『木暮荘物語』 三浦しをん

木暮荘物語

木暮荘物語

古い安普請の木造アパート、木暮荘にまつわる人々を描いた連作短編集。という一文でまとめてしまうと、なんとなくハートウォーミングなストーリーを連想されてもおかしくないのだが、そうでもない。かといって、ギスギスした人間関係が描かれるわけでも、殺人や裏切りが起こったりするわけでもない。もう一歩踏み込んで紹介するならば、“シモ”がテーマの連作短編集ということになる(のか?)。

もう少し真面目に“シモ”を“性”と言い換えたほうがいいのかもしれないが、間違っても“エロス”でないのは確か。

服を着て、おいしいものを食べたり美しい言葉で語ったり、祝福されて結婚して何食わぬ顔で子どもを授かって・・・ という世の中の“普通”を、つねに懐疑的な目で見てきた三浦しをんならではの小説だと思う。

人間、一皮むけば、老若男女問わず、誰にでも剥き出しの性がある。下種な好奇心や、悪意をもってではなく、あるいは夢見がちに、オブラートにくるむこともなく、三浦しをんは、剥き出しの性をできるだけ剥き出しに描く。それぞれの性の問題は、当人が必死であればあるほど、はたから見ると、痛々しかったり、哀れだったり、奇異だったり滑稽だったり、バカだなあと思わされたりする、“シモネタ”だったりする。

安易なハッピーエンドを作ることはないけれど、不器用で切実な人たち(それは登場人物のことであり、またたくさんの読者のことでもある)への筆者の愛情はそこここに感じられる。連作の最初と最後を飾る「並木」を巡ってはライトに仕上げてとっつきやすさと読後感の良さを提供し、『心身』の老人にどきっとさせて、『黒い飲み物』では重苦しさや虚しさを味あわせる。『穴』での階上から見る女子大生の生活の生々しい描写は三浦しをんの真骨頂だし、それが次の『ピース』につながっていくところはさすがだと思った。ぼとぼと泣けそうだったんで急いで読んだ。

やっぱり大した作家だと思う、三浦しをん。でも、読んでいる間は、話によっては、「もう少し幸せ濃度を濃い目にドリップしてほしいなあ」などと思っていたのだった。読んだの、3月下旬だったからね・・・。