『つむじ風食堂の夜』 吉田篤弘

つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)

つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)

本屋で「そういえば、そろそろ読む頃合いかな…」と思い、ブックオフにまわって(最低w)もくろみどおり、きれいな105円のを見つけました。

食堂もの、ベストセラー(しかも映画化済み)、「癒される」の評判、と3つそろってたんで、どーも忌避する気持ちがはたらいてたんですが、いや〜、色めがねかけててごめんなさい。私これ大好き。良かったわ〜。

第一章は、「二重空間移動装置」の種明かしが面白かったけど、いわゆる雰囲気小説かな〜って感じ。そしたら、続く「エスプレーソ」でやられた。袖口だけの手品師だった父、って、ちょっと度肝を抜かれる。行間から鮮やかに立ちあがってくるその姿は、奇妙でもの哀しくて、ウェットでないのに、どこかしら沁みるものがあるのだった。

豆腐の水門とか、深夜の果物屋のオレンジの灯りとか、よじのぼるようにして階段を上がるアパートメントとかいうモチーフの数々。私はこういうのに、ともすれば“あざとさ”を嗅ぎつけるたちなんだけど、この小説では、ほとんどすべてが親しみ深く感じられた。アイテムをもてあそんでいるのではなく、どこか哲学的な香りがするなと思いながら読んでいたから、最終章の流れもすごく好きだった。しかも着地がうまい。

たちこめる「夜」の空気感。孤独や心もとなさ、過去の気配も、それらをひっくるめて「今、ここ」を肯定することで解き放たれるラストも、すべてがこの世界の何かに仮託された寓話。ムダのない、シュッとしたたたずまい。あ、意外にも、タイトルの食堂に大仰な意味合いをもたせなかったのも趣味がいいと思いました。いつからか「癒す」って言葉がやたらと安易に使われるようになったのが嫌で、なるべく忌避してしまうんですが、正直なところ、癒されました。