弥生の六 / 鹿児島2日め
●3月某日:
7時に目が覚める。桜島の肩にのぼる朝日がとてもきれい。今日で東日本大震災から2年だ。きのうから、鹿児島中央駅前ではno nukesを訴えるデモやライブ、売り上げを義捐金に充てる物産展が行われていたが、そこで配られていたフラッグがデザイン的にもすごくかっこよくて、ぐっときた。
9:30 徒歩10分弱でで加治屋町の「維新ふるさとロード」へ。なんせこのあたりは、西郷、大久保、村田新八、東郷平八郎、大山巌、などなどなどなど、維新から明治の英雄を輩出した地域。大久保利通生い立ちの地には、大久保の碑の横に、およそ5分の1くらいの小ささの「牧野伸顕誕生の碑」もあったのが、ちょっとかわいく、おかしかった。そら実子なので、同じところに生まれていても不思議はないのである。道々、サクは福岡にはない路面電車に大興奮で、軌道からはずれた地域にいくと機嫌を損ねるため、ロードは半分ほどしか制覇できず。
10:30 サク待望の路面電車に乗る。高見馬場から乗って市役所前まで。市役所が非常に明治っぽい建物。そこから歩いて、鶴丸城跡へ。城の建物は残っていないが、石垣だけでけっこう胸いっぱいになるのは、最近、同じく石垣の残っている福岡城址を見に行ったから。同じ「鶴丸城」または「福岡城」といっても広いから、場所によっていろんな石の積み方があるんだけど、こうしてみると、明らかに、全然違うじゃないですか。上、福岡城。下、鶴丸城。
そして鶴丸城のこの弾痕を見よ! 西南戦争の激しさを物語っております。
鶴丸城の用地は明治後、造士館高校とか鹿児島大医学部とかに使われ、現在は黎明館(歴史資料センター)や図書館や美術館になっておりますが、本日月曜日のためすべて休館でしたorz ただし敷地内にはさまざまな像や碑があり、それを見て歩くだけで楽しい。サクもほうぼう走り回っている。あちこちに明治天皇の(しかも明治5年ごろの)行幸碑があるのはいかにもですよね。大西郷(もちろん隆盛よ)が案内してまわったそうです。それからおそらくもっとも新しい銅像として、場内に天璋院像がありました。
背面の説明には「大河ドラマ『篤姫館』の収益で建てました」と書いてある。さっすが、高視聴率はこういうとこにも寄与してる! おみそれしやした。
11:20 徒歩で天文館へ移動。1キロぐらいなもんだろか。途中、宝山ホールの敷地内に小松帯刀像を発見。宝山っておいしい焼酎の会社ですよね? 維新の偉人と何の関係が? と帰宅後調べたら、県文化センターの命名権を宝山会社が獲得したってことらしかった。平成5年建像と比較的新しい銅像。それにしても鹿児島市は中心部だけでも銅像の町である。鹿児島中央駅が開業してから天文館はさびれていると聞いていたが、そんなことないと思ったよ? それに、アミュプラザの建ち方は博多も長崎も鹿児島も同じだから、天文館のほうが断然楽しいよ? まあ、旅行者の勝手な意見でしかないです。もちろん。
12:00 天文館「こむらさき」で鹿児島ラーメン。
ひっさびさだなー。麺が白くて、まっすぐ。素麺を太くしたみたい。冷麦っていうか…。スープも思ったよりどぎつくない。細く刻んだキャベツも入っていて、とってもおいしい。博多っ子としては、ラーメン1杯1,000円ってのは言語道断の世界ですが、旅行中なので許す。
13:00 レンタカーに乗り込む。
13:45 姶良市蒲生着。父の家のお寺参り。今回の旅にこの予定を組み込もうと夫が言い出した時は「せっかく鹿児島に行くのに、あんな何もないところに行ってもアンタなんも面白くなかろうもん」と思ったけど、せっかくなので有難く行かせてもらうことにした。私の父は、若くして福岡に出てきてからは実家との付き合いは自然遠のいていて…というのは、なんせ昔は福岡〜鹿児島間って本当に遠かったので、毎盆毎暮の帰省も難しいし、本人も、年の離れた6人兄弟の末っ子ということもあってか、家に帰属する意識が低かった。よって、私も子ども時代に鹿児島に来たのは片手ぐらいの回数でしかないのだが、年をとってきたせいか、この町(っていうか感覚的にムラ)に対して感慨深い思いが芽生えている。結婚してから夫の実家である篠栗というそれなりの田舎の暮らしに親しんでいることも大きいのだろうと思う。
お寺では住職さんの奥さん(? 初老の女性)と少しお話をしたのだが、姓を言うとすぐわかってくれて、父の父、つまり祖父(昭和38年に没している)について聞くことができた。「(お父さんは)何番目の方? 今はどちらにいるの? お元気? あなたも目元が(●●家の相に)似てるわねえ。そっちは違うよ。従弟にあたる方ですよ」など。きれいで気持ちのいいお寺だった。自分の子どもと一緒に遠方の父祖の墓参りをするのはとても不思議な気持ちだ。
その後、物産館「くすくす」、観光物流センターなど。8年ほど前に来た時に比べても、観光をがんばってる感じがする。ポスターがなかなか粋。
司馬遼太郎が「街道をゆく」で触れた文章を引いたポスターもあった。この町の観光資源は、なんといっても”日本一の大クス”認定を受けている蒲生八幡神社の巨木。実際、一見の価値あります。推定樹齢1,500年。幹の、根に近いところが、神話っぽい。ここだけで相当の生態系がありそうな。
今年はここで2時46分を迎えた。
16:00すぎ 霧島温泉に投宿。設備は昭和だけどきれいで心地よい。部屋も広い。さっそく温泉へ。宿内の4つのふろ(うちふたつは露天)はすべて家族風呂扱いにできる。サク、温泉好き。「ほらーサクちゃんおよいでるよー」。スイミングなどに行かせてもいないので、「およぐ」って語彙があること自体に驚いた。絵本とか水槽とか見せられて聞いた言葉を覚えてるんだなあ。
18:00 食事がすごい…! 設備が昭和なのに(再)、月曜泊なのに、ほぼ満室であるわけがわかった。量もそうだがとにかく種類が豊富な創作料理の数々。
↑最初の支度。
食前酒、先附、吸物、青竹盛り込み、珍味二点盛り、焼八寸、煮物、温物、和紙筒盛り、替り鉢、蒸し物、ワイングラス盛り酢の物、食事、留め椀、香物、果物…であった。特に印象的だったのは、お刺身、ばってら、穴子湯葉巻、もちろん黒豚しゃぶしゃぶ、さごしのオリーブオイル漬焼き、蓮根饅頭。手打ちそばもおいしかった。サク用のエビフライやハンバーグや唐揚げや出しまきも、さすがプロが作ったものはすごくおいしい(全部味見させてもらったw だって量多かったしww)。満腹でふうふう言いながらも焼酎を飲む。