長月の三 / よしながふみ「大奥」のスペクタクルとワクチン開発

●9月某日: よく寝てたくさん汗をかき、朝起きると明らかに回復していた。シャワーを浴びて着替え、シーツも洗ってすっきり。

かなり発熱しましたが幸い24時間弱で回復しました。人との接触が減った昨春以来1年半、風邪をひくことすらなくなっていましたが、いちおまだ体内の抵抗力は健在だったようで‥‥

ゴロゴロするしかないので読書。副反応で寝込んでいるときにぴったりの(※後述)、よしながふみ「大奥」を読んでみなぎっていました。熱が上がるわ!

 

それは男女逆転の徳川スペクタクル。
柴咲コウ二宮和也、または菅野美穂堺雅人が演じた映画をごらんになった方には、B級ぎみな恋愛モノ・メロドラマというイメージがあるかもしれませんが、原作は大河ドラマもびっくりの悠久の名作でして。

三代将軍家光の時代から、わけあって(※後述)男女逆転の世の中になってゆく日本。
将軍は女、大名も女、戸主も稼ぎ手も基本的に女。
この世界では「誰のおかげでメシが食えてると思ってんだい」なんてのは女が男に言うセリフなのです。

米作りも商売も女が中心。大奥は美女三千人ならぬ、美男三千人。
将軍の夜伽はおろか、食事作りや着物の縫いさしまですべて男たちの仕事。
吉原に閉じ込められ売春するのも男たちです。

政策決定も、血みどろの跡目争いや権力闘争も女たちのもの。
男は男で、将軍の寵愛や大奥での地位を巡って裏で争っているわけですが。

徳川家光(女)
「百姓の暮らしにはまだまだ締め付けが足らぬ。米を食べることを禁止せよ」
「頭が高い。お前が私を抱くのではない。私がお前を抱くのだ」

・将軍の側近、間部詮房(女)
「政治向きのことについて、殿方がぺらぺらと分かったような口をきくのは感心しませんわね」

徳川治済(女)
「竹千代は気が弱くて臆病な子だが、男などそんなものでよい」

徳川綱吉の父、桂昌院
「男たちはいっそう美しく着飾れ! なんとかして綱吉(女)の気を引くのだ!」
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このような描写は、私たちがふだん「男らしさ」「女っぽさ」のように言っているものが、ジェンダー(社会的・文化的につくられる性差)に起因するものにすぎないことを明らかにします。

ちなみに
作者のよしながふみは1971年生まれ。2006年、直木賞作家 三浦しをんとの対談で
「十代の頃から自分の中のフェミニズムと世間との折り合いについて悩んでいた」と話しています。

西島秀俊内野聖陽で映像化された『きのう何食べた?』をはじめ、彼女の作品はジェンダーについて考えさせられるものばかりです。

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話はよしなが版『大奥』に戻って。(ちなみに連載開始は2004年です)

男女逆転したからといって権力をもった女たちが幸せで、男たちが虐げられていて不幸かというともちろんそんなことはなく、どちらもやはり大変だし、男だろうと女だろうと善良な人もいれば腐った奴もいる。

一人の人間の中にも当然、優しさと残酷さ、強さと脆さなど相反するものが同居しているわけです。
また、子どもを身ごもり産むのは女にしかできず、平均的に肉体が大きく強いのはやはり男なんですね。その悲喜こもごもも描かれます。

そして、三代家光から十五代慶喜まで、約二百年間を「男女逆転のパラレルワールド」で描き切る筆力! その歴史の咀嚼力と創造力には、歴史オタクも脱帽敬礼。

たとえば
五代綱吉による生類憐みの令、松平定信による寛政の改革のような幕政の施策、赤穂浪士、江島生島のような地方や市井の事件、明暦の大火など天災、そして、桂昌院柳沢吉保のアヤシイ関係のような下世話な噂レベルに至るまで、実在の人物や歴史上の出来事を貪欲に取り入れ、換骨奪胎し、作品世界の推進力にしているのです。

作品序盤から、「子どもを53人もうけたという十一代家斉や26人もうけたという十二代家慶を男女逆転の設定でどう描くのか?」と疑問でしたが、「そうくるか!!!」という説得力、それだけでなく、震え上がるくらいおそろしい展開でした‥‥。

男が持とうと女が持とうと、権力って多くの人生を蹂躙していくものですね。
もちろん、その権力によって塵のように吹き飛ばされ、蟻のように踏みつぶされるのが一般市民なわけですが。

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さて、そもそもなぜこの世界が男女逆転か、というと、三代家光の時代、
日本列島が「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」という疫病に襲われたからなのです。(フィクションですよ)

子どもから30歳前後という若い年代、しかも男性のみが罹患する感染症

ひとたび発症すると顔中が赤く大きな発疹で膨れ上がり、高熱を発して2~3日で命を落とすという恐ろしい病気。感染力も強く、みるみるうちに男子の人口が1/5まで減ってしまった‥‥という設定です。

「男は体が弱いから、家の中で大事に育て、種付けさえしてくれればそれでよい。
 高貴な女性の目に留まって玉の輿に乗ってくれたら親孝行」

そんな世の中になって二百年弱。
蘭学の興隆もあり、「赤面疱瘡」の解明と撲滅に取り組む人々があらわれます。
赤面疱瘡は細菌ではなくウイルス感染であり、ウイルスを弱毒化して体内に入れ免疫を記憶させる、つまり「ワクチン」が有効であることをつきとめる彼ら‥‥

10巻から3冊ほどは、十代~十一代将軍の後継・権力争いと同時に「ワクチン編」ともいうべき壮大なプロジェクトXが描かれていきます。

時に重大な副反応を起こすワクチンを、幕府はどのように承認し、江戸期の人々にどのように普及させていったのか?

死に至る感染症から人々を救おうとする高邁な志をもった人々、そこに飛び込み、協力した一般の人々、彼らが払った大きすぎる犠牲、そして、そんな苦闘すら利用して権力争いを勝ち抜く為政者たち。裏社会の人々の暗躍‥‥

もちろん「物語」「フィクション」なので、いま現実にワクチンを打つかどうかの判断材料にはならないでしょう。
が、実際にワクチンの副反応にうなされながら読むのに、なかなかふさわしい読書ではありましたw

ワクチン開発に励む一人が平賀源内(女)で、彼女は男装してるんですよね。恋人は歌舞伎役者(女)。男装は男子禁制ならぬ「女子禁制」の大奥への潜入に役立ち、時の権力者・田沼意次(女)の目に留まるという‥‥

ジェンダーが幾重にも倒錯した創作で、本当におもしろい!

まだコロナが影も形もない2015年、12巻でワクチン編に目途がついてから不意に熱がさめていたんだけど、ふと思い出して最近13巻を買って積んでたのを副反応→発熱 で思い出して読んでみなぎり、既刊分も読み返していました。
(※今年2月をもって完結しています。たぶん幕末、再び男女逆転して明治維新になると思われる)

13巻のラストで天璋院篤姫が登場!
10年前からの私の予想では、篤姫藤岡弘みたいなゴツい大男で、徳川慶喜菜々緒みたいなクールビューティなルックスだったんですが、篤姫、めっちゃ美女やん!
続きが気になるので、散歩がてら14巻を買いに行ってきます!
(接種2日後、ランニングはまだ自粛だよね