『自棄っぱちオプティミスト』 キリンジ

自棄っぱちオプティミスト

自棄っぱちオプティミスト

前半は、2008〜10年にかけて雑誌『ダ・ヴィンチ』で連載されたエッセイ。兄弟で交互に書くのは以前『TV.Bross』で連載していた「あの世で罰を受けるほど」と同じやり方だけど、読むと手触り(読みざわり?)が少し違う。

彼らが“書き慣れた”というのもあるだろう。また、本を、しかも主にベストセラーを好む人が購買層である『ダ・ヴィンチ』が媒体ということで、より洗練された・・・という表現が大げさなら、ひとつひとつのエッセイが、よりまとまり良い形で仕上げられているように思う*1。どっちが好きかといわれたら、私はもしかしたら前作かもしれないけど。彼らの輪郭に手が触れられそうな、読み手とすごく距離が近い感じがね。

しかしこの本、後半にお化けコンテンツを繰り出してきた! かなりちっちゃい活字を二段組にしてなお、90ページにも及ぶ大・大・大インタビューだ! 10時間かけて喋ったらしいよ。

ボリュームだけじゃなく、クオリティがすごい。どれくらいかっていうと、キリンジの楽曲くらいの質の高さ。ミズモトアキラさんというインタビュアーの仕事がすばらしい。公私共にキリンジのふたりと親しいからというのももちろんあろうが、すごくたくさんの資料を読み込んで臨んでいるし、質問や合いの手に使われる言葉たちの、まあ的確なこと! さすがキリンジの友だちだ〜!って感動しちゃほどの才気だ。

メジャーデビューした1997年から順に、14年分の活動を追っていくこのインタビュー。作詞作曲、アレンジ、レコーディング、アルバムジャケットやPV作成、プロモーション、ツアー、他アーティストへの楽曲提供などなど、あらゆる側面におけるエピソードが語られる。たぐいまれなる彼らの感性や、音楽への静かな情熱、ひょうひょうとしたユーモア、兄弟バンドらしい雰囲気の良さ、アーティストとしての成長・・・などなど、いろいろなものが伝わってきて、読んでいてすごく興奮する。

武道館でのライブの日、IDカードを持たずにトイレから楽屋に戻ろうとしたら、警備員に止められるくらい顔が売れていなかったとか(弟・泰行。「俺、ヴォーカルですから!」と叫んで強行突破したらしいw。この日は「堀込家親戚一同」名義で樽酒も届いたそーな)。

永積タカシ畠山美由紀と一緒にヴォーカリストとして参加した『真冬物語』で、「歌うことが本当に好きな二人を見てたら、自分は歌さえ歌っていれば幸せ、というタイプじゃないんだとわかった。歌うことだけで自分の音楽を表現できるとは思えない。サウンド全体に深く関わっていないと満足できないとわかった」とか(弟・泰行)。

あと、この夏、『佐野元春ソングライターズ』で見るまでは、楽曲そのもの以外にはまったく触れたことがなかった私。こういう本を読んで、「兄・高樹の詞をエロいエロいと思ってるの、私だけじゃなかったのね!」というのがわかったのも収穫だった(笑)。デビュー間もないころ、オムニバスアルバムのための曲に『乳房の勾配』ってタイトルで兄が詞を書いていたことも初めて知った。き、聴きたい!

もともと私は、ゆずにせよ、パフィーにせよ、オードリーにせよ、「力の拮抗した二人組」というのが大好物なんである。もちろんキリンジもこれにあてはまるのだが、彼らの場合、当初は自他共に「兄・高樹がキリンジの核である」という認識だったふしがある。

ところが、『エイリアンズ』で最初のヒット*2を飛ばしたのは弟・泰行だってのが面白い。対する兄の代表曲には、桜井和寿が参加するBank Bandがカバーしたことでも知られる『Drifter』がある。

このふたつの代表曲について、互いに語ってることが面白くて、兄は弟の『エイリアンズ』について

  • 俺はロックやるんだぜ!みたいな雰囲気を出してた泰行がさ、「何でこっちにいったのかな?」って思ったし、正直意外だったよね
  • たしかに良い曲だなと思ってたけど、それほどまで受け容れられるという予感は無かったんだよ
  • まあ、泰行は作った本人だから気持ちよく歌ってると思うけどさ。俺は「みんなこういう曲が好きなんだよね?」って気持ちがあるから、ライブでやってると・・・・なんかこう、冷めるね(笑)

と、むちゃくちゃクールな意見ばかりなのに対して、弟は兄の『Drifter』について

  • 僕は「鬱」(エミ註:という語が歌詞に出てくるのです)のとこが好きだよ。(中略)うまく書けてるなって。冷蔵庫のくだりも兄らしいし。引き合いに出してくるキーワードのチョイスとか、現実味をそこから引き出していくところとか、すごくうまいよ
  • (詞で)祈りとカラスが一緒に出てくるところが面白いのにね
  • 『Drifter』を好きな人はほんと多いからね(しみじみ)

と、ひたすら肯定的。ていうか、『Drifter』って思わず涙がこぼれそうなほどいい詞、曲で、兄の結婚のエピソードとも絡めていい感じで語られてるのに、当の兄はけっこう冷めた意見ばかり言ってるのもおもしろかった。つまり兄ってとにかく冷めたことばかり言う人なのね(w もちろん心には熱いものももってるのよね!www)

作家・長島有、俳優・森山未来との対談も収められている。森山くん、キリンジ大好きなんだそうです。私の中で、むちゃくちゃ好感度アップです。

*1:それとも、こういうのって、編集者が雑誌のテイストに合うようにだいぶ直したりするものなのかな

*2:という言い方にはだいぶ語弊があるが・・・