『真田丸』 第30話 「黄昏」
あんなにうろたえて爪を噛んでいた家康が、ふてぶてしく鼻毛をむしるようになっていた。なんかわからんがお灸を据えたい気分だ・・・伊賀越えのVTRをこれへ・・・ #真田丸
徳川家もだし、刑部とか稲とかいろいろ描写不足でここまで来ちゃったなあと思う部分もあり、各大名家の政治的な動きなどももっと見たかったけど、いろんなところをはしょっても、秀吉(およびその周辺)だったんだろうなあ。脚本演出にも演技にも、そんな熱というか執念みたいなものを感じた #真田丸
信繁なりに信義を貫こうとしてたんだね。信尹でも景勝でもなく真田の駒になるのでもない、己の生き方をこころみていた。忘れられたとわかったとき、全てが灰燼に帰したような心地がしただろう。今まで何のために、と。けれど出会いのリフレインでひっくり返る。全てが報われたような心地に。 #真田丸
「利発な若者が大好きだ、一目で気に入った」 意気盛んな頃には言語化されず、老いて意識が混濁したから言われた言葉。秀吉の寵愛は言動の端々から感じていただろうけど、今はっきりと確信を持てたことは、大きな喜びになると共に、信繁の心に楔として打ち込まれたかもしれないね… #真田丸
信繁もまた、最初から秀吉に魅了されていただろう。怖いけどすごく魅力的な秀吉。さだめられたからだけじゃなく、自負心も強い信繁が「俺が仕えるに足る人物」と思い、気に入られてるのもわかる、いわば相思相愛だから懸命に働けたんだろうし、人間、懸命な年月は自己肯定したいものだよね。#真田丸
大河での秀吉の晩年は老醜を描かれることが多いけど、老いの悲しみや残酷さだけでなく、周囲の切なる思いや、老いてなお華やかな席が似合う姿も描き、そして老いたからこそ表出した言葉が、近しい相手の年月を肯定し、救いになる描写。なんか泣いてしまった。#真田丸
今日の放送を見たら、そら信繁は豊臣につくよなあ、という気分になってしまった。豊臣への忠義というより、いろいろあって真田から離れて、豊臣で長年がんばってきた自分を肯定するためには、豊臣方だよなあ。ここからさらなる展開あるのだろうけど。 #真田丸
信幸に告げたのも、信繁なりの義なんだろうね。どうせお見通しなんだし、兄には兄の立場や生き方があるのもわかるし、兄と真田家への思いだってもちろんあるから。でも、それとこれとは話が別。左衛門佐信繁が歩む道は己で決める。信繁の表情で信幸もそれをきっとわかってる #真田丸
魑魅魍魎の伏魔殿さながらに思えた大坂城が今は黄昏れている。最初は誰も彼もが不気味で信用ならざるように見えたけど、今はみんなが人間くさく見える。形見分けで信繁を慰める治部と片桐。ブラックな職場だとしても人間が働いている。でも外から見れば、弱いとみれば潰しにかかるだけの場所 #真田丸
今回、信幸がいったん沼田に帰るのがうまいよなあ、と。あっさり豊臣を離れ徳川につこうという信幸が怜悧な合理主義者のようにも見えてしまいそうなところ、「沼田」「検地」「矢沢の叔父上」で、彼が守るべき領地領民が浮かび上がるんだよね。宮仕えの信繁とは違う立場。#真田丸
茶々が花咲爺をねだったのは、秀頼への親バカ愛もあるけど、秀吉の老いを見たくなくて介護に携わっていないから彼の現状を把握できていなかったんだろうなあと思う。親をいつまでも元気だと思っている・思いたい、娘のような姿に見えた。側室だけど。 #真田丸
信幸による評、「堂々として頼もしい」信繁は迷い苦しんでいて、「もう立ち直った様子」のきりはキリスト教徒の部屋の中まで入っちゃって信仰に救いを求めようとしてる。みんなずいぶん距離ができちゃったよね・・・ #真田丸
密偵の使命を帯びている自覚のある女と、女の密偵じみた仕事を想像している男が、夫婦として周知され仮にもそのように振舞い、子まで為して、情が絡んでくる。時代劇ならではの面白さだよね。もうちょっとその辺、じっくりねっとり見たかったものだがw #真田丸
喜劇作家として登場し一世を風靡してきた三谷さんが、特に舞台では何年も前からビターでシリアスな作劇をして評判になっているのを何度も見聞きしてきた。だから50代になって取り組む2度目の大河では、青春群像だった「新選組!」以上に「切ない」だけでなくシリアスな展開を腕によりをかけて書くんだろうと想像はしていたけど、本当にその通りになっている。
信繁が秀吉の馬廻り衆を命じられたとき、よくある大河の主人公特権とは違うけど、史実の重要人物とうまく絡められるように、三谷さんさすが考えたなーって思って見てた。それが、秀吉の介護をする役目にまでつながると想像できた視聴者はものすごく少なかったんではなかろーか?
信繁にとって秀吉はとても大きな存在なのだけど、とにかく三谷さんがこの秀吉を描きたかったんだろうなと思った。おそろしくて、人間くさくて、老いていく秀吉と、彼を巡る周囲の人物を。言い含められたのに泣き伏す加藤清正も、表情を動かさず(けれど視聴者には万感の思いが伝わる)三成もとてもよかった。
そして信繁。信繁は英雄・真田幸村じゃなくて、本当に普通の人だなあと思う。家族の愛情を受けて育ち、比較的出来が良くて、だからいろんな人に気に入られて、でも時にちょっと思い上がって策に走ったり幼なじみを雑に扱いすぎちゃったりする、進むべき道をさだめられていないがゆえに迷い悩む、普通の人。堺さんうまいなあ。もちろんコヒさんだ! コヒさんがうまいことはとっくに知られてただろうけど、今作の秀吉で、偉大な俳優として認識されるに至ったんじゃないかな。
放送を見たときは、「もうこれで信繁が豊臣につくの確定やん。ばっちり説明できちゃうやん」と思ったけど、やっぱりちょっと違うな。秀吉の出会いとのリフレインで源次郎はこれまでの勤めが報われたような思いがしたと思う、でも「これまで」のために「これから」を決めちゃうのはやっぱりなんか違うな。「これまで」を踏まえて、そのうえで「これから」を見据えるものだよな、うまくいえないけど。だからこれからの展開を楽しみにしています。
ついに秀吉情報を伝えてきた弟に感謝しつつも、弟の表情から、信繁には言葉にしない気持ちがあるのだと悟っている表情をしていた信幸。悟っていながらも、徳川の舅のところに情報をもっていき、真田のこれからを委ねようとする。徳川が動けば、そのときには釘をさすよう命じられた上杉が背後にいる・・・・。熱いな!
稲とおこうが二人とも腹ぼて(あんまり良い言葉じゃないと思うけど、敢えて使いたくなる場面だった)で手紙の受け渡しをしているシーンが、笑えるとこなんだけど妙にえげつなかった。同じ男の子どもが腹に入っている。時代や立場を考えれば別にインモラルなことではない。ないんだけど、自分だったら、稲でもおこうでもやっぱりイヤだと思う。初めて子どもができて、だんだんお腹が大きくなる不思議と喜びを感じる日々に、目の前にまったく同じ状況の女がいるって、旦那様も奥方様/侍女 も誰を責めるところでもないけど、なんかイヤだと思う。そのイヤらしさを意図的に書いてるんだと思う。
で、信幸が子どもを抱き上げたり愛情をあらわすシーンより先に、祖父母が愛でる(しかも祖父昌幸は、入れ込んでいた女が忍びだと気づかずにいたみずからの“衰え”にしょぼくれている状態)シーンを入れてくる。昨今の大河がやたらアピールしては失敗を繰り返していた(と私は思っている)「夫婦愛」みたいなのの思いきり逆張りできますね。さあ来週、徳川!