『平清盛』 第43話「忠と孝のはざまで」(感想・上)

ついに、ふたつに分けます。もちろん、「重盛、好きだ〜〜〜!編」と「その他もろもろ(重盛も多少含むかも)編」です。もはや重盛さと美に嫉妬してますもんね。絶対、平家の落人伝説に関係ある名字だよね。福岡には平家ゆかりの地がいろいろあるのだ。

重盛が活躍(ていうか実際は疲弊や憔悴だが・・・w)した回のあとにtwitterなんかを見ると、重盛のために嘆き悲しみ、胃薬を届けてやりたいと心から願う人々が、わんさかいる(みんな良いツイートをリツイートしまるので、清盛関係のつぶやきが異常に増える)。みんな、窪田くんのこと、言葉の限りを尽くして賞賛してる。もちろん、私のTLが「平清盛ファン仕様」になっている、てのはあるけど、世に出るってこういうことなんだなあと感動する。

古くは『利家とまつ』で香川照之が、『新選組!』で山本耕史堺雅人が、『風林火山』で市川亀治郎(当時)が、『篤姫』で宮崎あおいが、『龍馬伝』で大森南朋佐藤健が(朝ドラでは『ゲゲゲ』で向井理が)一躍、「これからの担い手」として遇されるになったように、窪田くんもそうなる。もちろん、既にひっきりなしに仕事がある彼だけど(ex. 金曜日にはおつむの足りない楽天家・捨蔵くんを…)、これからはきっと、彼と仕事をしたいから、彼を前面に出したいからという作品がいくつも作られることになるだろう。そんな予感が、どんどん確信に変わっていく。スターが誕生していく日々に立ち合ってる。

平重盛に扮する窪田くんの演技が、すべての場面においてベストであったとは思わない。ちょっと力みすぎなんじゃないかとか、一本調子になってるなとか、彼が5年後にこの場面をやったら、もっと良い芝居をするだろうと思うときが、ところどころある。脚本には、はっきりと不満もある。

そういうアラの数々をすごい勢いで押し流して釘づけにさせる。それが新しいスターってもんなのです。視聴者はもちろん、きっと作り手も共演者も、知ってか知らずか、このライジングスターの(って『純と愛』のもこみちみたいだが)虜になってる。

重盛の人格や立場、苦悩はこれまでにも折に触れ描かれてきました。なのに今回また、おさらいがあります。平家に盾ついた義兄へできるだけのことをし、妻に優しく微笑んで思いやりを示す姿。一門の中でただ一人、父へ意見する毅然とした姿。父の存念を問い、心を通わせようとするがかなわずにうなだれる姿。法皇に尽くそうとするがその絶望と怒りの深さに戦慄する姿。心身疲弊し倒れこむ姿。

クライマックスに至るまでの道のりでの重盛の姿は、これまでドラマを見続けてきた私たちには、驚くべきところはありません。重盛ならそうだよね、という確認にすぎない。けれど、とても丁寧に描かれます。これは、それほど熱心でない視聴者にもわかりやすいように、という配慮でもあるだろうし、単純に、作り手が重盛をアピールしているようでもある。実際に、「説明不足」「もっと歴史を描け」「最近スピード感がないぞ」などとうるさい私なんぞも、重盛が登場するシーンが増えることはやぶさかでなく、かぶりつきで見て、そのすべてをのちのちまで反芻しているのです。

窪田くんの重盛は、ドラマ中盤〜後半におけるスターなんです。あんなにボロボロですが、燦然と輝いているんです。

盛国がいきなり「重盛は院の近臣」と言い出したり、重盛が泣きながら「海よりも深い法皇さまのご恩」と訴えたりと、「えっ いつどこで? ったく、またセリフで説明かよ!」という突っ込みどころがありました。また、いきなり文語調になるセリフに違和感を覚えた視聴者も少なからずいたかもしれません。

それでも、そんなのが重箱の隅に思えるくらいに、もっていかれましたもんね。反響、すごい。2ちゃんのスレ進行、TLの#平清盛タグの流れ、速さ! このドラマ・・・どころか、この数年の大河において最高レベルの速さでした。

脳内補完するならば、重盛がこだわる「忠」は、「五位に叙せられてより云々」と述べてはいたけれど、後白河に個人的恩義を受けたというよりも、「当時の宮廷人の行動原理の根幹」なんでしょうね。天皇や院は国体護持の要。だいたい、平家躍進に後白河の支持は欠かせなかったのだ。ま、もちろん、実質的には「持ちつ持たれつ」だし、後白河的には「ぞくぞくしたい」動機で清盛を引き上げた部分もあるんだけど、かつてどうしても三位=公卿になれず死んだ先代を覚えている重盛にとっては、「後白河あっての平家です」的な部分もあるんだろう。

また、確かに当時、政争の結果の強引な譲位とか立太子とかは横行してたし、それがもとで保元の戦も起こったんだけど、院の身体を捕縛だなんて、それはもうヤクザの所業ってこと。実際、かつてそれをやった信頼や義朝は誅された。のだからこその「一門の運も尽き果てたのでございましょう」なんでしょう。

ここから「進退、これ極まれり」まで、重盛が滔々と述べるセリフは、平家物語では読まなかったな…と思ったら、頼山陽の「日本外史」(江戸時代に書かれた書)かららしい。抜粋、要約しながらも、史書からかなり忠実に引いている。

脚本のオリジナリティは、悪漢・清盛を諌める良識派の本領発揮、というべき史料のセリフ(確かに命がけではあるけれど、明らかに「正義は勝つ」カラーがある)に、重盛の苦悩と絶望のニュアンスで染め直してる点。これが、本作の重盛にはぴったりで、すばらしくドラマティックでした。

重盛は、母・明子に対して明るい夢を語っていたころの父を覚えている唯一の子。すべては新しき国づくりのためだと思って身を捧げてきた重盛が、ぎりぎりのところで言った「私には新しい国の形が見えません」に対しての清盛の答えは、平家の血を引く皇子。それは清盛のエゴであり、その先に新しい国があるとしても、やはり父はそれを自分に共有させる気はない。

ここで重盛はいったん絶望し(って、これまでの回でも何度も絶望してるんだけど泣)、清盛と袂を分かつ。歴史や有職故実に詳しい重盛の理想はきっと、天子が国の頂に立ち、諸侯がそれを守り支えて国を運営する国なのだ。武士だろうと貴族だろうと、天子のために働くのが国のために働くことなのだ。

ゆえの「私は法皇さまの御所をお守りいたします」なんだけど、重盛の哀れで、けれど胸を打たれるところは、袂を分かちきれないところ。権力者の親子が争う例は、古今東西、枚挙にいとまがありません。親に逆らう子、親を追放する子、憎む子、大河でもいくらでも描かれてきました。けれど重盛は、こんなにも顧みられず、報われなくてもなお、己の理想からは程遠い道を歩むヤクザな父への思いを断ち切ることができない。孝行心、という「べき論」なんかよりずっと深い本当の愛情を、父に対して持ち続けているように見えます。

最近、このドラマのあからさまな対比やセリフのリフレインが鼻についていたんだけれども、今週、うまいなと思ったのは、この場面の最後、重盛がすがるように父の手を握って嗚咽してたこと。何シーンか前に、やはり手を握りあう親子の姿があった。息子の旅立ちを止めようと手を握る母・常磐を、義経はそっと、押しやる。決意するまでには悩んだだろうが、義経は親と別れる決心をした。重盛は、悩みに悩み抜いても、まだ迷いの中にいる。

平家の棟梁としてはあまりに優しく、弱い姿でもあるんだけど、それも含めて、いたわしくてならない。強さとか正しさとかどうでもよくなるほどの魅力を発している。私服でしゃらっと笑ってる写真なんかでは、本当に普通の若者っぽくて特にオーラも感じない窪田くんなのに、ひとたび役に入るとどうしてこうも胸つかまれるのか。

あの文語調の長ぜりふも、 平治の戦いの折の「元号は平治なり。花の都は平安京。我らは平氏なり。平の字が三つ揃って、こたびの戦に勝たんこと、何の疑いやあるべき!」のせりふを難なくこなして好評だったことを始め、これまでの演技が信頼を得てこその採用だろう。せっかくなので書き起こして残しときますよ。のちのちまで読み返してニラニラするために。

なんと情けないお言葉。一門の運も尽き果てたのでござりましょう。人は運が傾き始めると、必ず悪事を思いつくものにござります。

分かりました。では、法皇様の御所は私が警固いたします。五位に叙せられてよりこちら、法皇様のご恩を受けなかった事など一度もござりませぬ。その恩の重さを例えれば、千粒万粒の宝玉よりも重く、その恩の深さを例えれば、幾重にも染めた紅の色よりも深いでしょう。故に、私は御所へ参りいくばくかの手勢を連れて法皇様をお守り致します。

悲しきかな…。法皇様に忠義を尽くそうとすれば、山の頂よりもなお高き父上の恩をたちまち忘れる事になります。痛ましきかな…。父上の不孝から逃れんとすれば、海よりも深き慈悲を下された法皇様への不忠となります。忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず。進退、これ極まれり。かくなるうえは、この重盛が首を召され候え。さすれば、御所を攻め奉る父上のお供もできず、法皇様をお守りする事もできますまい。

原典を見たあとだと、もっとずっと長いせりふを、古文の美しい言い回しを抑えつつ、よくまとめてあるな、って感心するな。さすがプロ。しかしやはり、より讃えるべきは、この若さで、あの格調高い口上を自分のものにしてた窪田くんでしょう!!! 

最初に書いたように、あれがベストだとまでは思わない。舞台を見慣れてる人なんかはどう感じたのかな、と思う。でも、顔をくしゃくしゃに歪め、涙や鼻水を流してたっていうだけで熱演ってわけじゃない。日ごろ時代劇や古典に親しんでいるわけでもない多くの人々の胸を打つ何かが、彼の口跡には既にある。5年後、10年後、20年後が楽しみな役者だ。

それにしても、最終回まであと7回。物語の進行を考えると、重盛ったらまだ生きてて大丈夫なのかしらって感じなんだけど、ちょっとでも長く見たいしな〜。むしろ、重盛が死んだら平家が滅びるのもやむなし、てぐらいの勢いがある(私に)。その昔、信長の助命嘆願の手紙をNHKに送ってた人々の気持ちがよくわかるぜ…。