ソチ五輪男子フィギュア その2

4位、ハビエル・フェルナンデス
優勝したヨーロッパ選手権を見ていないせいもあるんだろうけど、私の目に映る今季のハビーは本来もっているすばらしい才能と個性とを発揮しきれないままだったように思う。日本と違って国内選手権に第一のピークをもっていく必要のないハビーだから、GPシリーズでのスロースタートは問題ないものだったかもしれない。欧州はきっちり連覇したのだし。羽生がハビエルの4回転に魅せられて彼のいるカナダのクラブ(=コーチにオーサーが居る)に入ったというのはフィギュアファンには有名な話(これも真偽はわからないが)で、ハビーは弟弟子とでもいうべき羽生とすぐに親しくなり、常に彼との良きチームメイト関係を語ってくれた。けれど、色眼鏡にしか過ぎないだろうとは思いつつ、どうしても、羽生がためらいなく、高いほうへ高いほうへとはばたくごとに、まるで反比例するかのようにハビーが委縮していってしまうような気がしてた。もちろん羽生のせいでもなければハビーが弱いと言いたいわけでもないんだけど・・・・。まあそんなの、外野の印象にしか過ぎないんだけどね。

今季のSP「サタン テイクス ア ホリデイ」だっけ? 憧れのスケーターのような演技を、と作ったプログラムらしいし、彼がおちゃめでちょっと滑稽な雰囲気を醸し出すのを見るのが好き。けれどこの種の滑稽さを、イマイチ調子が上がらないときや、自分に自信が持てないときにも、いつも変わらず醸し出すのは本当に難しいことだろうと思う。そういう意味でこのSPは今季「弱く」見えることが多かった。でもFSでは4T、4S+2Tと冒頭に立て続けに決めて(しかも大幅加点つき)、4回転ジャンパーの面目躍如だったと思う。最後の3Sがキックアウトになったのが本当に惜しい。けれどみんな、ギリギリのところで戦ってるからね。試合後、「2018まで現役続行したい」とのコメントが流れてきてたけど、来季もオーサーにつくのかな。本当に勝手な印象だけど、一度オーサーから(というより羽生から)離れたほうがいいような気がする…。

5位、町田樹
胸熱!! 激戦すぎる全日本を堂々2位で勝ち上がった実力を、五輪で遺憾なく発揮してくれたと思う。SPもFSもミスが出て、特にSPでのミスは本人にとって痛恨というべきものだっただろうけど、でも本当にみんなギリギリのところで戦ってるから…。その中での世界の5位は、これまでのキャリアを思えば驚嘆すべき、立派すぎるほど立派な成績。「そりゃ小塚も出られないわけだ」と思った世界のフィギュアファンも多かろう。

ANAと契約を結び味の素に食事面をバックアップされている羽生、長年、盤石な「チームD1SK」に支えられている高橋に比べると、町田は本当に小さな所帯で戦ってきたイメージがある。そんな彼が昨シーズンあたりから「絶対に五輪に行く」という強い意志を見せ始め、昨シーズン最後はそのプレッシャーに押しつぶされたものの、同じ轍は踏まないとばかりにさらに力強く戦った今シーズン、男だったわー。数々の「哲人語録」も、寄る大樹をもたずに戦うために必要なセルフプロデュースだったと思う。「プログラムへの愛」という意味の言葉を本人から何度も聞いたが、その言葉に偽りなく、いつも熱かった。「エデンの東」の壮大さに負けない思いにあふれ、コンパルソリーで鍛えた確実な技術が、曲の盛り上がりと相まって熱い感動を生むのだった。


6位、高橋大輔
終わってみると、よくもあの足で6位に入ったもんだと思う。他の代表選手もそうだし当たり前の話だが、全日本のあとは世間には詳しい動向は伝わってこない。報道でも、足は五輪までには大丈夫という楽観論が占めていて、直前にあのゴースト騒ぎがあったものの、そのときにはもうモスクワで合宿中とのことだったし、ソチ入りしたときの表情がひどくスッキリして見えたので、なんだかとてもいい状態なんじゃないかと思ったんだけど、事前のコメントにせよ、SP前の緊張の様子にせよ、そして実際の滑り。とてもじゃないけど戦える足じゃないことは明らかだった。

FS後のツイートより。

報道でも「最高の笑顔でフィナーレ」のような論調が多く、フィギュアファンの枠を超えた多くの人からの「勝負を超えた別次元の滑り。もっとも美しく、見る者を感動させた演技」のような称賛を見た。それらを否定するわけじゃない。本当に笑顔だったし。群を抜いたスケーティングと芸術性だったし。けど、試合のあと、私はかなり長いことモヤモヤしてた。悔しかったのだ。

涙の全日本のあと、代表に選ばれて、五輪という最高の舞台に立つ彼を見られるだけで幸せだろうと思ってた。でもやっぱり違ってた。いくら別格の選手だと世界が認めているとしても、やっぱりそれをメダルという形にして彼に贈りたかったし世界に知らしめたかった。それだけの力をもっている選手なのだから。

第一、高橋自身、そのつもりで五輪を迎えようとしていたはずだ。たくさんのスタッフが、彼の「結果」のために働いている。たくさんのライバルを下して選ばれている。全日本のあと、「五輪まで、これまでにないぐらい自分に厳しくして備えたい」といろんなところで語っていたのもそういう思いからだろう。けれど治らない足で本番を迎えるしかなかった。これではとても思うようなジャンプはできないとわかっていながら、それでも勝負を捨てることもできずに、2日間、足がもつように何とかだましだましの「精いっぱい」しかできなかったのかなと想像すると、無念でならんかった。

全日本でのFSの後半、彼は自分のために…というか「これが最後かも」という切ない自我のもとに滑ったと思う。でも、五輪では違った気がする。確かに後半は解き放たれたような笑顔にも見えたけれど、最後まで、「代表として」「勝負のラインに残れるように」という思いを捨てることはなく、けれど心のどこかで「これは負けだ」とも悟りつつ、「これで終わる」という惜別や解放感もありつつ・・・そんな、さまざまな思いが渦巻いたような、とても複雑な笑顔で、良く滑るけれど、思いきりが良かったり闘争心にあふれているわけではない、一種、はかなげなコレオシークエンスだったと思う。

「こんな、複雑な演技が最後なんだな」と、本当に悲しい気がした。ちからいっぱい動く体ならば、何の迷いもない、迸るような思いを乗せて滑らせてあげられただろうに。そうしたら、彼にふさわしい点数が出て、これまでの苦労も報われる思いがしただろうに。あんなもんじゃないんだよ。今の高橋は、本調子なら。ジャンプはもちろん、スケーティング、ステップだって、もっともっといいんだよ。



ロンドン五輪での北島康介のときも思ったんだけれど、私たちは、かつて栄光を極めたスター選手がおそらく最後になるだろう大舞台で再び勝利できなかったとき、「それでも完全燃焼」「笑顔で有終の美」のように物語を締めくくりたがる。まあ、「般若の表情でレースを終えた」なんて言うのもむごいしねw けれど試合後、ロンドンのスタジオに現れた北島は、そういう「綺麗でわかりやすい物語」を微妙に拒んでいるように、私には見えたし、それは至極当然のリアクションに思えた。そんな単純なじゃないだろう、と。今回も、戦いを終えた高橋を、すぐに多くの人が讃え、「最高の笑顔」と言った。私はしばらく、すごく悔しかった。高橋だって、長い戦いから解放された安堵もあろうが、悔しさもあるだろうと思った。

終わった直後から本人のコメントがいろいろ入ってきて、

それらを読むにつけ、また無念さがつのったんだけど、実際に映像で話す様子を見ると、また少し気持ちが変わった。「晴れ晴れして見える、とみんなに言われるんですけど、そうですかね。自分ではわからない」という言葉に、「ほらー!」と思いつつ、「でもそう見えるならそうなのかなと思う」と付け加える彼の穏やかさ。

試合直後から、これまでの経緯や精神状態などを的確に言語化していて、そのうえで「良い経験になった」と言う。本当に、もがいて、苦しんで、それでもやり遂げた人の言葉だなあと思った。長い4年間、しんどいラスト1年、中でもとびきり苦しんだ最後の3か月から、やっと解放されたんだなあとも。メダルを獲らずとも各局に出演したのも異例だろう。そこでは確かにすっきりとした笑顔がたくさん見られたし(それは彼の矜持やファンへの優しさもあったかもしれないが)、落ち着いた様子、自然で的確な話ぶりは、とても成熟した大人の姿に見えた。