『天智帝をめぐる七人』 杉本苑子

天智帝をめぐる七人 (文春文庫)

天智帝をめぐる七人 (文春文庫)

図書館で見つけた本。一般の書店で見かけた覚えはないし、今探そうとしてもたぶんなかなか見つからないはず。やっぱり現状、書店は新刊中心、ベストセラー中心で、地味な良作というのは次々に淘汰されていってしまうのだ。

私は長いこと、「本は書店で(新刊を)買う」主義だったんだけど、図書館や古書店やネット書店を大事にすべきだな、と最近つくづく思う。古くなったばかりに、部数が伸びなかったばかりに、新刊書店ではもう出会うことのできない名作というのが多すぎる。なにも読書が高尚な趣味だなんて思ってないし、消費するように読むのも気楽でおもしろいのはよくわかる。でも、次から次に読んで、読んだそばから忘れてゆくような、そういうのとは別の読み方もしたい。もうそんなに若くないし、読書に費やせる時間もお金も限られてるし。

ということで、この地味めな(失礼)本です。

タイトルのとおり、軽皇子(のちの孝徳天皇)や有間皇子額田女王常陸郎女、鎌足や鵜野女王(のちの持統天皇)など、天智天皇をめぐる七人の視点から、彼を中心にした時代が語られる。

女性たちのおしゃべりがいまいち軽い気がして、どうかなと最初は思ったんだが、徐々に引きこまれていった。

皇子時代の天智と間人皇女の同母兄妹姦や、有間皇子が演じた狂態、額田の「茜さす」の歌の背景、そして天智の死をめぐる伝説など、史実かどうかはさておき巷間伝わってきた…というようなさまざまな“物語的”エピソードを用いていながらも、中国大陸・朝鮮半島など同時代の緊迫した国際情勢が内政にもたらした影響、軍事的意味合いの強い遷都など、非常に現実的で硬派な背景が描き込んであり、非常に説得力の強い小説になっている(と、大作家に対してなんとエラソーなわたし)。

あとがきによると、この本の執筆動機は天智帝崩御の際の「白馬と沓」エピソードとのことだが、そのわりに、杉本さんは、実は天智帝をあまり好きではないらしい。だからこそ、真正面からではなく、周囲の人々を通して、さまざまな角度からの横顔を描いてゆくような手法をとったのかもしれないが、結果として、天智天皇がすごくかっこいい! 冷酷非情で傍若無人、人倫の道からも外れていながら、強烈な魅力を放っている。まさにカリスマ。

「華蔓」の章で、常陸郎女の前に姿を現し肩を抱いて、病篤い妹についてひとりごちるシーンや、母帝・妹らを合葬した陵墓に別れを告げるシーンなど、短い描写が素敵過ぎて、何度も読み返しちまった。それでいて、物語全体の分量に比すると天智そのものの描写は少ないので、別の本や資料でもっともっと情報を得たい、補完したいという欲に駆られる。

歴史に関する本は、読後、このように「この小説ではこう書いてあるけど、本当はどうだったのかな。ほかの作家や、研究者たちには、どう見られているのかな」と、もっと知りたい、もっと読みたいとと思わせるものが良書だという面って、あると思う。私は本作の読了後、里中満智子の『天上の虹』がすごく読みたくなりました。中学生くらいの頃に3巻か4巻まで読んだだけなのよね〜。

天上の虹(21) (KC KISS)

天上の虹(21) (KC KISS)