『カーネーション』のこと その3

(その2:http://d.hatena.ne.jp/emitemit/20111202#1322829346 からの続きです)
翌日、奈津は、行きつけの髪結いに、人妻の髪型である丸髷に結うようと頼む。明日、入籍するのだ。髪結いの玉枝は、泰蔵の母親でもある。2人きりの部屋で、奈津は、ぽつりぽつりと話し出す。昨日、泰蔵に会ったこと。彼が自分を知っていて、びっくりしたこと。髪結いの玉枝は、「吉田屋のなっちゃんいうたら、ここいらで有名な別嬪さんやもん」と応える。奈津の長い髪を梳きながら、「こうしていると、女学生みたいね」と微笑む玉枝。奈津はうなだれ、涙を落とす。「うちな・・・ちびの頃・・・お兄ちゃんのこと・・・好きやってん」玉枝*1に促され、奈津は子どものように嗚咽する。

少女時代との訣別に流す涙だ。親の庇護を失い、豪奢な花嫁衣裳を着ることもなく、憧れの人がくれた優しさひとつだけを胸に、奈津は大人の女になる。ここは泣けたよぉー。悲しくも美しくもあるシーンだった。わが年も忘れて、すっかり奈津の心にシンクロさせられるのだ。

髪結いの店から出てくるとき、丸髷に結った奈津はつきものが落ちたかのようにすっきりとした顔になっていて、通りかかった糸子や勘助に、いつものようにツンケンした口を利く。玉枝からさっきの奈津の話を聞いた糸子は、「奈津、泣けて良かったなあ」と思う。「おばちゃん(玉枝)の柔らかい雰囲気は、頑なな心を溶かす何かがあるのかもしれないな」みたいなことを。

これだから好きなんだよなあこのドラマ、と思う。主人公がどこにでもしゃしゃり出ていくドラマもあるのだ、大河とか朝ドラとか、規模が大きくなるほどそういう傾向だったりする。でも、このドラマでは、なんでもかんでも糸子の手柄にしない。奈津の心を溶かすのは、糸子ではなく、玉枝なのだ。見ていても、「なるほど、玉枝なら。」という大きな説得力もあるし、そうやって、自分の手の及ばないところで起きている物事に自覚的で、それをすんなり受け容れられるところが、かえって糸子の魅力にもなっている。

もちろん、ドラマの中心にあるのは常に糸子なのだが、並行して、奈津についてもこれだけの物語を描いているのだ。同じように、ほかの登場人物の誰をとっても、しっかりとしたキャラクター付けがなされ、それぞれの人生を“生きている”。それがこのドラマの奥行きになっている。ドレスについているたくさんの襞みたいに。

さて、人妻になることで奈津の物語はいったん結ばれ*2、いよいよ今度は糸子の結婚話になるのだが、ここで奈津のエピソードを生かしてくるのがこの脚本家の凄腕。糸子の結婚話は、その面白さの一部始終を書き始めるとキリがないくらい名エピソードなのだが、奈津の絡ませ方に限っても最高だった。

仕事にかまけて祝言の場にちっとも現れない糸子を、業を煮やした奈津が迎えに行く。ミシンの踏みすぎで足を痛め、歩けない糸子をおぶって歩き、さらには、花嫁衣裳を忘れてきたと聞くと、自分の衣裳を差し出すのである。この大活躍は、祝言の場が自分の料亭であるゆえであり、あまりに切羽つまった状況にやむなく・・・といった体で、彼女はその場でも例によって糸子にさんざん悪態をつく*3のだが、視聴者は、そこに奈津の屈折した友情を感じてしまう。

無事に祝言の席についた糸子を、部屋の外から見つめる奈津。完全に仏頂面なんだけど、すごく複雑な表情に見える。怒りや悔しさや羨望、それに、本当はほんのちょっと、彼女自身は気づいていないだろうけど、祝福の気持ちもあるのかなーなんて想像しながら見るのが楽しい。

仲良しこよし、というような女の子同士じゃない、決して馴れ合うことのない、いっぷう(も、にふうも)変わった2人の友情。奈津は間違いなくもう一人のヒロインであり、糸子ほどのボリュームはなくても、これからも彼女の人生が濃密に描かれていくだろうこと、その中途で糸子とどう重なり、絡まり、あるいは離れていくのか、楽しみでしようがないのである。

*1:彼女がここで示す機転や思いやりが、また泣かせる

*2:とはいえ、なんだか婿さんは相当頼りなく、あまりにも奈津とは器っちゅーもんが違うようだったが

*3:しかし、栗山千明に「この豚ッ!」と言わせる脚本は、どー考えても狙っているだろう笑