『恐怖の地政学 ーーー 地図と地形でわかる戦争・紛争の構図』

 

恐怖の地政学 ―地図と地形でわかる戦争・紛争の構図

恐怖の地政学 ―地図と地形でわかる戦争・紛争の構図

 

 

新聞の書評欄で紹介されていたのがきっかけで読んだ本。面白かった。「だめだこりゃー」って気分になってしまう面もあるのだけど、面白かった。
 
世界各地に紛争やわだかまりや緊張状態がある。それら様々の問題が、問題として存在し続ける理由。新たな問題が発生する理由。解決が困難な理由。それらの理由としては、長い歴史的経緯があったり、将来への(自分の国や民族、宗派を第一に考えた自己中心的な)戦略があったりする。そして、そんな歴史的経緯や将来への戦略の中において、「地理的要因」がどれほど重大か。
 
・地形による制約は、大国であろうと小国であろうと、あらゆる国に存在する。地形はその国の指導者を支配し、想像以上に選択肢を奪い、軍の作戦範囲を狭めるのだ。
 
地政学とは、おおまかにいうと、国際情勢を理解するために地理的要因に注目する学問である。地理的要因には、自然の要害となり得る山脈や川筋のつなありといった物理的な地形はもちろん、気候や人口統計、その土地固有の文化、天然資源の埋蔵量も含まれる。こうした要素は、政治的、軍事的戦略から、言語や交易、宗教に至るまで、人類の文明のさまざまな局面に重要な影響を与える可能性があるのだ。
 
たとえば、この本ではアメリカを「地形によって運命づけられた史上最強の国」と評する。大きく広がる肥沃な土地。広大な流域をもち、大洋へ注ぐまでの長距離を穏やかに流れる天然の水路、ミシシッピ川。国の東西は大洋で、北部にはカナダ楯状地が広がり、南はリオグランデ川そしてメキシコの砂漠。敵が攻めあがれる地形ではない。このように、緩衝地帯や後背地を持っていることを地理上の「戦略的深み」と本書では呼んでいる。
 
同様に、ロシアには西にウラル山脈、南に黒海、北には北極圏という「戦略的深み」がある。初期のロシア、すなわちモスクワ大公国の時代は、周囲には山も川も砂漠もなく、四方が平地だった。1533年に即位したイワン雷帝が、版図を広げることによって後背地や緩衝地帯を手に入れたのだ。中国においては、チベットやウイグルがそれにあたる。チベット・ウイグルはそれだけでなく、主要な陸上交易ルートであり、経済市場でもある。政府が投資した工場の市議とを目当てに、今では漢民族が住民の多数を占めているという。「中国はこれらの地区を決して手放さないだろう」と著者は書く。
 
それでは、地政学的に見て日本はどうかというと、やはり大陸から離れた島国であることが一番の特徴だ。
 
日本とユーラシア大陸の距離はもっとも近い地点でも193キロ。モンゴルの襲来を対馬海峡の暴風が退けたように、西と北西側からの脅威は限定的で、南東と東側には太平洋しかない。それが理由で日本は他国の侵略を受けたことがなかった。
 
国土は朝鮮半島よりも広く、ヨーロッパで言うならドイツより広いが、国土の四分の三、とくに山岳違いは居住地には向かず、集約農業に適した土地もわずか13%。そのため日本人は海岸平野と限られた内陸部に密集して暮らしている。
 
著者がまとめる20世紀初頭から現代にいたるまでの日本の百年の歴史は、わずか4ページほどだけれどみっちりと密度が濃く読みでがある。「外国の研究者が分析する日本の歴史」にはこういうものがあるのか、とある意味その客観性に瞠目・納得させられる。
それらをもっと縮めてまとめると、いわく、
 
日本は朝鮮半島における中国やロシアの覇権を阻止するために、日清・日露を戦った。さらに、半島と満州を支配すれば石炭と鉄鉱石も手に入る。日本は先進工業国に必要な天然資源が著しく乏しい国なのだ。大日本帝国が拡大すると、さらなる原油と石炭、金属やゴムが必要になり、ヨーロッパ列強が足下の戦争(第2次大戦)に気をとられている隙に、インドシナ半島北部に侵攻。アメリカに「原油の輸出停止」と最後通牒を渡されると、真珠湾攻撃で答えた。
 
そのとき、日本の地形が広島と長崎の原爆投下決定に大きな影響を与えた。沖縄戦では米軍も大きな犠牲を出した。もし日本の地形が単純で進軍が楽だったら、アメリカは東京へ向かって攻め上がる選択をしていたかもしれない。しかしそれが無理だったので核兵器を選択した。これは世界中の人々の良心に訴えかける出来事となった。
 
日本は全面降伏し、軍事力をもたない憲法を備えたが、「自衛隊」は数十年間、日本軍のまがいものとして存在し続けている。憲法の柔軟な解釈が当たり前になり、徐々に日本の自衛隊は戦闘部隊へ変わりつつある。アメリカも、台頭目覚ましい中国への対抗を筆頭に、太平洋地区の軍事同盟の必要性のため、日本の再武装を簡単に受け容れた。21世紀に入り、日本は自衛隊が海外で同盟国と共に戦えるよう防衛政策を変更し、法的根拠を与えるために改憲も見据えている・・・・。
 
日本は、地政学的要因によって長い歴史の中で独立を守り、やがて地政学的要因によって外洋に飛び出し、地政学的要因によってあれだけの空襲と原爆投下を受けた。そして今また地政学的要因によって軍備を拡大しているのだと。

アメリカやロシアなど、大国が「戦略的深み」を持っているのに対し、アフリカやラテンアメリカ、中東などはそれがないのが弱さ。アフリカの陸地の大半はジャングルや湿地、砂漠、険しい崖がそびえる大地で、農業にも放牧にも向かない。また、暑さや劣悪な住環境がマラリヤや黄熱病など死に至る病気をもたらしてもきた。ラテンアメリカにも似た事情があり、各国の都市は沿岸部に集中して、内陸部は山岳地帯も多く、隔絶されている。どこの海岸線にも十分な深度の天然港がなく、交易に限界がある。

このように地政学的に弱い地域に対して、先に発展した強国はどんどん進出し、利用した。アフリカの地図を見ると、今でも直線が多い。その線を引いたのはヨーロッパ人だ。
いまも多くのアフリカ人は、ヨーロッパ人がつくった政治地理学の奴隷であり、発展を妨げる自然の障害に拘束された囚人だ。
 
中東ではこれにイスラム教など様々な宗派の歴史や思想も絡む。オスマン帝国が衰退しはじめると、1916年、イギリスとフランスは中東の地図に線を引いて支配した。ヨーロッパ人による植民地支配の結果、アラブの人々は国民国家を押しつけられ、自らが属する宗派や部族を身びいきする独裁者に支配される。インドとパキスタンの長年の確執、そしてアフガニスタンの問題にもアメリカやロシアをはじめとする欧米が大きく関与してきた。歴史とは、強いものが弱いものを利用し蹂躙してきた年月のことなのだなとつくづく思う。

こうして世界各地の状況を歴史的・地理的経緯も含めて見てみると、「そりゃ紛争も長引くわなあ、弱い国は強くなるために何でもしようとするわなあ、自分たちもされてきたんだもんなあ・・・」とひどく納得がいくかわりに、「だめだこりゃ」って気分にもなる。解決なんてできっこない。

朝鮮問題も、そりゃ先延ばしになってきたわけだ・・・と思うし、中国がやたら南シナ海で活動したりすると日本人としては「何いらんことやってんだよ」て感じを受けるけど、彼らにはそういた行動に至る確固たる理由がある。それは欧米が、世界のいたるところでやってきたことでもあるのだ。もちろん、20世紀前半の日本も同様で。

だからといって、「しょうがないよね」で済ませることではもちろんない。絶対に破局は避けなければならない。無辜の人々が犠牲になっている現実にNOを言わなければならない。そして、なぜこうなったのか、何が起きているのか、事実を知らずに「争いをやめましょう、平和が一番」とお題目だけ唱えていても何の足しにもならない。やっぱり知らなければいけないのだ。

本書の末尾にこんな一節がある。
 
科学技術が地形の牢獄から私たちを救い出した例がいくつもある。たとえば、私たちはかつて想像さえできなかったスピードで砂漠や海を横断することができる。地球の重力という足枷からも自由になった。(中略)しかし私たちは重力の足枷からは自由になっても、いまだに自分自身の精神や記憶に囚われ、「よそ者」への猜疑心に縛られ、天然資源をめぐる競争に巻き込まれたままだ。
 
結局、克服するためには、気が遠くなるようでも、小さな足下からということでもあるんだと思う。その足下の一歩が、こういった資料に接して「知る」ことなのだろう。
 

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