『こんなに変わった歴史教科書』 山本博文

 

こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)

こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)

 

 

1972年(昭和47年)に発行された“昭和”教科書と、2006年(平成18年)に発行された“平成”教科書とを随時比較対照しながら、日本史の教科書がどれだけ変わってきたかを書いた本。

読者の私はといえば1991年から1996年に中学・高校時代を過ごしているので、両者のちょうど中間時点ごろの教科書を使っていたことになるから、“昭和”教科書一辺倒で教わってきたわけでもないけれど、特に21世紀に入ってからの教科書への反映は、少なくとも専門家(学校の教師含む)にちゃんと習ったことはない。

たとえば、三内丸山遺跡! 発見は1992年だけど私の教科書には間に合っていないのだ(確か、高校の教科書には、欄外に注書きとして小さな文字でわずかな概要だけが書かれていた気がする)。三内丸山遺跡は5500年前の青森県にあった、日本最大級の縄文時代のむらで、むらの生活は1500年以上も続き、多い時には500人もの人口があったという。直径2mのクリ材の柱が4.2mの等間隔で並んでおり、柱の太さから10~20mの掘立柱が建てられていた、と考えられているのだ。

よく、「日本史の授業は縄文から始まって、近現代史をやる3学期には時間がなくなって駆け足になるので、1学期に明治から始めればいい」みたいな意見もありますけど、確かに近現代史はすごくすごく大事ですけど、でも私としては、縄文時代を軽んじていいってことにはならないと思いますね! 古代の歴史は楽しい。どうして楽しいのかというと、家族や育ちといったルーツが個人のアイデンティティになるように、人類がいつどうやって生まれ、文字もない時代にどうやって暮らしていたのかを知ることは、人類としてのアイデンティティの自覚に寄与するんじゃないかなと思ってる。

稲作についてもそう。私は歴史が好きなので、学校を卒業してからも個人的に本を読んだり情報を集めたりしてきたけど(あくまで素人レベルですもちろん)、絶え間なく続く歴史研究の現在がちゃんと教科書に反映されているんだなとわかったのはなんかうれしかった。稲作の始まりについても、かつての教科書の教えよりずっと以前の年代であったことがほぼ明らかになっているのです。そして伝播ルートについてもあるていど明らかになっている(複数あると考えられている)。

聖徳太子、源頼朝、武田信玄。私たちが親しんできた英雄の肖像画は別人を描いたものだった!というのは非歴ヲタのみなさんには衝撃かもしれませんが私は過去にその衝撃を乗り越えてきたものでございます(笑)。面白いなと思ったのは、私が「大和朝廷」と習ったものは現在「大和政権」という言葉になっていること、同じく、

(旧)  →  (新)
「元寇」 → 「モンゴル襲来」
「島原の乱」→「島原・天草一揆」
「東学党の乱」 → 「甲午農民戦争」

など、歴史用語が変わっているものについてだ。もちろん、それぞれに理由があるのである。私もかつて、会社の財務情報をパブリックに開示する仕事をしていたとき、言葉の細かいひとつひとつまでを吟味していたので、乱だろうが一揆だろうがどっちでも変わらんだろー!とはとても思えないどころか、いったん定着していた用語を変える意味の大きさにみなぎる。

・稲作も始まるか始まらないかの縄文時代から、遠隔地との交易は盛んに行われていた。

・9世紀のエミシの抵抗は「反乱」ではなかった(律令国家は東北経営を難しさゆえに放棄していた)。

・江戸時代の身分制の実態は「士農工商」ではなかった

・封建時代の領主と農民は、搾取する側/される側という単純な図式ではなかった。百姓が一揆に立ちあがるときは、領主が責務を怠っているととらえられたときであった。


歴史用語の変化に加え、上記のような記述も、歴史研究の進化といっていいものだと思う。

私は歴史の専門家が「○○については“まだ”よくわかっていない」と表現するのが好き。過去のことは普通、時間と共に風化していくから、今わからないことは将来はもっと分からなくなるはずなのである。しかし彼らは「まだ」わかっていない、と言う。それは「そのうち/いつかきっと判明する」と信じている表現。

歴史研究は日々進歩していく。その進歩は(調べずにはいられない歴史ヲタの業によるものだとしても笑)私たちの未来のためだと私は思ってる。この本で知った歴史の進歩も、ほとんどすべてが「未来への希望」を感じるものだった。より正確に、より複眼的に。人間の歴史って厳しくて残酷な面もたくさんあるけど、たくましくて、どんどん良くなっている面もたくさんあるんだって思える。教科書は、それを子どもたちに教えようとしている。中高生ではなかなかそこは伝わらないと思うんだけど、社会経験を積んだ大人こそ、教科書ってもう1回読んでみると、興味深く感じるし、この本を読んだら「教科書をつくる人たちの思い」が伝わるだろうなと思った。

なお、教科書のように、時系列・短い章立てで進んでいくのでとても読みやすいんだけど、教科書のように練られた平易さのある文章で書いてあるので、反射的に眠くなります。寝る前の1章、に最適の本かと(笑)。