『花燃ゆ』 第12話「戻れないふたり」

なんっつーか、東出くん@久坂のかわいさだけで見るしかないドラマなのだが、久坂っつーか、「久坂玄瑞を名乗る青年」でしかない(他の登場人物にもいえる)わけで、しかも演じる東出くんの演技は東出くんでしかないわけで、しかしとにかく久坂はかわいいのであって、なんとか45分見られてしまう、この不思議。というか東出くんの偉大さ。

久坂玄瑞はどこ行った? 松下村塾どこ行った? 長州藩何してる? ニッポンの夜明けは来るのか?! ・・・という以前に、杉文という、歴史に名も無き女性の、歴史と何の関係もない物語部分にすら心を動かされないまま見ているのだが、とりあえず久坂(を名乗る青年 by 東出くん)が存在している限り、このドラマを見続けるような気がしているあたくしです。

だってもうホント、アバンタイトルが既にさあ・・・! 結婚までの一部始終にひきつづき、主人公の祝言の場ですら、あの茶番。いくら史実に残ってるからって、「不美人」ネタをここで蒸し返してくるなんてびっくりだよ! 周布さまに言わせるまでもなくどーでもいい! つーか周布様が杉家の祝言に来る設定もよくわからんし(このドラマの周布様は酒が呑めるとあればどこにでも現れそうではあるが)、「あの小さかった文がのう・・・」と、とってつけたような感無量のセリフを言う泰造と文の「兄妹感」がまったく描かれてきてなくて悲しくなった。高杉がくだらん役回りばかりさせられて泣ける。そして、あの腹踊りは『天地人』のドジョッコホイに匹敵する寒さだった・・・

とりとめもなく愚痴りますが、久坂(を名乗る青年 by 東出くん)は好きなんだけど、西門悠太郎ほどにも優秀に見えないってすごいよね。久坂玄瑞なのに! この久坂は、医者の家の出身であり(武士じゃない)、天涯孤独の身である、ということはしつこいほどに描かれるけど、それだけしか描かれないから、全国あまたの志士たちの中で傑出してゆく説得力が全然ないんだよね。まあ他の志士たちもみんなそうなんだけどこのドラマ。

松下村塾の面々が、どんなにハリスがどうの条約がどうのと色めき立っても、リアルでは何の方策も社会性もないネトウヨ程度にしか見えないのも、議論シーンが少ない&稚拙だというのもあるけれど、そこにいつも文ちゃんが「みなさーん。お昼ですよー」とおにぎり持ってやってくるってのがすごく大きいと思うのよ。でも、おにぎりマネージャーであることが文ちゃんのアイデンティティーなのだから・・・必然的にしんどいものになるわけですよね、このドラマ。

そりゃ確かに、どんな志士だって死ぬまでは生きていたわけだから、絶対にごはんは食べてたわけですよ。「誰にでも昼は来る」って、サラメシならぬ志士メシの世界を描くのはありなんでしょうよ。でも「志士」あって成立する「志士メシ」なはずなのに、「志士」感が少なすぎるからさコイツらww 

小田村さんが出てくれば出てくるほど好感度下がりまくってるのはマジでやばいんじゃないかと思う・・・