『闇の守り人』 上橋菜穂子

闇の守り人 (新潮文庫)

闇の守り人 (新潮文庫)

守り人シリーズ』の二作目は、胸を抉られるような一作。これを読んで、胸を抉られない大人がいようか! 八人の友を我が手で殺し、病を得て死んだジグロ、そのすべてを見てきたバルサ。ほかにも、長い長い月日を苦しみと共に過ごした人々の物語である。ユーカ叔母も、カグロも、ジグロに殺された八人の「王の槍」たちの氏族たちも。「心のくさった」ログサム王に目を点けられたカルナが命を奪われてから、長い苦しみの日々を過ごしてきた人々が、あまた、登場する。

彼らほど苛酷でなくとも、大人なら誰しも、古傷のひとつやふたつ、持っているものである。大切な人を失ってしまったこと。身を焦がすほどの強い憎しみ。後悔してもしきれない、忸怩たる後悔。

(なんと、ちっぽけな人生)
ふいに、強い哀しみが、胸にこみあげてきた。
(なにを生みだすでもなく、なにをつくるでもなく、ただひたすら、フクロウからのがれる岩ネズミのように、生きのびるためだけに、生きてきたなんて・・・)

前作『精霊の守り人』ではあれほど“成熟した大人”としての姿を見せ続けたバルサが洩らす述懐は、読者の古傷にじくじく沁みる。やがて明らかになる<闇の守り人>の正体の、なんと示唆的なことだろう。運命に抗いつつも運命に導かれるように山底の宮殿にたどりついたバルサが繰り広げることになる<闇の守り人>との壮絶な対峙と、その結末を見届けるとき、まるで自分までものすごいエネルギーを使ったかのような感覚とともに、向き合う機を逸したままの古傷の蓋が開いて、ひととき、外の風があたる気がする。

物語の力を感じる。

少年少女の成長譚という切り口から見ても、もちろん秀逸。大人への入り口に立っている少年カッサが父親に対して抱く微妙な気持ちなど、とても細やかに書いてある。

悪役ユグロの人物造形もすさまじい。「人には信じたいことがある、と幼いころから悟っていた」という男。「その人が信じたがっていることを言ってやれば、たとえ嘘でも、人は、実に簡単に信じ込むものなのだ」。「嘘をつくときほど、人の目をまっすぐに見たほうがよい」。「嘘は、真実の間に、ほどよく挟めば、より真実味が増す」。すさまじい。

児童向けの小説であっても、ここまで「闇の深さ」を描くことはできるんだなあと思う。闇が深いからこそ、ルイシャ<青光石>の透明な輝きが眩しく想像されるんである。