予定のある日に、子どもが元気に学校に行ってくれる有難さを思うわなぁ。。。ランドセルにプール道具、さらに鍵盤ハーモニカを持って傘をさして1キロの道のりを登校していった。がんば。

ということで私は那珂川方面へ~! 幼稚園の仲間のまりちゃんを介して知り合った、町会議員2期目にして3児の母、伊藤さん。一番下のお子さんは、サクと1歳しか違わないのだ。詳しくお話を聞くのは初めて。面白かったー! 

途中、たまたま夫さんが帰ってこられて、「え、プロのカメラマンの方ですか?!」と驚いていた。そう、回を追うごとにカメラマンちひろは重装備に(笑) しかしレフ板を忘れたらしく、代わりに新聞紙を使ってた。新聞紙でもいいんや~

 ちひろちゃん 「はい、見つめ合ってくださーい」
 夫さん 「えっ」 驚きつつモデルさんを見る
 伊藤さん 「それはいいです」

即答w でも、いい感じに撮れたと思う^^

 

mamajanaiwatashi.hatenablog.com


今回もすごくすごく面白い話で楽しい時間、帰り道は恒例の「よかったねー」「よかったよね~!」の連呼し合い。夜ごはんは、鶏とエリンギ、モロッコいんげんのオイスターソース炒め。きゅうり。肉じゃがの残りちょっと。今夜は早く寝ようと思いつつちょっとだけ聞き起こししてたら、メッセンジャーでの楽しいやり取りやなんかが始まってやっぱり夜更かしに。