ソチ五輪開幕直前: 男子フィギュア

女子の項を読み返すとなんか主旨がぼやけてしまってるけど、私は今も昔も真央原理主義ってぐらいに真央ちゃん大好きです。が…彼女を巡る報道や、それによって醸し出される空気には辟易とさせられてきた部分も多く、最後の最後までそれでいくんかい!ってのがイヤでね。

真央ちゃんに関しては、「確かに世界トップレベルの実力をもっているけど、それに拮抗する/猛追してきている選手は何人もいる。そんな中、それぞれがどこまでベストを尽くせるかによって五輪の順位が決まる。浅田が3Aをフリーで2度跳ぶのは今のところ失敗の確率の高い賭けで、失敗すればメダル(金メダルではない)を逃すこともありうる。それでも私は彼女がやりたいことを全肯定して応援し、結果はどうあれ彼女を讃えると思う」って感じ。書いててびっくりするぐらいまとまってないですね(笑)。

男子は、従来、メダルは、色はどうあれ「パトリック・チャン高橋大輔、あと誰かひとり」で分け合ってほしいと思ってたんです。あと誰かひとり、ってのは、ほかの日本選手(現実で選ばれたのは羽生と町田だった)とジェレミー・アボットデニス・テンあたりの誰かを想定してます(笑)。とにかくパトリックと高橋には絶対メダルが必要だと思ってました。

パトリックについては現在も変わってません。バンクーバー後の4年間を振り返ると、金メダルにもっともふさわしいのは彼だと思う。それは「実績から鑑みた当然の帰結」っていう意味じゃなくて、私の願望として、です。表現力がどうとか言われることもあるけど、フィギュアスケートがスポーツであり、表現もスケーティング技術(ジャンプ含む)をもってなされるものだという前提で考えると、現役スケーターでもっとも優れた実力をもち、それを示し続けてきたのは彼にほかならない。世界王者になっても胡坐をかかず、ずっと研鑽し続けてきた姿も知ってる。昨季から持ち越しのSP「ラ・ボエーム」、今季の新FS「四季・夏」はともに「男子フィギュアの力強さ、美しさはこれだッ!」と突きつけてくるような、王者の風格にみちたすばらしいプログラムです。もし彼がメダルを逃すとしたら、それはどこか痛めているか、ピーキングに失敗したということで、彼がそんな「本調子でない」状態でこの4年間をしめくくるなんて悲しすぎる!耐えられない!(私が)

高橋大輔。彼に報いるためにも、絶対にメダルが必要だと思ってた。日本男子初の五輪メダリストになったのちのこの四年間は、モチベーションの面でも、足の状態や年齢的な面でも、そして予想以上の若手の突き上げという面でも、とても厳しいものだったと思います。それでもバンクーバー以降のこの4年間、現役を続けてくれたこと、ファンとしては感謝しかありません。毎年毎年、彼にしかできないプログラムを見せてくれました。彼は唯一無二のスケーター。私の(笑)感謝と感動をソチのメダルにして彼の胸にかけて齧りついてほしい(最低w)と思ってました。

その気持ちはちょっと変わった。全日本が終わってから。全日本SPでの呆然自失のキスクラ、「失敗するたびにこれが最後かもと思った」という涙のFS。ファンも一度は覚悟した。それが最終的に代表に選ばれて、だから行けなかった選手の分まで思いを背負って良い成績を修めてほしいという声があるのもある程度わかるし(私もこづ大好きだから。こづを五輪で見られないのは本当に今も悲しいこと)、本人にもそういう気持ちはあると思う。

NHK杯で270点近い点数で優勝したのは立派な成績で、彼が今なお有力なメダル候補であることに疑いを持つ人はいないでしょう。が、280点、いや90点ラインが金メダルの争いになるならば、あるいは高橋には厳しいかもしれない。4回転の精度=技術点という面では(浅田真央の3Aと同じく年内までの戦績を見れば)、他の選手にやや劣ります。そのことが本当に悔しく、悲しく思われてならない頃とは、私の今の気持ちははだいぶ違って、あの全日本が最後にならなかったこと、再び競技会で彼を見られること、それもオリンピックという最高の舞台で見られること、それだけで最高にありがたい気持ちなのです。

高橋大輔のいない五輪なんて薔薇のない花屋、肉のないすき焼き、タモリのいない「笑っていいとも」に等しい。私は彼が試合で名前をコールされ、歓声をバックにリンクインしてくるだけで、すでに感動できるんです、最近ではもう、毎回。清らかな風が吹くかのようなリンクイン。ソチでのその姿を想像するだけで鳥肌が立ちます。

数多くの名プログラムがあるから、人気は割れるところ。マンボの色気や、ブルースの頽廃、タンゴの洗練。バンクーバーシーズンの「道」の完成度もやはり忘れ難いものです。それにしても今季のプログラムのなんと「集大成」にふさわしいことでしょう。SP「バイオリンのためのソナチネ」における孤高の格闘。FS「ビートルズメドレー」の、もはやどんな装飾もいらないような軽やかさ、しなやかさ、伸びやかさ。SPでの苦悩を超え、そこではただただ「スケートが好き」「お客さんにありがとう」というだけの純粋な魂が露出しているように感じられて、いつも泣きそうになってしまいます。オリンピックで、本人も、コーチやチームスタッフも、ファンも、みんなが「これが最後だ」という思いであのプログラムを共有できるのが本当にうれしく、切なく、幸せです。

そんなこんなで、羽生くんのメダル獲得は今回でなくてもいいんじゃないかな、と、しばらく前までは思ってたんです。まだ若いしさ、みたいな。甚だ勝手な意見であることはわかってます。18才だろうが15才だろうが4年後も世界のトップにいられる保証なんて誰にもないですから。ただ、長い年月、競技生活を見てきたベテラン選手のほうに肩入れして花を持たせたくなってしまう面は、正直あります。

ただそれも、「高橋にとってメダルは副産物でしかないかも」と思うようになってからちょっと変わって、羽生はむしろ金メダルを狙いにいって、掴んじゃってもいいんじゃないかと。ここんとこの彼は、勝つこと、もっと高いパフォーマンスをしてもっと点数を得ること、という高みを一心に目指してきた(ように見えます)。あそこまで一途になれるって稀有だし、実際に結果を出しているのも驚異です。GPファイナルで290点を出した彼は、もはや、戴冠しても何らおかしくないトップ中のトップスケーター。こうなったら、若き五輪チャンピオンとして、新たなステージに進む彼を見たい気がしてきました。そこでは、勝ち抜くことではなく、磨くこと、高みではなく、深奥まで掘り下げるような姿が見られるのではないかと思うんです。