2012 ロンドンオリンピック 【女子マラソン】

16位木崎、19位尾崎、79位重友。中継で解説をしていた有森裕子が、翌朝の日経新聞に寄せた原稿は厳しかった。「世界のトップ選手の度胸とタフさを見せつけられた。今の日本選手にはタフさが足りない」という。実力不足、経験不足。その原因を「練習不足である」とする結びには考えさせられた。

練習内容について指導者が選手に相談して変えているという話を、ときどき聞くが、それはちょっとおかしいのではないだろうか。私の経験では監督に練習内容を相談されたことはない。

そんなことをしていたら、選手ができることばかり練習することになってしまう。できないことをできるようにするのが練習なのに。嫌な練習をこなしていかないと、できる範囲は広がらない。

(中略)3人とも悔しい思いをしている。そういう思いを抱いているうちは、希望がある。絶望的ではない。時間はかかるかもしれないが、世界を追いかけなければならない。とにかく、やるしかないんですよ。

練習の虫といわれた有森らしいコメントだ。Qちゃんもレース後、「どれだけ自信をもってスタートラインに立てるかが大事。私見だが、練習不足では?」と野口みずきの名を挙げて比較していた。有森、高橋、野口。輝かしいメダリストたちに共通していたのは才能だけではない。マラソンのスピードは、短距離とは違い、練習でつくられるものが多いのだ。

特に、今回厳しい言葉を並べたてた有森は、金こそないものの、高橋・野口にもできなかった2大会連続のメダル獲得という偉業を成し遂げた。日本人に限らず、苛酷な競技である女子マラソンで、そのキャリアを持つ人は数少ない。彼女が選手時代、どれだけの練習をしたかは想像に難くない。

もちろん、当時に比べてアフリカ勢の台頭は著しく、「時代が、世界が変わった」面はある。けれども「だからもう勝てません」といってしまえばスポーツの世界では敗北だ。スポーツに限らず、当事者が「できない」と線を引いてしまえば、それがそのまま限界になる。

いや、もちろん、女子マラソンについて私はひとりの外野でしかない。批判する筋合も、必要もない。でも、なんか覚えときたいので、書いておく。


レースについての覚書。

幅の狭い道、カーブ、曲がり角の多さ、そして石畳。事前から難コースであることは指摘されていた今回の五輪マラソンコースだが、さらになんと、号砲から強い雨。1時間余りも降り続いた。路面はかなり滑っていたはず。ま、気温は低いので、灼熱の中でのレースよりは良いのかどうか? 

ともかく、立派な悪コンディションである。優勝候補であったロシアのショブホワや、有力選手である地元イギリスのマーラヤマウチも途中棄権。

周回3周の2周目に入ったところで、尾崎と重友が集団の先頭に立つ。しかし間もなく後退。レース中盤までを引っ張ったのは、中国の朱暁琳、イタリアのStraneo、米国のフラナガンといった有力選手。イタリアの選手は、時折、声援に笑顔で手を振って答えながら走るという、五輪では珍しい光景を見せた。彼女らは中盤からのアフリカ勢の揺さぶりに、徐々に落ちてはいったが、そろって10位以内に踏みとどまった。解説でも言っていたが、高速レース化している今、「自分のペースを維持して、前が落ちてくるのを拾う」やり方では、上位には行けないということだろう。

幾度かの揺さぶりをかけて前に出たケニアのジェプトゥー、ケイタニー、エチオピアのゲラナというアフリカ勢に対して、後ろからひとり、追いついてきたのがロシアのペトロワだ。3人のうち、もうひとりの代表、マヨロワも、今年の名古屋ウイメンズマラソンで同じように後ろから追いついてきて、彼女は並ぶ間もなく尾崎を抜き去るとゆうゆうと優勝した。ロシア勢のタフさと後半のスピードはすごい。

それから4人が団子状態で40kmまで。ケニアのふたりは、後輩がふたつの給水をとって先輩に渡すチームプレイも。ケニアには女子マラソンの金メダルがまだない。「絶対に欲しいところでしょうね」と有森さん。しかし、先輩のケイタニーが脱落。41kmでエチオピアのゲラナが一気にスパート。最後1キロの走りは感動的だった。歯をくいしばり、苦痛に顔を歪めて、けれど腕の振りも脚の運びも、これまでの41キロよりもずっと力強く、ずっと速く、ずっと美しい。勝ちたいという気持ちが爆発するような走り。

エチオピアはアトランタで勝ったロバ以来、女子マラソン2個目の金メダル。この難コース・悪コンディションで、Qちゃんのオリンピック記録を破った。完勝といっていいだろう。かっこよかった〜! 2位ジェプトゥー、3位ペトロワ、ナイスファイト。レースを面白くしてくれた。コースはさすがロンドンといった感じの景色でアピール力があった。男子マラソンも楽しみ。