『負けて、勝つ』 第4話

次で最終回と思うと、政治の部分がすげー呆気なく思える。前回口説いて選挙に出させた佐藤栄作池田勇人が、もう幹事長および大蔵大臣になってるし。来週はもちろん「講和、成る」なんだろうけど、そこに至るまでの紆余曲折を、もっと微に入り細に入り、やってほしかった。まあ全5回では尺が限られてるし、作り手は「政治ドラマ」を作ってる認識はないんだろうしな。

ただ、政治の部分に見応えがないかといえば決してそうではなくて、周りはみんな(次郎でさえも)「GHQと交渉を!」とか「そんなことしてGHQが黙っちゃいないぞ」とか思ってるのに、敢然と、そして隠密裏にアメリカ政府との交渉を始めるあたりなんか、非常に面白い。懐刀である次郎には「じいさんの本音と建前は俺にもわからん」と言われ、幹事長たる佐藤栄作に乞われても頑として腹の中を明かさないところとか。これはドラマだとわかっていても、現実の政治家たちがちゃちに見えてしょうがなくなる演技を、渡辺謙はしている。まあ、平成の世にああいう政治家がいても支持は集まらない(か、逆に集まりすぎて不健全になる)だろうが…。

腹心の部下にも口を割らないかわり、風呂に入りながら、ふと、脱衣所の小りんに洗いざらい話してしまう、というのもうまい書きぶり。裸になって、顔も髪も体も、なんもかんも一緒に洗ってる姿とか、髭をそっている最中に朝鮮戦争の勃発を告げられ、腹立たしげにサスペンダーをつけるとか、そういう芝居で釘づけにするのはさすが。脱衣所でいろいろ聞かされる松雪泰子の小りんが、まあいつもの困ったような眉毛をしているんだが、とっさに聞こえなかったふりをしたり、かと思えばささやかに願いを口にしたりする脚本もすごく良くて、茂と小りん、ふたりのシーンは、なんか全部いい。

谷原章介白州次郎も大活躍で、美しすぎる伊勢谷友介(と中谷美紀、と高良健吾)のPVであったかのような、大友啓史の美意識ばりばりの「白州次郎」(大好きでしたけど笑)のときよりも、むしろかえって白州の実像をとらえているようにも思われる。鋭利で、ダンディーで、ある種の人々に「大嫌い」と言われるのがよくわかる次郎だ。健一の家に現れて札束を差し出すときの小憎らしいほどのかっこよさ。鼻息荒く乗り込んできた軍服の服部卓四郎をせせら笑いながら剣呑な光を目に宿す不遜さ。

このドラマを見ていると、吉田茂白州次郎に共通しているのは強烈な特権意識だと感じる。独善的で、全然、国民のほうを見て政治をしていない。ただし、国家に対してすごい危機感をもっているし、覚悟は決まっているし、頭のキレや行動力は一流。昔はこういうエリートが政治をしていたんだなと思う。

そんなたたずまい、やり方も含めて、戦後の大政治家・吉田茂をなんらかの形で「評価する」のではなく、「視聴者に問う」作品づくりをしたんだなというのが、ラストの健一とのやりとりではっきりわかった。

健一 「貴方は日本にアメリカ軍を駐留させようとしている。他国に国土を守ってもらう。そんな馬鹿な話が世界中のどこにある? まるでマッカーサーの奴隷だ。全てをアメリカに託し何もかもアメリカの言うとおりにしているうちに現実という鎖に繋がれて…」

茂 「何も成し得てない男に何が分かる?」

健一 「…ええ、僕は何も成してない。しかしそれが庶民というものだ」

茂 「庶民か? おまえたちはいつだってそうだ。自分を弱い立場に置いて遠くから吠えるばかりだ!」

このやりとりは痛烈。

脚本家は、吉田茂を問うことを通じて、現代まで続く日本の問題、日本人の問題をも問うている。健一は、父親の巨大さにもがいて反抗する息子というだけじゃない。美しい理想を口にし、自分は弱者だからとひらきなおり、政治家を断罪しようとする庶民。私たちは往々にして、実際は「健一」である。だけどここでは、容易に彼の側にはつけない。茂の苦悩のうえの果断を見てきているのだから。けれど言葉としては健一の主張するようなことをすごく聞き慣れているし、しがない一介の生活者としては、やはり健一に共感できるところもある。

どちらかに簡単に感情移入させるのではなく、戸惑わせ、考えさせる。難しく、すばらしいクライマックスだったと思う。来週のこのパートも楽しみ。これまで執拗に健一の姿を描いてきた意味がわかった。田中圭、ハマってる。渡辺謙と対峙して一歩も引いていないのが頼もしい。

反対に、慶子と柴田(永井大)のエピソードをここまで引きずったのには疑問。特殊慰安施設とか、街娼とか、つきあった米兵には実は本国に妻子が…とか、そういう当時の姿を描きたかったにしても、平和憲法を教えさとして街娼から足を洗わせるとか、それが一転、警察予備隊の新設に傷ついて再び夜の世界に戻るとかいう展開には、現実味が感じられず鼻白んだ。来週の予告を見ると、生まれた子をふたりで愛でるシーンをやってたから、政治のほうが簡単に白黒つけられないからこそ、こういう「わかりやすい希望」を最終回にひとつ、出したかったのかなあと思うが。慶子役の女優さんは初めて見たけど、惹きつけられるところがある。

マッカーサーも苦悩が深い。簡単な仕事、影のない英雄なんていないんだよなーと思わされる。アーサー君、確かにアメリカに帰りたいよねえ。このころの日本には、マリオもポケモンもディズニーランドもないんだもん。

吉田栄作の服部卓四郎もハマってた。ただ、ガダルカナルで二万の兵を死なせておきながら平然と志を謳って将に返り咲こうとしていた男が、あの茂の説得で言葉もなく出て行ったのは簡単すぎるように思った。