朔太朗的日常:満2歳9か月

●「サクちゃんがするから」 「ママ、ちょっとどいて!」
大声はりあげ、必死の形相で、こんな言葉を始終発している。やる気まんまんサクタロー、満2歳9か月。

ボタンをかけたりはずしたり。ファスナーを締めたりはずしたり。炊飯器に残った冷やごはんをラップで包んだり。小さなおにぎりやハンバーグ(らしきもの)を作ったり。ミニぞうきんをバケツで洗って絞ったり。

やってる最中は、ママが見ていなくても平気みたい。むしろ、(口出しされずに)自由にできるから楽しいみたい。うん、ママも昔からそういう子だったよ…。ま、ママは見てないふりをして見てたりするんだけどね。

できたら、「じゃーん!」 「ほらほら〜!」と、成果を見せに来る。「サクちゃんがやったでしょ」 「じょうずでしょ」と言って、ひどく得意げ。

もちろん、2歳児にはうまくできないこともいろいろある。親からすると「それはできんやろ〜」とわかっているので始めからやらせまいとするのだが「サクちゃんがするから」に押し切られることもある。ま、いっか、とやらせてみると、ひとしきり試みたあとで「むずかしいだよ〜」 「できないよ〜」と眉をしかめて音を上げたりもする。

●「もっとたべたいよ〜」 「だってサクちゃんできるもん〜」 不平不満や意志主張するときに、口を尖らせることがしばしば。比喩じゃなくて、ほんとに口が、くちばしみたいに尖ってて、思わず笑ってしまう。泣いたりわめいたりするだけじゃなくて、そういう表現もできるようになったんだなあ。

●私の友だちの子どもたちや、育児サークルの子たちなど、お友だちの名前をたくさん覚えてる。顔と名前も一致していて、本人に向かって名前を呼びかけたりする。これぐらいの年齢になると、初対面の子や、久しぶりの子とでも打ち解けて(なれなれしく)遊ぶけど、よく会う子たちに対しては、会った瞬間から「あ!」て感じでうれしそうだし、明らかに親しげ。

●このあいだ、お、と思ったのは、公園で、「自分より明らかに体が大きくて、名前を知らない子」(←4,5歳ぐらい)に対して、男の子には「おにいちゃん」、女の子には「おねえちゃん」と呼びかけていたこと。確かに彼らはそれぞれ「男の子/女の子らしい外見・恰好」をしていたけれど、男女の概念があるんだなあ、呼び方が違うこともわかるんだなあ、と。

●で、とにかく元気! 春になり、黄砂やPM2.5の飛来もおさまっている様子の昨今、外遊びの時間は伸びる傾向にあるのだが、特に仲の良いお友だちが一緒だと、もうずーーーーっと走ったりすべったりジャンプしたり階段のぼったりおりたりしてる。2時間以上軽くいける。お友だちを見てても同じだから、この生ぬるい日本の現代社会で生きていても、2歳も後半になると、おそるべき体力がついてくるってことね。親がちょっと散歩に連れ出したりしたぐらいじゃ、昼寝もしないはずよ。

●家の中ではおもちゃで遊んでるんだけど、前月も書いたけど、「えっ、それで、そういうこと、やるの?!」く創造性が遊びに垣間見えるときは面白い。最近は、しまじろうパペットを赤ちゃんに見立て、ありあわせのリボンで抱っこひもを作って、自分の体にくくりつけてたのが特に面白かった。あちこちを洗濯バサミ(古くてゆるくなったのをサクのおもちゃとして進呈している)で留めてて。

●逆に、自分の中で遊び方に対する確固たるイメージができているため、私や夫に対しての指示が非常に細かいことがあって、めんどくせーときもある。お料理ごっこをしていても、勝手に味見をすると(サク的にはまだできていないから)超怒られたり。ミニ電車の運行ごっこをしていても、「こっち向きに走れ」とうるさかったり。本人の中ではイメージはしっかりできていても、それを的確に説明する言語能力はまだまだなので、意志疎通が難しいのだ。ま、これも「こまけーっ!」「そっちか!」みたいな驚きがあるという意味では面白いけど。

●で、同じおもちゃで遊んでいても、そういう指示って、お友だち相手にはしなかったりするので、ちゃんと相手を見てんだなーとかも思う。

●仕切りたがる(自分のイメージ通りにしたい)一方で、自分のイメージを超えた結果が提示されるのを楽しむ気持ちもあって、「歌の歌詞などを、わざと一部、別の言葉で歌う」遊びは、今もすごく好き。「私が歌う/サクが間違いを指摘」「サクが歌う/私が間違いを指摘」どちらのバージョンも、2歳5か月ぐらいのときから、ふとやり始めた。最初は、「どんな色が好き?」という子供向けの歌でばかりやってたんだけど、今は、CMソングとか、番組のジングルとか、サクが知っている歌/フレーズなら何でもござれ。

●ぬいぐるみとか人形とか、電車とか、なんでもいいんだけど、命を吹き込むと、今でもすっごく喜びますね。つまり私がそれをもって、「こんにちは、サクちゃん! ぼく、あかいでんしゃだよ! 一緒にあそぼ! ママの足で滑り台だ、シュ〜!」とか言って、言うのに合わせて動かす、という、傀儡的、パペット的行為ね。ほんとに目を輝かせてニッコリ、そしていつまでもいつまでもやれと命じられます。

●今から〜〜ちゃんの家に行くよ、とか。寝る前に、明日は電車に乗るよ、とか、楽しい予定を話すと、「わーい、わーい!」とすごく喜ぶ。子どもの予定って往々にして直前で中止になることもあるので、あまり早くからは教えられないんだけど。夫が「あさって、じぃじのうちに行くよ」とか言うのは困る。あさって、て理解させるの無理だから。明日せがまれて困るの私だから〜

●「ここには○○がある」ということをよく覚えていて、次に行ったときに言葉にする。友だちの家に着くと、ここにはあったはずだと「でんしゃのおもちゃ」を催促したり、図書館で新聞置き場が変わっていたときに「しんぶん、どこ? どこいった?」とやたらしつこく探したり。

●何かがなくなっていた、ということもよく覚えている。子どものおもちゃって、こまごましたものは、やたら行方不明になるんですよね。先日も、友だちにもらった黄色と緑の車のおもちゃ(IKEAの製品でとってもかわいい)が見当たらなくて、私が真剣に探しても見つからなかったことがあったんだけど、2週間ほどして、プリンタの中で発見! その瞬間、「あった〜! あったね、よかったね〜!」と、サクの喜びようがすごくてびっくりした。

●モノに対する執着では、「モノは自然発生しない」こともだいぶ前からわかっている・・・というか、所有権についてすごく気にしている。新しく登場した服や靴、おもちゃなどに対しては「これ、パパがかったね」とか、「これ、なに くれたの?(=これ、誰がくれたの?)」と、必ず&後日まで何度も口にするのだが、最近ではそれだけでなく、ずいぶん前からあるモノに対しても、「これ、なに、くれたの?」と尋ねたりする。「これは誰の意志でここに存在しているのか」がいちいち気になるらしい笑 

●この月は、鹿児島旅行にて、本格的な新幹線デビュー & 路面電車デビュー。新幹線乗り場でのサクときたら、もう、そんなにも、そんなにもか!という喜びよう。乗り場にいる限り、「しんかんせんだ!」「すごい!」「かっこいい!」と永遠に叫び続けるかのような。あまりにもすごいんで、「これから西鉄ふぜいじゃ満足しなくなるかも…困ったな…」と思いながら帰ってきたんだが、まったくの杞憂で、今日も今日とていつもの鈍行電車にも大喜びしてる。ホッ。

●自転車デビューもした。私との二人乗りね。サクの性格的に最初は怖がるんじゃないかと心配していたのだが、意外にも初手からノリノリ。自転車日和のきょうこのごろです。