『ゴーイングマイホーム』 第9話

何度か書いてきたけど、萌江役の蒔田彩珠がすばらしいよね。名前はすごいが(“あじゅ”ちゃんらしい)。子役っていうより、普通に役者の一人としてこの子の演技を楽しみにしてる自分がいる。あのまっすぐで強いまなざし。ちょっとでも誤魔化したり、子どもだからとナメた態度をとっても、すぐに見透かされそうな。「遅かれ早かれみんな死ぬから悲しくなんかないんだよ」と悟ったようなことを言った西田敏行が、あの視線をまともに受けて、ちょっとたじろいだように「でも、早かったら、ちょっと悲しいよね」と付け加えてしまうのもわかる。かと思えば、ホテルでの朝食時、クーナが出てくる夢を語る阿部ちゃんにウンウン、と頷く笑顔は、子供らしく超無邪気で。

沙江(山口智子)はすごく良いサイクルに入ってるなあ。働くお母さんである彼女にとっての「仕事」が徹底的にポジティブな描かれ方をしているのが好きだ。姑の「いいわね、料理作ってお金もらえて」や、娘の担任の「お母さんが仕事ばっかりで淋しいんじゃないでしょうか」みたいな描写はあったけれど、その問題をいたずらに悪趣味にひっぱらなかった是枝監督、さすが。

「見えないものなんか」という態度に、当初はやや肩肘はった、というか、自分の腕で道を切り開いてきた女性ならではの頑なさが感じられた沙江だけど、それがだんだんとほぐれていったのは、仕事の場で出会ったクライアントの言葉だったり、夫が娘に向かった何気なく洩らしていた妻の仕事に対する理解や敬意だったり、自分が少女だったころに体験した父の死だったり。仕事や家族や記憶、そんな、自分の近しい周囲にあるものたちがきっかけで、娘の心に寄り添えるようになり、「見えないものは信じない」気持ちを保持しつつも、クーナ探しのイベントにも関わるようになる。そこではまた、自分のスキルであり好きなことである「料理」がまた、架け橋になっている。

今回、味噌蔵での「その辺に飛んでいる菌を勝手に取り込んで醸され、熟成する」という話に彼女が感応したのが、すごく自然に思える。彼女は、自分が「その辺の菌」によって醸されたことを感じ、同時に自分の変化が娘に与えている良い影響も確信して、だから、アシスタント嬢の「じゅんじゅん」とも相互取り込みを望んで、クーナイベントに呼んだんじゃないかと思う。世界に向かって心を開いた、という描写。そこでいう「世界」が大仰なものでなくて、あくまで「そのあたり」であることも好き。

先週は試練のあった菜穂(宮崎あおい)だけど、それがきっかけで父とのわだかまりが解けた面もある。クーナイベントに対しても、転入してきた家族に対しても、変わらぬ誠実な態度で、こちらも好ましい。菜穂の誠意が、引っ越してしまった人たちの心に深く残っていることがわかったのも、視聴者としてもうれしい。宮崎あおいが私の中でどんどん透明感を増してる。

ついに開催されたクーナイベントを追う様子がライブ感抜群で、パッとチャンネルを合わせた人には「何、このユルさ」なのかもしれないけど、好きでずっと見ている視聴者にとっては、「ハレの日」って感じがしてわくわくした。みんなで同じ昼ごはんを食べる以外(UFO食べてる人もいたし)は、それぞれ好き勝手にやってる、という描写に時間を割き、押しつけがましさや全体主義的な色合いのないイベントになってて良かった。捕獲器を仕掛け怪しげな音楽を長す自称クーナ研究家もいれば、昼から飲んだくれている新聞記者あり、子供じみた仕草でいい感じになっている警官と看護師あり。

昼食時に菜穂が話した、りんどうの花が咲いているところにはお墓があるというエピソード。良多(阿部寛)・菜穂家族の一行が霧にいざなわれるように迷い込んだところに、りんどうが真っ青に地を染めている一画が。夢のあるクーナ探しだけど、やはり「死」のムードも入れ込んできた。「たくさん死んだんだな…」と涙する西田敏行。死者を誰と捉えているのかは語られなかったけれど、なんとなく、「無数の、見知らぬ、声なき、かよわき者」って感じで、私は捉えた。萌江に「死は悲しくないんだよ」と言った気持ちも彼の本音(の一部)だと思うから。この場合の「死」は、自分や、自分にとって近しい者の死、を指していると思うんだよね。

そして、ハレの日を過ごしている良多に入った電話が、父の死を伝える(たぶん)。吉行和子がひとりでぺらぺら楽しげにしゃべりながらケーキの準備をしている間に映っている後ろ姿があまりに不穏な空気を漂わせていて、ああ、ああ!と思った。でも、もしもあの瞬間に逝ったのならば、穏やかな死だったのかもしれない。娘の夫には(多分)高価なゴルフ道具をごっそり形見分けして、息子の作ったCMを見て「くだらないな」って心底楽しそうに笑ったのが最後で(「くだらない」は褒め言葉、を地でいく笑顔だった)、自分を心底愛している妻の、意味はなくとも明るいさえずりのような語りかけを聞きながらで。それでも、心は、あの故郷に戻りたいと思っていたのかな。一言も言葉にしないだけに、その悔恨が気にかかる。

次回最終回。「いろいろ話したいこともあるし」という良多のセリフがあったけど、その中身は語られるのかな。栄輔(夏八木)と西田敏行と久美、三人の間の何かも、語られるのかな。サダオクーナは最後に何を語るのかな。今週の、「夢とか希望とかだけじゃないんだよ。悪意、失望。目に見えないものをちゃんと怖がらなきゃ」というのも示唆的だった。今ならばどうしても放射能、とすぐに思い浮かぶんだけどね。ああ、とにかく、終わってほしくないよおおお。