葉月の九 / 天草・熊本の旅 2

●8月某日: 空と海の明るさで目が覚める。ひとしきり窓の外を眺める。すごく良い天気。天草の海は今日も穏やか。朝食バイキングに行く。十分な品数とクオリティで、これが今日の第一のハイライト。ゆうべは豪勢な晩餐だったけれど、脂っこいものは少なかったし、深酒もしていないので、どんどんいけるのだ。夫はまさに“本気食い”。私も、迷いつつ、夫にけしかけられて鯛茶漬けまでいただいてしまったよぉぉぉ! たっぷり一時間ほどもかけて食べて(ほんと食べ過ぎ)、部屋に戻ると、やはり窓の外を見てしまう。で、夫と同時に叫んだ。「むちゃくちゃ潮が引いてる!」ただそれだけのことに歓声を上げられる、それが旅の醍醐味だ。「なに、なに?!」とサクが尋ねるが、やはり潮の満ち引きを口頭説明で4歳児に分からせるのは無理。海辺で暮らす子なら、同じ年でも、きっと体でわかっているだろうが。

チェックアウトと同時にレンタカーをして(ホテルまで持ってきてくれる)、出発。青い空と藍色の海の間を走る。橋を渡って次の島へゆく。ずーっと走っててもずーっと見飽きない。でも、毎日見ていると、なんてことないのかな。この海のそばで、島で、生活している人たちもたくさんいるんだよなあ。旅先でいつも思うことだ、「ここでの暮らしって、どんなだろう」。

天草は穏やかな内海に囲まれているし、やはりまぁ都会ではないので、時間がのんびり流れていくような気がする。それが、旅の身には心地よい。通り沿いに、ダイソーやらドラッグコスモスやらジョイフル、古いカラオケハウスやスナック、やたら新しくて大きいパチンコ屋を見ると、「あー、ここにも暮らしがあるんだから、こういうものは、必要だよね」と思う。そして、想像する。たとえばこの海で魚や貝を獲る暮らし。この町のリゾートホテルや水族館に就職する暮らし。ここに嫁いできて子どもを産んで、道路沿いのチェーン店にパートに出る暮らし。時折、この町の数少ない居酒屋か、スナックで飲む暮らし。その暮らしがつまらないってことは絶対ないよなあと思う。今の自分の暮らし(の質)と何が違うの、って思うし。でも、やっぱり、若者が「もっと街へ」といって去るのも分かる気もする。なんとなく、夏帆ちゃんが主演した映画『天然コケッコー』を思い出した。無垢な子どもたちと、その地に足をつけて暮らしながらも、うっすらとした倦怠をまとった大人たち。その狭間の時期にさしかかっている少女。

…なんてぼんやりしながらドライブしてるんだけど、隣の息子4才がめっちゃ機嫌悪い(笑)。今日も早く電車に乗りたい乗りたいと言っている。ビジターセンターも物産館も、海へ出る道の散歩も、彼にとっては「おもしろくない」。まぁひとつには、昨日からはしゃぎすぎて疲れているのもあるんだと思う。夫、「サク向けにプランを変更するか?」と提案。つまり、まだしばらく天草をまわるつもりだったのを、今すぐ三角に向かってレンタカーを返却し、在来線で熊本に戻って、路面電車で熊本現代美術館へ行く。「そこで、サク向けのやつをやっている」。つまり電車や新幹線関係の特別展。えええーーー私、まだ天草で見たいものあったんだけど!! と思ったが、「いやいや子どもが小さいのは今だけ、子ども中心の旅行でもいいじゃないか」と思い直して、また、夫の事前リサーチと、切り替え力に敬意を表して、そのように計らってもらう。


(JR熊本駅

果たして在来線に乗ったサクはたいそううれしそう。ま、私も、熊本駅で降りて徒歩(公共交通機関)で町に出るのってめちゃめちゃ久しぶりだったから新鮮ではあったわ。「駅付近の開発は、鹿児島とは対照的になったな」「でも、鹿児島中央駅の開発で、天文館が廃れてしまったわけで、熊本もアーケード街の繁栄のためには今のままでいいんじゃない」「パイは限られとうけんな」など夫と話す。

で、熊本現代美術館でやってたのはこれでした。

水戸岡鋭治からのプレゼント―まちと人を幸福にするデザイン展ー」。
水戸岡さんという人は鉄道関係のデザインを数多く手掛けていて、鉄道ファンなら知らない人がいないという存在。昨年運行が始まった超豪華クルーズトレイン「ななつ星」もそうだし、私たちが昨日乗った「A列車で行こう」もそうだし、ほかにもJR九州では「800系新幹線つばめ」「ゆふいんの森」「ソニック」「白いかもめ」「あそボーイ」「海幸山幸」「指宿の玉手箱」など挙げればキリがない。この展覧会で初めて知ったのは、電車のエクステリア・インテリアだけでなく、駅舎や、街区のデザイン・プロデュースも手掛けているということ。それらの仕事すべてで、同じ画風の、豊かな色彩によるイラストによるデザイン画が描かれており、そこにはデザインの対象物だけでなく、電車に乗る人や駅を利用する人、町に暮らす人など多くの人々(老若男女)も描かれていて、それを見るだけで何だか楽しくなるということ。そういったポスターや写真だけでなく、大きなフィギュアもあり、動くプラレールもあり、車内の座席やインテリアの展示もある(ななつ星のコンパートメント内もあった、使われているカトラリー類やアメニティの展示も!)。そして大きく線路が敷かれていて、子どもたちを乗せた列車が走っている。結果的にサクも満喫、私も満喫であった。うむむ…この人の本が読みたくなってきた。



(これが「ななつ星」のインテリアだ!)

熊本駅で遅い昼食をとって、水戸岡デザインの「800系つばめ」に乗って、福岡へ帰る。博多駅に降りたら、小雨で、涼しくて、びっくりした。夜は、軽く旅の打ち上げ。もらいもののいわし明太を食べる。博多だー。