葉月の八 / 天草へ 1
●8月某日: 未明、すごい雷雨で、私も夫も目が覚め、眠れなくなる。子どもは健やかに寝ている。起きて、いろいろ準備をしていると、「きょう どっかいくの? さんにんで どこいくの?」とサク。「今日はなんと、新幹線に乗ります!!」と発表すると、狂喜乱舞。私が用意した着替えのほか、おもちゃの新幹線、電車の絵本など、自分のリュックの荷造りにも余念なし。
時折、入場券だけ買って見学(笑)に来ているので、博多駅の新幹線ホームには慣れた様子だが、乗り込むことができるとなると、やはり盛り上がりも格別。てか新幹線のホームって私も普通に盛り上がります、やっぱりかっこいいよね。で、「なんの しんかんせんに のるの?」とサクにとって気になるのはそこ。新幹線にもいろいろあるのだ。答えは、「みずほ」でしたー。それにしても、たった30分で熊本に着くって、ホント21世紀すげーわ。
乗り換え。写真やポスターでJR九州の各特急を見飽きることなく見る日々を送っているサクが、「えーれっしゃでいこう、だ!」と鋭くさけぶ。
「A列車で行こう」っていう名前の電車ね。熊本―三角間を40数分で結ぶ観光特急である。天草諸島へ行くために使われることが多いから、天草のAでA列車。黒光りする豪奢な車体に近づくと、テーマソングがかかっている。もちろん、デューク・エリントンのスタンダードナンバー。私も乗るの初めて。16世紀の天草に伝わった南蛮文化」がテーマになっていて、インテリアも瀟洒だ。テーブルを真ん中にしたコンパートメント席を予約していた。共有スペースにはステンドグラスが配され、ソファや、バースペースもある。
ビール買っちゃいましたー。夫と、ふたりで1本だけね。350ml。博多で買っておいた駅弁を食べる。夫は「長崎小路(だったっけ?」、私は「玄海の風」。このへん、ふたりとも熊本(天草)には全然こだわっていない(笑)。車窓の外には、有明海の見事な干潟が広がり、水平線の果てに雲仙普賢岳が。緑の水田地帯や、山の狭隘地を通る箇所もあって、すでに旅情満点。到着した三角駅も、列車が作られた時期にセットで回収したらしく、天井の高い南蛮風で、けれど不相応に大きかったりすることはなく、港町に溶け込んでいる。
それにしても、駅に降り立つとむっとした熱気に驚いた。確かに雨で涼しかった福岡に比べ、こちらは、先に天気が回復していたようだが、このむせ返るような暑さ。なんだか、南国である。ここからは、船で行く。天草宝島ラインという航路で17分という短い船旅だが、これが想像以上に、ものすごくよかった!
藍色の静かな内海、その中に点在する無数のような緑の島嶼の合間を縫って、船はゆく。大きな島々を結ぶ天草五橋もすべて見られる。うん、この時点ですでに、天草が大好きになってた。船を降りると、徒歩圏内に今夜の宿はある。リゾートホテルふうなんだけど、和室では部屋食をいただけるし、天草温泉も。五階の部屋に入ると一面の窓ガラスから天草の海が一望できる! 私たちが乗ってきたのによく似ている遊覧船も停泊している。はぁ・・・素敵。
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荷物をおいて、再び徒歩でホテルを出て、シードーナツという水族館へ。名前のとおりドーナツ型の船のようなものが海中に浮かんでいるのである。15m下くらいに、錨で止めているのだそうだ。中央は生け簀のようになっていて、館内(展示スペースの大半は喫水より下になる)には随所に潜水艦の窓のようなものがもうけられていて、魚の様子が見られる。全体に少し古びた様子で、「館内を一周すれば世界の海をすべて見たのと同じ」という入口の謳い文句には、「自分たちで超ハードル上げてくるなあ」と苦笑いしたものの、実際に、中国・インド・アフリカあたりの展示はなかなか力が入っていたように思う。まあ、私自身、水族館というものがとても久しぶりだったのもあるけど、すっかり感心してしまった。
サクがひとつひとつの水槽を見て回って、感嘆の声を上げたり、ちょっと怖そうなそぶりを見せたりと、ちゃんと自分なりの反応をしていたことにも驚いた。こういうのを楽しめる年齢になったんだなあ。広すぎず、幼児連れにはちょうどよい規模だったように思う。すべて模造紙に手書きされたような(さすがに模造紙じゃないと思うけど笑)説明文など、洗練とは程遠い雰囲気だけど、全然気取ってなくて、読んでると、「ほんとに魚が好きな人たちがやってるんだなあ」と思えて、や、あたりまえなんだけどさ、良かったんですよ。
(小休止・・・。益田四郎時貞、通称 天草四郎。一説には、祖父の代に日向からきて天草に土着し、父 甚兵衛は小西行長の船手組の大将だったとも。)
見終わると、タイミングよく「イルカふれあいタイム」が始まる時間。500円はらったらナデナデもできる(しなかった)。内プールに2頭のバンドウイルカがいて、係員さんふたりがそれぞれについている。ジェスチャーでサインを出し、イルカはそれを見て、頭を右に左にと振ったり、ヒレでバイバイするような恰好をしたり、真っ白いお腹を見せて背泳ぎしたり、水中に屹立するようなポーズを取ったり、キューキューと鳴いて見せたりする。ひとつの動作のたびに係員さんが頭をナデナデとして、エサのサバを口に放り込む。
こういうのって、人間の傲慢さの権化というか、残酷な芸のように見えるんじゃないかと思いきや、実際に見ていると、イルカと人間(係員さん)とがとても親密に見えて、本当に「ふれあい」というのがぴったりなのだった。音楽に乗って完成されたショーを見せてくれるのとは、だいぶ違う。イルカたちがいろんな姿を見せてくれる間、別のお兄さん係員が拡声器を持っていろいろ解説してくれるんだけど、これがまた、変に子どもに媚びてなくて、イルカの生態についてとてもフラットに教えてくれて、良い。クライマックスはやはり大ジャンプ。小さなプールなので、2頭一緒にはできなくて、1頭ずつ交互にやるんだけど、かなり近くから見ているので大迫力! 本当に綺麗だし、大きい。飛沫がすごい。なんか、イルカ、ものすごく可愛かった。サクも熱心に見てた。
大満足してホテルに戻る。太陽が照りつける舗装の両側に鬱蒼とした緑が続き、その先には海もあり、暑さに堪えかねてついつい買ったひとつのかき氷を家族で順番に回し食べながら歩いていると、なんか「夏だなあ」って感じが強烈にした。
4時半、家族風呂へ。ホテルの敷地内の小屋。風呂場に入ってみると、海にせり出すように建てられているのがわかる。まだ明るい海の上を鳥が飛び、時々船やボートが行き過ぎるのを見ながら入る温泉・・・なんか、楽園だ。「目のいい人なら船から風呂の中見えるんじゃ?」って思いがかすめたけど、まあ、見られてもいっかーって気がしてくるのが楽園効果である(オバサンの恥ずかしげの無さともいう)。
夜ごはんは、夫が奮発してグレードアップしたコース。海の幸がハンパない。刺身は、鯛、サザエ、ウニなど五点盛り。そのほか、でっかいタコ刺しと、堂々とした姿造りの伊勢海老。車エビは活き作りだった(サクが引いてた)。黒アワビの陶板焼きに悶絶。あ、アワビってこんなに美味いのね・・・! 煮つけもあり、イカソーメンもあり、茶わん蒸しもウニ。最後はタコメシ。嗚呼っ。暮れゆく海と空とを見ながら、白ワインでいただきました。子どものセットは、玉手箱ふうのにお重で入ってました。エビフライが呆れるほどでかい。