『枕草子REMIX』 酒井順子

枕草子REMIX (新潮文庫)

枕草子REMIX (新潮文庫)

これはもう企画の時点で成功が約束されたような本でしょう。酒井さんと枕草子っていう組み合わせが鉄板すぎる。高学歴・才気煥発で、(本人に言わせれば)負け犬体質の随筆家。清少納言さんの代弁者たるにふさわしい人材です。

この本、「春はあけぼの。やうやう・・・」から順を追っての全訳ではない。タイトルに「リミックス」とあるように、「男」「女同士」「イベント」など、著者が選んだテーマに沿って、関連する箇所を抜いたり、清少納言の人生と比較対照しながら解説を加えたり、著者と清少納言とで架空対談を催したりという思い切った編集になっている。とっつきやすいよう、読みやすいようにと十分に勘案されている。

頭の回転が早く、勝気で、ずけずけものを言うような、清少納言の一般的なイメージそのままに、「ブスはすっこんでろ!」とか、キャリア志向の表明としての「ちんまりと“エセ幸い”なんかに満足してる女は不愉快」(しかしこれ、そのままに“えせざいはひ”って原文なのねぇ。びっくり)とか、「男って、ほんと理解不能!」とかいう記述も多いんだけれど、おもしろいなと思ったのは、「平安貴族=都市生活者」という視点。

いわく、「春はあけぼの」のあけぼのは夜明けのことだが、清少納言はこれを徹夜明けで見たに違いない。都市生活者たる平安貴族は、実に夜遊びが大好き。平安京=都市には文化があり、文化を味わい、発展させるのに、夜という時間は適しているのだ。

いわく、異性にカマをかけるにも、綺麗な月を見たときも、平安貴族はやたら和歌のやりとりをするが、これは今でいう写真つきメールと同じ。「え、あんな名所に行って和歌も詠んでないの?」はイコール「写真も撮ってきてないの?」と同じだし、特に大事な用件でもなく送られてきた和歌に対して、早く気の利いた返事をしなければと気がもめる・・・なんてことも枕草子には書いてある。

いわく、清少納言は、「私ったらこんなに教養が」とばかりに嬉々として書き綴りながらも、同時に、「いやいや私なんて大した人間じゃありませんしね」なんて記述も随所に挟む。イヤミに映るかもしれないが、自己卑下は都会人の挨拶がわりのテクニック。

いわく、清少納言は、フレンドリーな性格で友だちが多く、賑やかなイベントも大好きだけど、「男女だろうが女同士だろうが、最後まで仲の良い人なんて滅多にいないのよっ」と書くなど、常に醒めている部分もある。

等々。成熟した平安文化の担い手たちの感覚は、驚くほど現代にフィットすることが鮮やかに示されている。

また、「すごく落ち込んでいても、たくさんの真っ白い紙を見ると生きる気力が湧いてくる」という箇所を取り上げるところなんかは、さすがエッセイストという感じ。私たちが日記帳やブログに思いのたけを綴って気を晴らすように、当時は貴重品であった紙を前にした清少納言は「この紙に思いっきり書いてやるのだ!」と思えたのだろう、と。

そして、本編(の後には付録的に「枕草子観光」がある)最後の章「随筆というもの」は、酒井順子の真骨頂。

枕草子に描かれた情景及びそれを執筆中の清少納言までもをカメラアングルを駆使して解説したり、随筆と小説とを寿司屋と懐石料理屋にたとえてみたり、ツンデレ(という言葉は直接は使っていないけれど)についての言及など、わずか数ページに彼女の力量が詰め込まれています。古今さまざまな研究者や文学者が枕草子と相対してきただろうけど、「名前は知ってるけど何がすごいの?」という私たちに対して、これほど膝を打つような答えをくれる読み物はまたとない!と思えるのです。